SHALONE SAGA

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ロッド・アスフィールドの章13




 ロビーに領主の姿はない。中央には占術師のスーラが立っていた。周囲に何人かの兵士を従えて。

「まさかこの世界に二人もいるとは思わなかった。お前もレイティ神の血を継ぐものなのか?」

「・・・・」

 シトゥラは答えない。

「まあいい、単刀直入に言う。我が王に仕えなさい。

 お前の力は幾万もの兵力に匹敵すると見た。我が主に仕え、この国の繁栄に寄与しなさい」

 ナガルはじっと占術師を見つめる。

 そうやって、ファウラも組しようとしたのか。

「悪いが、興味なはい」

 少々ぶっきらぼうにシトゥラは答えた。

 やれやれといった風に頭を振る。

「勘違いしないでくれ。お前の意思など聞いてはいない。例え首を縦に振らなくてもお前の力を利用することが出来る。

 まあ、そうならないように自らの意思で従えと言っているんだ」

「ちょっと待ってください」

 話を聞いていたナガルが口を挟む

「まさか、ファウラさんと同じ事をするつもりですか? 一体彼らを何だと思っているのですか。

 国政を行う人間として恥ずかしくないのですか」

「倫理を問うか。だが、彼らは人間ではないんだよ。化物だ。放っておけば危険な存在だ。近くにいて良く判っているだろう」

 大きく首を振る。

「同じですよ、一体何が違うんですか、彼女は私の身内だった者、我々との違いはない筈です」

「オーウェン、お前は自分の立場が判っているのか? 以前もこやつらに手を貸したのは判っている。

 陛下の温情でお咎めなしとなっているものを、もう少し立場をわきまえなさい」

「・・・」

「多少は役に立つかと思ったが・・・駄目だな。オーウェンを連れて行け」

 二人の兵士がナガルの脇を抱え込む。

 ナガルはシトゥラに向かって顔を上げた。

 もう判っただろう、逃げろ。と、瞳で告げる。

 物静かな瞳でそれを見送る。彼がどう思っているか、その表情では判らない。

 ・・・しかし、先ほどまでの穏やかに笑っていたシトゥラの表情ではなかった。

「・・・で、お前の返事は?」

 正面に向き直り、ゆっくりと瞳を閉じた。

「興味ない・・・と、言ったはずだ。私は誰にも従わない。あなた方にも用はない。私は私の半身を捜しに来ただけ。

 用が済めば直ぐに立ち去るつもりだった。・・・だが」

 ゆっくりと瞳を開く。緑の光が揺らめいた。

「気に入らない。私を化物と呼ぶのは結構だが、ファウラは違う。何も出来ない者に貴様らは一体何をした。

 ナガルを下げたのは間違いだったな。化物を従わせたいなら、まず弱みを握ってからにしなさい。

 それとも、お前のような者が私を従わせられると本気で思っているのか?

 いいだろう。ならばその力を制してみるがいい」

 温和な表情は微塵もなかった。揺らめく瞳は襲い掛かるタイミングを待ちほくそ笑む。

 スーラの表情が曇る。彼女は感じ取っていた。目の前の力が急速に大きくなるのを。ファウラの比などではない。

 ゆっくりと、シトゥラの体から光が溢れ始めた。

 スーラの額から一筋、汗が滴った。




 パラパラパラ・・・。

 天井から落ちる砂に気が付いて、ナガルは周囲を見渡した。

「・・・地震」

 両脇の兵士も一瞬足を止める。 



「!」



 突然足元が大きく揺れた。

 一度ではない、何度も波打つように床がうねる。とても立ていられる状況ではなかった。


 ミシッ。ミシミシ・・・


 強烈な圧力に建物全体が悲鳴をあげる。

 崩れると察したのか、兵士はナガルに構わずに外に向かっていってしまった。

「・・・」

 周囲の状況に気を配りながら、ナガルは来た道を引き返す。

 

 ロビーと廊下を仕切る壁のヒビから不自然な光が漏れている。

 揺れは次第に収まってきた。

 歪んでしまった扉に辿り着いたが、ノブを回しても開く気配がない。体当たりしてそのままロビーに飛び込む。

 顔を上げたナガルの表情が膠着する。

 室内は散々たる状況だった。

 まるでこの部屋の内部から大きな圧力が掛けられたのか、天井、壁全てが大きくえぐられ、室内に散乱していた。

 その中心に光があった。・・・いや、人の姿をしている光だ。

「あれが・・・シトゥラ・・・なのか?」

 ゆっくりと光がこちらを振り返る。視線が合う。

 一歩、ナガルに向かい足を踏み出した。薄ら笑いを浮かべたまま・・・。

「し・・・シトゥラ?」

 ナガルを確認したものの、その表情が変わらない。認識していないのか?

 足が小さく震えている。圧倒的な気に押され身動きが出来ない。

 ・・・属性が違う・・・。言っていたのは本人だ。 スーラは化物と言っていた。

 自分が人間と同じと言ったのは本心だった。だが、今目の前で見ているものは・・・。

 シトゥラは尚近づきながら手を目の前に持ち上げる。より強い光がそこから生まれる。

「・・・・」

 初めて、自分が間違っていたのかもしれないと思った。

 獲物を見つけた嬉しさにほくそ笑む顔が近づく。



――――!



