SHALONE SAGA

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アルヘイムの森1−4




 早朝から何やら外が騒がしい。

 リザードは起き上がると東に面した窓を開けた。空は明るいものの、日は遠くの山に遮られ未だ顔を見せていない。

 視線を落とすと、通りを何人かの人間が慌てて走っている。

「何か・・・あったのか?」

 のっそりとラファエルも起き上がる。

「・・みたいだね・・・」

 リザードは部屋の外ある人の気配を察し、扉を開けた。

 廊下の奥にある倉庫で、何やら物色している宿屋の女将がいた。

「何かあったんですか?」

 何枚ものシーツを抱えた女将が振り返った。

「例の事件だよ。ついこの前起きたばかりなのにねえ・・・」

 物置の扉を閉じながら困った風に首を振る。

「例の・・・って?」

 重い瞼を瞬かせながら、ラファエルもやってくる。

「ああ、そうか。お客さん達ここ初めてだって言っていたねえ。あんた達の国には出なかったのかい? 人を喰らう化物が現れるんだよ、ここはね」

「喰らう・・・って。追剥とか夜盗じゃなくて?」

「見れば解るよ」

 女将は軽く肩を竦めると階段を下りていってしまった。

 二人の目が合う。

「リザード、何か感じていたか?」

「いえ、全く・・・」

「だよな。俺もだ。じゃあ何だよ、その化物って・・・邪神・・じゃないのか・・」

 事件のあった場所は容易に見つけることが出来た。早朝にも係わらず、多くの人が集まっていたからだ。

 人垣を掻き分け、覗き込んだリザードが思わず口を手で押さえる。

 そこには三人、いや四人程の遺体が横たわっていた。

 明確な人数が断定できなかったのは既に布で隠されていたためと、

その被害者の殆どが原形を留めていなかったからだ。

 細かい肉片がすぐ目の前に落ちている。

「・・・・」

「確かに、喰らっているな・・・これは」

 少し青ざめた表情ではあるが、ラファエルが冷静な口調で話しかける。

「これは刀傷じゃあないよ。歯形がしっかりと残っている」

「じゃあ・・・やっぱり」

「・・・」

 ラファエルは腕を組むと、静かに目を閉じた。

「・・・いや、違うな。奴らの気配はしない。だが、明らかに人じゃない者の気配も残っている」

 ラファエルに掴まれた腕から何とも表現しがたい気配が流れ込んでくる。

 だが、それは・・・。

「良く覚えておけ」

「うん。でもラファエル、何だろうこの感じ・・・嫌な気配じゃない」

「・・・・」

 思い当たる節でもあるのか、ラファエルは小さく頷くだけだった。





「また、例の殺人が?」

 少年は顔を上げて声の主に目を向けた。

 その視線の先には腕を組み大きく溜息を付く父の姿がある。

「この小さな国だけでも既に五十余名だ。他の国ではどのような状況なのか?」

 目の前の男は直立のまま書類に目を通している。

「はい、何処の国も同様との話です。犯人はおろか手がかりすら全く無く」

生存者は未だいないのだから、手がかりなどあるはずも無い。

 少年はゆっくりと瞳を閉じた。

(僕達は犠牲者が増えるのを唯黙って認めてくしかないのか・・・。 あの光を見たときから、何かが変わるのかと思っていたのに・・・)

 目を開き、窓の外の空に視線を向けた。





 静寂な森に一陣の風が舞った。

 その風が一瞬渦を巻き、その中からラファエルとリザードが現れる。

「ここも僅かに気配はあるけどね・・・」

「ああ、しかし他に当ては無いしなあ・・・」

 ラファエルは徐に歩き始めた。その後ろを付いていく。

 近くに人里は無いのだろうか、人の気配の全く無い森を無言で歩いていく。

 湿気を帯びた空気と土が体にまとわり付く。

「ジュホーンの力は強大だと聞いている。いくら封印が解かれてはいないとはいえ、

容易に気配は察せられると思っていた。それが、居場所も判らず気配すら感知できないなんてな・・・」

 ふと、リザードは何かに気がつき足を止めた。

「ねえ・・・・ラファエル」

「何だ?」

「妙・・・だよね。いくら人里はなれた奥深い森とはいえ・・・」

 ぐるりと周囲を見渡す。

「生き物の気配がない・・・静か過ぎるよ、ここ」

 ラファエルも周囲に目を向ける。

「確かに・・・鳥の声もしない・・・」

 ぼこっ

 リザードの遥か後方で地面が僅かに盛り上がる。

「一体・・・ここは・・・」

「リザード!」

 不意に背後から迫る気配を感じ、リザードは振り返ろうとした。

 だが、その姿を確認する前にラファエルに腕を引かれ、空中に吊り上げられる。

 息を整えると、改めて戦闘体制に入る。

「・・・これは・・・何?」

 先ほどまで彼らがいた地面には、不思議な生物が佇んでいた。

 鈍く光る金色の瞳を二人に向けているその姿は、まるで誰かが粘土で作ったかのように、全身が岩と土とで構成されている。

 その体にまとわり付く岩が幾重にも重なり、見ようによっては鱗に覆われた蛇のようにも思える。

 地面から生えているのは、もたげた鎌首のみで、その全身は確認することが出来ない。

 というより地面の中に残りの身体があるようには思えず、そのまま地面に溶け込んでいるかのようだ。


「地龍だ・・・この地の精気の塊」

「・・・」

 ラファエルも初めて見たのか、驚きの表情を隠さない。

「奴は地龍を操れるというのか・・・。こいつが騒ぎの原因だとしたら、ジュホーンを倒さねば止められない」

 言いながらラファエルは小さく印を切り、リザードは剣を抜いた。

 ラファエルの手から放たれた閃光が地面から地龍を切り離す。それを剣で二等分に切り裂いた。

 支えを失った土塊が地面に降り注ぐ。・・・その中から小さな光が現れた。

 光は勢い良く森の中に消えていく。

「追うぞ、リザード」

 返事を待たずにラファエルは動き出した。

 見失わないよう必死に後を追う。

 やがて、光は奥深い森に佇む湖に沈んでいった。

 二人はそのほとりに佇み、周囲を伺う。

「・・・ここが・・・アルヘイムの森?」

 青々と茂る緑、湖面に降り注ぐ夏の日差しに反して、なんとも形容しがたい雰囲気が周囲を覆っている。

 まるで、この湖に眠る者を起さぬよう配慮しているかのように、息を潜めているのか、生き物の気配がまるで感じられない。

「何て・・・静かな・・・」

 リザードは無意識に両腕を抱える。

 人が近寄らないのもなるほど納得だ。

 ここに漂う妖気は余りにも大きい。

 湖に手を浸していたラファエルが顔を上げる。

「目覚める気配は感じられない。確かに奴はまだ眠っている。封印もまだ大丈夫だ。

 ここに渦巻く妖気が地竜を操っているんだろうな。ジュホーンは問題ないがこの妖気を抑えることは出来ない」

「・・・どうする?」

「地味に叩いていくしかなさそうだ」

 ラファエルは大きく溜息をついた。

「これから忙しくなるぞ」