フォースの章3−2
「どこに行っていたんだ! こんな時間まで」
家に着いた頃にはもうすっかり日も暮れていた。
村の奥にある明らかに他よりも大きな家が彼女たちの家だった。玄関を開けるなり父親の怒鳴り声が響いた。
「怒鳴らないでよ。ライルも一緒だったんだから大丈夫よ。それにお客さんもいるし」
父はいぶかしげに娘たちの後ろを見た。
「彼はフォースさん。賞金稼ぎよ」
父の顔色が変わる。
「賞金稼ぎだと? 一体誰が雇ったんだ?」
「私よ。父さん」
そっぽを向いたままライルは答えた。
「何だと? お前がまた勝手なことをしたのか!賞金稼ぎなどろくな奴じゃない。
かえってひどい目にあわせられる奴もいるんだ。 そんな奴を、この村長である私に何の相談もなしに」
フォースが目の前にいるにも構わず、父親は怒鳴り散らした。
「あら、相談したら許可したの? するわけないでしょ。私は大人しくアウトサイダーのものになんかならない。
例え奴らの印を持っていたって。そのための運命だとしても素直に従うつもりはない。
彼は私の判断で雇ったの。父さんや他の人に文句はいわせない」
あわせるようにサリーも頷く。
「偉そうに何を言うか、賞金稼ぎを雇う力がお前なんかにあるものか!」
「自分の運命を変えられるなら、一生かかっても賞金は用意する」
ぐうっと父は顔を真っ赤にした。
「勝手にしろ! 但し村に迷惑をかけるな。何のためにお前をここまで育てたのか忘れるなよ!」
村長はけたたましい音を立てて自分の部屋に戻っていった。
少女達は顔を見合わせて深くため息をついた。
「まあいいわ、こんなところに突っ立っていても仕方ないわね。とりあえず部屋へどうぞ」
二階にある少女達の部屋に案内される。フォースは窓辺に近寄り、外を眺めた。
「私は・・・」
ベットに寄り添うように少女達は座り、ライルが徐に口を開いた。
「私はこの家の人間ではないの。生まれたばかりの頃に捨てられたのよ。この村の近くにね。
そして父さんに・・・村長に引き取られたのよ。
だけどね、同情からじゃないのよ。もうすぐ、アウトサイダーがやってくる。
生贄にするために育てられたのよ。その為の養子・・・」
「村を守るために昔からの習慣なの。十五年位に一度、村を襲わせないために、人質を差し出すのよ・・・」
フォースは窓から視線をそらし、少女たちを見つめた。
「私はそんなことの為に生まれたなんて思っていない。きっと、やることがある筈って思っている。 何もしないで死にたくない」
「別に死ぬと決まった訳ではないだろう」
「そうよ、ライル死ぬって決まった訳じゃないわ」
「そう・・・そうね、あなたが助けてくれれば私にも生きる望みが出来るわ」
「・・・まだ仕事を請けるとは言っていない。話を聞こうと言っただけだ」
「報酬の件ね。正直お金なんて持っていない。でも一生かかってでも払う」
「わざわざ取り立てる程暇ではないが」
すがるようにライルはフォースを見上げた。フォースが僅かに戸惑いの表情を見せる。
「まあ、この話は後回しにしよう。それよりアウトサイダーの印がどうとか言っていたな、一体何の事だ?」
「・・・それは」
ライルはうつむいた。
「体に痣があるのよ。たぶんこの子はそれで捨てられたのよ。親に」
ライルは徐にブラウスのボタンをはずした。
「・・・?」
意図が判らずにフォースは彼女を見つめていたが、ブラウスの中から覗いたものに、その視線が釘付けになった。
「これが・・・その印よ」
「・・・」
フォースは暫く呆然とした表情で見つめていたが、視線をライルに戻し、しばしその顔を見つめた。
「・・・根拠・・・があるのか?」
ライルは首を振った。
「判らない。でもみんなそう言っている」
フォースの深い緑の瞳がかすかに揺らめく。彼女たちにはその表情は読み取れない。
「・・・君は・・・その痣を本当に奴らの印だと思っているのか? その印が憎いか?」
意外な質問をされて、ライルは不思議そうに顔を上げた。鏡に映るその姿を見つめる。
「・・・いつもみんなに言われているから、気にはなるけれど・・・。
何故そんな風に言われるかが正直判らない。私は、嫌いじゃないもの」
「・・・ライル?」
親友のサリーが驚いたように声を上げる。
「そうか・・・」
忘れるはずがない。見間違うはずもない。
フェニックスの印がそこにあった。
(そういう・・・事か)
フォースは立ち上がると、そのまま戸口に向かった。
「? フォース?」
「この話は無かったことにしよう」
少女達の顔がみるみる絶望に変わる。
「何で? 私はアウトサイダーから逃れる事が出来ないの?」
フォースは立ち止まる。だが、振り向こうとはしない。
「違う。そうじゃない。その痣はアウトサイダーの印ではない。それは間違いない。むしろ、その逆だよ」
「・・・え? どういうこと?」
「フェニックス・・・その名の鳥を印に持つ一族の印だ。
試してみるがいい、君に手を出そうとするアウトサイダーは一瞬にして砂と化すだろう。
何故なら、その一族はアウトサイダーを狩る者だから。君はその印に守られている。だから、俺のする事はない」
「フェニックス? どういう事? 私がその一族なの?」
「いや、そうではないよ、君は普通の人間だ」
フォースはノブに手をかけ、出て行こうとする。
「待ってよ!」
ライルはドアを閉め、フォースの前に立ちはだかった。
「いずれにせよ生贄は必要なのよ。私が駄目なら他の子が選ばれるのよ」
「君には関係のないことだろ」
「そんなこと言える訳ないでしょ!」
フォースは彼女を見ようとしない。視線をそらしている。
「悪いが他をあたってくれ。俺は降りる」
「そんな呑気に賞金稼ぎを探している時間はないの。もう十日しかないのよ」
「・・・・・」
「私からもお願いします。お金なら何とかしますから」
サリーも必死の眼差しを向ける。フォースは暫く考え込む。
「・・・判った。但し、余計な口出しはするなよ。俺に一切係わらないのであればその依頼を受けよう」
ライルとサリーの顔が破顔する。
「ありがとう、フォース」
コンコンコン
ノックの音に続き、中年の女性が顔を覗かせた。
「あの・・・だんな様がお客様を家に止めるわけにはいかないと・・・」
村長はフォースを追い出しにかかる気らしい。サリーは立ち上がり出て行こうとする。
「この村に宿屋がないことを知っているくせに。話してくる」
フォースは手を伸ばしてその肩をつかんだ。
「普通、賞金稼ぎを自分の家に泊める奴はいないよ。
村の外に水車小屋があったろう、俺はそこにいる。何かあったらそこに来てくれ」
コートを持つと、フォースは出て行った。