 突然、天井を突き破ってきた白い光が、シトゥラの頭を直撃した。光はそのまま足元の床に消える。

「・・・」

 彼を覆っていた光が突然消え、その動きを止めた。

「・・・・」

 緑の瞳に意思が現れ始める。

「あ・・・ナガル」

 一気に力が抜けずるずるとその場に座り込む。先ほどまでのシトゥラに戻ったようだ。

「シトゥラ・・・気が付いた様だね」

 愕然としているナガルをきょとんとした表情で眺める。

 カラン。

 瓦礫の落ちる音にシトゥラが振り返った。その顔から見る見るうちに血の気が引く。

 大きく口を開け、両手で頬を押さえる。

「これ・・・私が?」

「いや・・・他に出来るものはいないと・・・。覚えてないの?」

「ど、どうしよう。怒られる、やばい。ナガル、逃げるぞ」

「怒られる・・・って?」

 先ほどまでの威圧感はどこへやら・・・。シトゥラの慌てぶりは相当なものだ。必死に外に出れる場所を探す。



「怒られる? 逃げる? そんなものが通用するとでも思っているのですか」



 突然、聞き覚えのない声がロビーであった場所に響き渡る。

 シトゥラは身を竦め、ナガルの裏に慌てて隠れた。背中から本気の震えが伝わる。

「な・・・何?」

 顔を上げると、ロビーのテラスであった場所に人影があった。

 ・・・いや、人ではない。

 純白の大きな翼を広げた天使が立っていたのだ。

 ナガルの表情が固まる。

 それは、羽が生えていたからではない。揺らめく長い銀髪、怒りをあらわにした紅い切れ長の瞳。

 心の中で警鐘が鳴る。

 ・・・似ている。いや、そのままだ・・・。

「・・・ルー?」

 天使は軽く首を傾げると、大きな羽をはばたかせ、ゆっくりと二人の前に降り立つ。

「また、随分と懐かしい名を」

 ナガルの警戒に気が付いたのか、天使はにっこりと微笑んだ。

「その様子だと、余りいい印象ではなさそうですね。私はソーマと申します。ルーとは兄弟の間柄。

 もっとも随分と昔に別れたまま、会ってはおりませんが。

 あなたの後ろに隠れている破壊神のお目付け役ですよ」

 ・・・別人・・・か。体から力が抜ける。

 振り返ると、シトゥラが必死の形相で身を縮こませている。余程この天使が怖いらしい。

「何度も釘を刺したように記憶しておりますがね。

 シトゥラ様、あなたの力はまだ未発達だからこの程度で済んでいるものの、そうそう物を壊してばかりではあなたの御両親に会わす顔がありません。

 全く・・・、罪のない方まで亡くなってしまってどうするんですか」

 言いながら、ちらりと瓦礫の山を見やる。その中からスーラの手が見える。

 恐らく、即死だろうと思われる。まあ、彼女に罪が無いかどうかは別として・・・。

・・・しかし、これがこの程度・・って状態か・・・。

 ナガルは小さく溜息をついた。

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだ。少し驚かすつもりで・・・」

「で、見境がなくなってしまったんですね。もう少し精神面を何とかしないと」

「・・・うん」

 まるで子供のようだ。ナガルは苦笑いするしかなかった。



ロビーの外で動く人間の気配が増えてきた。

「逃げた兵士達が戻ってきたんだ。何処かに隠れないと流石に言い逃れできませんね」

 とはいえ、何処に?

「ナガルの家にとりあえず避難させてもらおう。ソーマ」

 ソーマは軽く頷くと、瞳を煌かせた。

 途端に猛烈な浮遊感に見舞われ、ナガルの意識が飛んだ。

 次の瞬間にはその場に人の気配は無くなっていた。




 三人の姿が消えたロビーの一角に霧のような揺らめきが発生した。

 それは暫く上空を漂うと、瓦礫の中に吸い込まれた。

 ・・・カラン。

 瓦礫を押しのけ、人の手が伸び上がる。重い石塊を軽々と押しのけ、ゆっくりと立ち上がる。

「・・・・ふん」

 感情無げな瞳で周囲を見渡す。

「スーラ様、ご無事でしたか」

 人影を確認した兵士が近寄ってくる。スーラは無言で頷いた。

「あの二人は助からなかった様ですね」

 きょろきょろと周囲を見渡すも、何者の気配もない。

「とうに逃げおった。なに、心配はいらぬ、向かう先は判っている。私はそちらに向かう。馬を用意しろ」

「は・・・はい」

 足場の悪い瓦礫の上を、軽い足取りで進んでいく。

「それと、数名をオーウェンの家に向かわせろ。奴は陛下の意向に叛いた、何人も逃がすな」

「は・・・」

 目の前に馬が引いてこられた。スーラは目を細め、口元を歪ませた。