SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−4







 混乱した顔に、ふと笑みが戻る。

「・・・・良かったあ。ギリ抜かれてない」



「・・・何の事?」

 慌てて顔を上げる。

「ああ、ごめんなさい。話聞いてなかった」

 女将は呆れた風に溜息を付く。

「何だ、真剣味がないねえ。仕事探しているんだろ?」

 うんうんうんと改めて頷く。

「だったら、暫くここで働くかいって言っているんだ。

 手に負えない酔っ払いも多いし、あんた腕には自信ありそうだから」

「・・・」

 思わず立ち上がってしまう。

「・・・・本当に?」

「ああ。但し、そんなに高い賃金は出せない。代わりに食事込みだ」

「いい、いい。食べて寝ることが出来れば」

「じゃあ契約成立だ。二階に息子が使っていた部屋がある。そこを使いなさい。

 ・・・おっと、それよりも自己紹介がまだだったねえ。

 私はここの女将のローザ。これはあたしの亭主、シド」

 大人しくしていた白衣の男が人のよさそうな笑顔を作る。どうやらこちらが本当の主のようだ

「あたし、フィラ。二軒隣に住んでいるの。宜しくね」

 同じくらいの年だろうか、そばかすの似合う元気そうな娘だ。

「で、あんた名前は?」

「ああ、そうだ名乗ってなかったですね。 俺はアル・・・」

 言いかけて酔いが醒める。

「いや・・・バトゥいいます」

「へえ、歴史上の英雄と同じ名じゃないか。まあ、完全に名前負けしてるけどね」

 てれてれと愛想笑いをするしかなかった。



 ・・・あぶないあぶない・・・。




 元気良く扉を開けると、眩しい光が部屋いっぱいに広がる。アルディアスは着替えを済ませると階下に下りる。

 店の中はガランとしていて人の気配がない。

「まあ・・・明け方まで飲んでいたからなあ。・・・で、俺何すりゃいいんだ?」

 良く考えたら店というもの自体に入った経験が極端に少ないため要領が全く解らない。

 所在無げに佇んでいると、不意に入り口の扉が開いた。

「あら、おはよう。早いのね」

 にこやかに笑っているのは近所のフィラだ。言いながら大きな荷物を運び込む。

「おはよう。買い物してきたの?」

「そ、こんな日の買出しは私の当番。あの二人まだ当分起きてこないからね」

「何だ。言ってくれれば荷運び位するのに」

「じゃあ、次からはよろしくね。さて、さっさと片付けしよう」

 慌しく店の窓を開け始める。

 店の中の掃除を終え、フィラが厨房で準備をしていると、ようやく女将が下りてきた。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。寝坊しちゃったねえ、昨日は飲みすぎたわ」

 二日酔いの頭を軽く振る。

「昨日の若造・・・バトゥだっけ。あの子は?」

「今、外の掃除してますよ。ちゃんと朝から手伝ってくれました」

「へえ、結構飲んでたくせに」

 窓から顔を出すと少々不器用に掃き掃除をしている姿が見える。

「感心感心。早起きだったらしいね」

 にっこりとアルディアスが振り向く。

「おはようございます。とりあえず早く慣れないとね」

 話している二人に近づく人影があった。

 女将の表情が少し変わったのに気がつき、アルディアスが振り返った。

「シラフで来てやったぞ。顔かせや」

「・・・」

 まさか本当に来るとは・・・。しかも朝っぱらから・・・。何て律儀な。

「悪いが今仕事中なんだ。あんたに付き合ってる暇はないね」

 大げさに箒を動かす。

「何だと? 折角俺がやって来たのに。何だその言い草は」

「当然だろ。こっちは食うために働いてんだ。首になったらどうしてくれる? あんたみたいな呑気な身分じゃない」

「・・・・」

 男は頬を引きつらせると、徐に女将に向き直った。

「暫くこいつを貸してくれ。勿論店の開店までには開放してやるし、ただとは言わねえ」

 女将はちらりと視線を移す。

 アルディアスは笑いながら軽く肩を竦めた。

「・・・仕方ないねえ。ちゃんと働ける体で返してくれよ」

「それはこいつ次第だ」

 外の様子が気になったのか、心配げなフィラが顔を出す。

「ごめんね。ちょっと出かけてくる」

 言いながら箒を渡すと、男の後についていってしまった。

「・・・女将さん。大丈夫なんですか?」

「多分ね。余裕で笑っていたし。これであの男を大人しくしてくれればうちらは万々歳だ。逆にやられる様であれば、あまり役には立たないって事だし」

「あら、バトゥを雇ったのは用心棒のつもりで?」

「最近はガラの悪い客も増えたしねえ・・・。丁度いいと思ったんだ」

 言いながら店の奥に引っ込んだ。