フォースの章1−5
フォースは良く働いた。
その容姿に似合わず、農作業は慣れているらしい。
作業の合間を縫って、父はこの土地の風土病や薬草についての知識を教え込んだ。
この先、旅をするには必要だと判断したのだろう。フォースもその思いを知ってか、真剣に聞いている。
雪解けの水が、清らかに小川を流れている。
父とフォースが垂れた釣り糸は、緩やかに小川の中を漂っていた。
「ま、こんなに物覚えの良い助手ってのも初めてだな」
「・・・」
「昨今は何処の村も医者不足。出来ればこのまま残って腕を磨いてくれると有難いのだが」
「・・・それは、出来ない。俺にはやらなければならない事がある」
「それは・・・解る。そう簡単に済む用事でもなさそうな事もな。いつ終わるとも解らぬのか?」
「・・・はい」
父の竿が軽くしなる。
「君は、この土地の者ではないのだろう?」
フォースが振り向く。
「いきさつを・・・話してくれないか?」
フォースは空を仰いだ。遠くの空で小さな鳥が舞っている。
「あなた方には関係の無い事だ」
「そうだろうか・・・我々はアウトサイダーに多くの被害を被っているのだぞ」
その言葉の裏に控えた意味に、フォースはじっと医師を見つめた。
父の竿が勢い良くしなる。それにも構わずに医師もフォースを見る。
「俺は・・・あなたが考えている様なものではない」
ふうっと、医師は溜息をつき、竿を上げた。
「・・・娘は、どうやら君の事を好いているらしいな」
「・・・え?」
突然の話題転換に、フォースの仏頂面が崩れた。
信じられないといった顔をする。
「ふん・・・やっぱりクールなフリをしているだけか」
はっと我に返って小さく咳払いをした。
「からかわないで下さい」
「それは本当の事だよ」
「・・・」
フォースは小さく溜息をついた。
「俺は・・・人ではない」
「これでも一応は医者なんでな・・・そんなことは最初から判っている」
「広い意味において、俺はあなた方より、アウトサイダーに近い。 ずっと時間を遡れば、同じ所から発生している者なんだ」
流石にそこまでは予想していなかったのだろう。
医師の顔が驚きに包まれる。
不意にガサガサと、背後の茂みが動き、ライルが顔を覗かせた。
「お昼持って来たよ。わあー大漁じゃない」
お茶を入れながら魚篭の中を覗き込む。
先ほどの話の続きをフォースは口にしなかった。
何も知らないライルは楽しそうに話をしているが、相変わらずフォースは無愛想に返事をするだけだった。
父は複雑な面持ちでそれを眺めている。
食事を終えて、片付けの手伝いをしていたフォースの顔が、ふと上を向いた。
不審げに眉がひそむ。
「どうしたの?」
「空気が・・・妙だ」
ザワザワザワ・・・
森の木々が揺らめき始めた。それに反応して、ライルと父の顔つきが変わる。
「風だわ・・・父さん」
「うむ、奴らが来るか・・・」
「奴ら・・・アウトサイダーか?」
ライルが少し青ざめた顔でフォースを見て頷いた。
大急ぎで荷物をまとめ、家に向かう。どの家も大慌てで戸締りをしている。
(この風には・・・俺の声が届かない)
フォースは馬上から空を仰いだ。
(お前達も、あいつの味方・・・か)
風は勢いを増して、家の壁、屋根、扉を叩く。
ライル達親子は万が一の事態を予想して、武器の手入れを始めた。
フォースは自室に当てられている部屋で、固く閉ざされた窓の傍でじっと風の音を聞いている。
コンコン。
小さなノックに続き、ライルが入ってきた。
「コーヒー入ったわよ。こっちに来ない?」
リビングには母が作ったケーキの甘い匂いが満ちている。
「一つ聞きたいのだが、何故アウトサイダーが来るときには風が吹くんだ?」
「さあ、でも昔から言われてる事よ」
「連中の標的になる者に共通点は?」
「これといっては・・・人だけじゃなく家畜が襲われる事もあるし、人だって年齢や性別も様々で」
風が来ると必ず奴らがやってくる。・・・それはこの地に生きる者にとって耐え難い恐怖の前触れ。
恐怖とは、あの化物達にとって極上の食料なのかも知れない。
いや、アウトサイダーなどではなく、奴にとって・・・。
「フォース、君は見た事があるのだろう? アウトサイダーの姿を」
向かいで患者のカルテを眺めていた父が、書類から視線をそらさずに問い掛けた。
「俺が戦った連中がそうなら・・・多分」
「ねえ、どういう姿なの?」
「合成生物、キメラとでも言うべきだろうか・・・。いずれにせよ自然界の生物ではないな」
「あいつらが、君の探しているものなのか?」
ライルと母が少し驚きの表情でフォースを見つめる。
「いや、どうやら違うらしい。だが、全く無関係とも言い切れない」
「フォース、あなた一体何を探して? ・・・それより探し出してどうするの?」
「・・・殺す」
キャアアアァァァ