SHALONE SAGA

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フォースの章1−6




遠くの何処かで女のものと思われる悲鳴が風に乗ってやって来た。全員の顔が上がる。

「何処かの家が襲われたらしいな・・・」

 苦々しげに父は呟いた。

「助けに行かないのか? 今ならまだ間に合うかも知れない」

 フォースの問いかけに三人は黙り込んだ。

「奴らにはかなわない・・・無駄だ」

 責めるつもりは無かった。フォースでさえ重傷を負わされたのだ。

 風が・・・急速に止み始めた。


 ドンドンドン!


 誰かが家の扉を激しく叩いた。

 全員に緊張が走る。

「先生! わしじゃ。すまんが怪我人がでた。すぐに来てくれ」

 扉を開くと、真っ青な顔をした村の助役が肩で息をしていた。

「どうした? まだ危険だぞ」

「そ・・・村長の家が襲われたんだ。デイジーがやられちまった。村長も娘を助けようとして怪我を・・・」

「デイジーが?」

 フォースは立ち上がると、無言で往診用の鞄を取り出した。

「助かる可能性があるなら、行かないとね。そうでしょ、先生」

 父は力強く頷くと、鞄を持って外に出た。


 先ほどまでの嵐が嘘のような闇の中で、自警団の松明があちらこちらに見えている。

「さらわれたのは一人だけ?」

 診療をしている部屋の外で、フォースは通りがかりの村人に問い掛けた。

「ああ・・・。この家は特に警備も厳重にしているのに、何故、わざわざこの家を・・・」

 目的があるとも思えない。何をしても無駄だと、人に見せつける為か・・・?

「フォース」

 部屋の中から呼びかける声に応じて、扉を開ける。

 村長の胸はアウトサイダーの爪にやられ、深くえぐられている。

 生きているのが不思議なくらいだ。

 ベットに横たえられた村長の顔は既に血の気が無い。

 その傍らのデスクに肘を掛け、彼の妻が必死に祈っている。

 軽く視線を移しながら、フォースは医師に近づく。

「どうです?」

 小さな声で尋ねる。

「どうもこうも、内臓が破れちまっている。言いたかないが、これでは・・・。折角来たのに残念だな」

「・・・デイジー・・・」

 尚小さな声で、村長は娘の名を呼んでいる。


 小さく、フォースは溜息をついた。

「先生、済まないが人払いをしてくれないか?」 

 不審げに顔を上げる医師に、フォースは笑いながら頷いた。

「皆、これから手術するよ。悪いが全員部屋から出てくれ」

 医師の言葉に不審がる者はいない。

 錯乱状態の妻は、家人が引きずるように外に出す。


「・・・で、どうするのだ?」

 フォースはベットの前に立つと、瞳を閉じ、深く深呼吸をした。

 軽く、髪がたなびき始め、髪の筋がやがて光の輪郭を描く。ゆっくりと、フォースの姿が揺らぎ始める。

 瞳を開いたフォースの姿が一変する。

 藍色の服に全身が覆われている。胸元のフェニックスのレリーフがきらきらと輝いていた。

「・・・」

 医師は言葉も発せずに立ち尽くした。

 フォースはゆっくりを患者の上に身を屈み、右手を村長の額に、左の手を腹部の上にかざす。

 その掌から小さな光が生まれ、村長の腹部を包み込んだ。

 医師はゆっくりと反対側に回り込み、その様子を伺う。

 目の前では驚くべき光景が展開していた。

 ゆっくりと、しかし目に解る速さで、内臓が修復されていく。

 三十分程、その状態が続いたのであろうか、フォースの手が微かに震えた。

 フォースの眉がつらそうに歪んでいる。

「・・・大丈夫か?」

 声に反応してか、その瞬間に光は消え、フォースの姿が戻る。

「正直・・・こういうの不得手なんだ。命に問題の無いくらいには戻したつもりだけど。後は任せてもいいかな」

 医師は、急いで機材を取り出し、縫合を始める。

 フォースはベットの脇にしゃがみこんだ。

「・・・よし、これでいい」

 医師は手袋を外すと、慌ててフォースに近寄る。

「おい、大丈夫か?」

 小さくフォースは頷く。

「遠くの国には、気の力を使い、奇跡を起す人がいるという話を聞いたことがあるが、そういったものなのか?」

「え・・・さあ、どうだろう・・・」

 医師は大きく溜息をつき、フォースの前に座り込んだ。

「君は、自分がアウトサイダーに近いと言ったが、心は全くの別物だな。 助かったよ、礼を言う。

今彼を失ったら大変な事になる所だった」

「まだ・・・礼を言うのは早すぎますよ」

 フォースは立ち上がると、部屋の扉を開いた。



 外で待っていた家人が部屋内に入り、一斉に村長を覗き込む。

「心配するな。大丈夫だ。但し、完治するには暫くの時間がかかるがな」

 医師の言葉に全員が胸をなでおろす。

 フォースはさり気なく部屋から出て、二階に続く階段を昇った。

 連れ去られた娘の部屋は、無残にも窓枠ごと壁が破壊されている。

 ふと、床の上に転がっていた小さな鉢植えが目に入った。

「これは、ずっとこの部屋に?」

 片づけをしていた家政婦が振り返る。

「え?・・・ええ、お嬢様が大切に育てているものですが」

「ちょっと、借りていいかい?」

 そういうと、小脇に抱えて部屋から出て行った。

 家政婦は小首を傾げながら見送る。



 階下では人々がざわめき立っている。村長の妻が、ようやく平静を取り戻したらしい。

「だ・・誰か、賞金稼ぎを呼んできて。デイジーを・・・娘を助けて」

「奥さま、気持ちは解るが・・今から呼んでも遅い。それに賞金稼ぎを雇うほどの資金力はこの村には・・・」

 助役が諭すように話し掛ける。

「誰でもいいのよ。お金は払うわ。どんな事をしても。だから、娘を・・」

「・・・賞金稼ぎというのは、誰にでもなれるのか?」

 部屋の入り口でやり取りを聞いていたフォースは集まっていた人々に問い掛けた。

 全員が振り返る。

「お前が・・・アウトサイダーを倒し、デイジーを助けると?」

自警団のリーダー(そういえばグレゴリーと言っていた)が、嘲笑にも取れるような表情をした。

「金が手に入れば、俺の治療費と此処を出ていく馬が買える。いい条件じゃないか。誰にでもなれる筈だろう?」

「そりゃあ、一応届け出制度になっているが、やりたいのなら構わんぞ。

 窓口は役所だが、緊急事態だ。俺が仮に受けておこう」

 フォースは冷ややかに笑うと、部屋を出て行った。

「正気か? あいつはアウトサイダーに大怪我を負わされたのではないか? 武器だって持っていないのに」

 医師は心配げな面持ちでフォースの消えた扉を見つめていた。