フォースの章2−10
その願いに反して、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
フォースは苦々しくその方向に顔を向けた。馬上に体の大きな男が乗っている。
その背から赤茶色の髪が見え隠れしていた。
「ばか・・・が」
何人かの村人がライル達を確認すると、そちらに向かって走り出した。手には其々武器を持っている。
「ばかやろう! 来るんじゃない! 逃げろ!」
先まで冷静に状況を眺めていたフォースがありったけの声で叫んだ。
ガツン!
剣の柄で思い切り殴られ、その場に倒れこんだ。
誰かがクラークに向かって石を投げつけた。
馬が前足を上げて嘶く、その拍子にライルは投げ出されたが、
素早く受身をとり立ち上がると、フォースに向かって走り出した。
何人かがライルに掴みかかろうとする。それをクラークが防ぐ。
「行け!」
ライルは頷くと再び走り出し、村長達の前に踊り出た。その向こうには後手に縛られたフォースが倒れている。
「一体何をしているのよ! あなた達の敵はこの人じゃないわ」
「何言ってんだ先生! 俺達はこの目で見たんだぞ。こいつが人を襲っている所を」
群集の中から声があがる。
「そうだ! そいつは何の罪もない人間を殺したんだ」
ライルは強く頭を振った。
「違う!フォースは違うのよ!」
ゲイブは薄ら笑いを浮かべながらライルを見ている。
完全に頭に血が上ってしまった民衆に、ライルの言葉など届かない。
クラークは何人もの人間に取り押さえられ身動きが出来ない。
「そうか・・・おまえが手引きしていたのか」
ゲイブが笑いながら歩いてくる。
「・・・はあ?」
「お前も一応女だしなあ。この男に何を吹き込まれたかは知らんが・・・どうせこいつの色香にでも惑わされたか?」
「何ですって?」
ライルは思いっきり嫌悪の表情をゲイブに向けた。ゲイブは腰の剣に手をかけた。
「待ちなさい。その女には手をだすな」
意外なところから制止の声がかかった。オブザーバーの学者先生だ。
「何故止めるんです。こんな女の一人や二人。どうって事ないですよ」
不満げにゲイブが反論する。聞く耳を持とうとしない。チィっと学者は小さく舌を打った。
フォースは静かに掌に力をこめ始める。
ゲイブがゆっくりと剣を抜いた。
睨み付けるライル、薄笑いを浮かべながら剣を構えるゲイブ、皆息を呑んでその様子を眺めていた。
ゆっくりをフォースが息を飲み、言葉を発しようとしたが、何かに気が付きそのまま息を潜めた。
・・・一瞬だけ、フォースの口元に笑みが浮かぶ。
「こんな女、俺一人で十分だ!」
ゲイブは満身の力を込めて剣を振り下ろす。
――――
剣はその相手を捕らえる事が出来なかった。
ライルの胸元から発せられた強い光は、ゲイブに襲いかかる。
(馬鹿が、親玉の制止を振り切ったからだ)
「うわああああ!」
ゲイブは頭を抱え込んでその場に蹲った。
何が起きたのか解らずにライルは呆然とその場に立ち尽くしていたが、自分の胸元が原因と気が付き、それを取り出した。
今だうっすらと光を放っていたものは、以前フォースからもらったフェニックスのメダルだった。
「ゲイブ・・・あんた、アウトサイダー?」
上ずった声が蹲るゲイブに投げかけられる。
「グル・・・ググ」
返事の声は既にゲイブの声ではなかった。皮膚がゆっくりと崩れ始めた。
「何故ダ・・何故オ前カラあいーんノ力ガ・・・。コイツハ唯ノ人間ノ筈ダ・・・」
言いながらゲイブであった化物はゆっくりとライルを振り返った。
ゆっくりとした足取りでライルに近づく、ライルは動けない。呆然と化物を見上げる。
襲い掛かろうとした瞬間、先に行動を移したのはフォースだった。
軽く地面を蹴り、ゲイブに向かうと足払いをかける。
バランスを崩したゲイブをやり過ごし、ライルの前を陣取った。
「フォース!」
「まだ持っていてくれたんだな。助かったよ」
ライルに紐を解いてもらうと、軽く腕を振った。
広場の中央に立つ化物に、民衆はようやく何が起こったのか理解し始めた。
数人の女性が悲鳴をあげてその場に倒れこむ。
「な・・・化物だ。アウトサイダーか?」
「何てこった。ゲイブが?」
「この町にアウトサイダーが?」
ざわめきの中、自由になったクラークは素早く周囲を見回す。
クラークの知っているアウトサイダーである筈の者は、他の民衆同様に、驚きの表情でゲイブを見ている。
(ち、あくまで正体を見せないつもりか)
化物は憎憎しげにフォース達を睨みつけた。
「モウ少シ・・・アトモウ少シダッタノニ・・」
ズルリ、ズルリ・・
足を引きずりながら二人に近づく。フォースは顔色一つ変えずに立ち上がる。
「何が、もう少しだ? 貴様ら何を企んでいた? 答えろよ。この町をどうするつもりだったんだ?」
「グ・・・ググ」
何かを言いかけたゲイブであったが、それを果たす事は出来なかった。化物の首がゆっくりと傾く。
その瞬間にゲイブであった化物の体はさらさらと風化していった。
その向こうには、剣を構えた村長の顔があった。
「村長・・・」
「まさか、アウトサイダーがゲイブに化けていたとは・・・」
蒼白な顔で風化した砂の山を見つめる。フォースは何も言わずに眉を動かした。
「アウトサイダーがこんな所まで・・・」
小さく呟いたライルにフォースはそっと耳打ちをした。
「気を抜くな。こいつは唯の小者だ」
―――ライルの表情が引き締まる。
「まだ終わっちゃいない」
言いながらフォースは村長を見上げた。
「この中に・・ゲイブ同様人間に紛れている奴がいる」
・・・ざわざわざわ・・・
民衆はその言葉に慌てて周囲の人間を見つめる。パニックに陥りそうだ。
フォースは懐から何枚かの書類を取り出した。
「これは依頼人が俺に渡した物だ。都でな、遺骨の引き取りを依頼しているものだ。
随分前から引取りがこなくて困っているらしいぞ。 この町の者、丁度六人分、このゲイブと先のコナンも含まれている。」
言いながら、その書類を村長に投げる。
「同じものがこの街にも届いていたはずだがな」
フォースは言いながら他の者の様子を伺う。
フォースはそれ以上言おうとしない。ここで残りの四人を切り捨てるのは簡単だ。
しかし、それでは目の前にいる親玉の化けの皮をはがす事は出来ないだろう。
力技で? いや待て、他に仲間が残っていたら?
「・・・・」
「どうした賞金稼ぎ、話を続けてくれ」
「誰なんだ?他の四人は」
不安げな表情が一斉にフォースに向けられる。
「――――ギー、カスター、リフ、ライ 解ってんだぞ」
代わりにクラークが他の名を呼んだ。途端に四人の周囲にいた人々が後ずさりをする。
「隠しても無駄だぜ。俺はフォースから聞いているし、この目でお前達の正体も見ている」
四人は何も言わずにフォースの前に歩いてきた。だがその表情にはゆとりすら伺える。
カスターが軽く肩を竦めた。
「アイーンの前で白を切っても無駄だという事は良く解っているよ。 ゲイブの馬鹿が図に乗りやがって。折角の計画がパアだ。
この女には我々が手を出してはいけない。あれほど強く言われていたのに。どうした? 早く切り捨てんのか?」
「・・・・」