アルディアスの章1−4
「!」
突然に強烈な発光が背後から襲い、三人は顔を上げた。
アルディアスが抜き放った剣を持ち立ち尽くしている。
「ば・・・ばかやろう!」
カイはアルディアスの右腕を思い切り引き上げた。
弾みで剣が床に落ちる。
ゆっくりと光が静まってゆく。
「・・・・」
三人は呆然とアルディアスと剣と眺めた。
「おい・・・体は大丈夫か?」
「うん・・・別に・・・」
アルディアスに変化は無い。
「どういうことだ? シガール」
シガールは腕を組み、まじまじとアルディアスを見つめる。
「やたらに人が触れればその体は霧化してしまうという話だが・・・やはりこれは、グランビークではないのかな?」
ロシュフォールが床に手を付き、剣を隅々まで観察している。どうやって鞘に収めるべきか悩んでいるようだ。
「まっさか、バルがわざわざ持ってこさせたんだろ? そこまで性質の悪い冗談は・・・」
「・・・わっかんねーぞ。奴はな・・。
あいつは俺達と違う。正体が判らない奴は信用できない」
「だけどさ・・・」
ロシュフォールが体を上げて振り返る。
「ねえアルディアス、あんた何で剣を抜こうなんて思ったの?」
語尾が強かったせいか、小さく後ずさりををする。
「光っていたから何だろうと思って近寄ったんだ・・・その後は・・覚えていない。・・・カイさんの声で気が付いた」
「・・・・光る?」
ロシュフォールが手招きをした。
「アルディアス、これ持ちなさい」
「ちょっと・・ロシュ!」
剣の前に跪かせ、背後から肩を押さえる。
「大丈夫、ちゃんと守ってあげるから」
再び、剣が青白く光り始めた。
ゆっくりと手を伸ばし、今度はしっかりと握り締める。
光はアルディアスとロシュフォールを包み込んだ。
「・・・・」
ロシュフォールは動かない。
話でもしているかのようにじっと剣を見つめる。
徐に鞘を拾うと、アルディアスに渡した。
呆然と二人を振り返る。
「・・・これ、本物だわ。剣がこの子を既に守っている・・・」
「・・・」
カイとシガールは顔を見合わせた。
「バルは、いや、バレンティノは・・・知っていたというのか? 彼が剣を持てるという事を・・・」
「かも・・知れないな」
ふうっとシガールは溜息をついた。
「おい小僧」
グランビークを眺めていたアルディアスが振り返る。
「お前、剣術に自信は?」
「・・・」
小さく、小刻みに首を振る。
「だな、見りゃ判るか・・・」
「仕方あるまい。日の光の下で野原を駆けずり回って遊んだ経験すら無いんだから」
「ならば鍛えるしかあるまいて。幸い、剣術の達人がここにいる訳だし」
にやりっとカイを振り返る。
「えー・・・俺?」
「戦力にするにはそれが最良の方法だ。俺もロシュも剣術は二流だ」
カイは溜息をついて立ち上がると、アルディアスの向かいに座り込んだ。
「皇子、決めるのはあなたです。正直に言ってしまえば、今我々の力ではメディウスに抗する事は出来ない。
奴と戦うために来てはいるものの、諸事情があり我々の術は奴に効きません。
この剣はそれを補う力を持っています。人を切るのではなく、神を切る剣です。
もしその手に取れば戦いの場に出なくてはなりません。それを望まないのであれば、剣は取らないほうがいい。
我々は強制は出来ません。決めるのは皇子自身です」
アルディアスは呆然とカイを見上げる。
果たして、戦うという意味がわかっているのかどうか・・・。
「今まで、ずっと何をすることも無く過ごしてた。今戻れば多分同じ生活が続く事位僕にも分かる。
これは、僕にとっての転機って事だよね。何も出来なかった僕が、何か出来るんだったら、やってみる」
にっこりとカイは頷いた。
「いいだろう。年の割りにはしっかりした考え方だ、嫌いじゃない。
・・・ならば教えてやろう。生き抜くための技をな」
シガールが飲み干したカップをテーブルに置く。
「これで戦い手は二人になったな。ロシュ一人にサポートは無理だ。だったら俺も参戦しようじゃないか」
これ程超越的な力を持つ彼らが更に補強するという事がどういう意味を持つのか、
そこまで察する能力はアルディアスには無く、ただ自分が役に立つかも知れないという高揚感のみで、
アルディアスは笑っていた。
暗くなった空を見上げたまま、子犬はいつまでも窓辺から離れようとしなかった。
その頭にそっと誰かが手を差し伸べる。
「もう何日もここで待っているのか?」
母は微笑みながら隣に座り込み、窓の外を眺める。
「・・・一体何処に行ってしまったのか・・・」
ふと、犬は後ろを振り返ると、母の手から離れる。
背後で子供の笑い声がする。後ろを振り返ると、アルディアスが子犬と戯れていた。
「アルディアス?」
子犬を抱えると、にっこりと少年は笑った。
「一体今まで何処にいたの? ずっと探していたのに」
「ごめんなさい、母さん」
母はゆっくりと近づくと、彼を強く抱きしめる。
何だか随分と久しぶりのような気がする。
「・・・母さん、僕、行くね」
にこやかに話すアルディアスに母は首をかしげた。
「何を・・・言っているの?」
「僕が出来ることが見つかった。だから、行くね」
にっこりと笑うと母の手から離れる。彼の向かう先に三人の人影があった。
アルディアスはロシュフォールの手を握ると、軽く振り向いて手を振った。
「・・・」
ゆっくりと彼らの姿が闇に溶け込んでいく。
一人だけ残った者が母に向かって歩いてきた。窓から差し込む月の光を受けて、胸元の刺繍が輝く。
何が起きているのか、頭は混乱しているが、不思議と恐怖感は無い。
「突然の事にさぞ驚かれていると思いますが、まずは私の話を聞いていただけますか?」
穏やかな口調と共に月明かりの下に現れたのはまだ若い青年だった。
しかしその容姿とは似つかわしくない重厚な雰囲気を持っている。
母は呆然としながらも小さく頷いた。
「私達はイリス神を祖としている者です。北の国境付近に封じられている者の話は御存知でしょうか」
「北の・・・? 確か教会で触れてはならぬ物があると教えられていますが」
「そう。その封じられている者がまもなく外に出てまいります。私達はその者と対峙するために此処にきたのですが、
正直今の力ではその者に対抗できません。ですので御子息の、アルディアスの協力が必要なのです」
「協力・・・ってまだあんなに幼いのに」
「そうですね。確かに彼はまだ幼い。ですが、我々の言葉は理解してくれています。必ず、彼を帰します。私達の命に代えてでも。
だから、約束をしてください。彼が帰ってくるまでに、ここで生活しなくてもいい環境を作って欲しい」
「・・・それは・・・」
「失礼ですが、この国は随分と排他的なように思えます。ですから彼も人目を忍ぶように生活せざるを得なかったのでしょう。
それは理解できます。ですが、外見などで人を判断する事はできません。
・・・イリス神は美しい緑の髪をしておりましたよ。そう、彼のようにね・・・」
にっこりと笑うカイの笑顔が揺らめく。
一人残された母は、呆然と月を見上げた。
「ううううう・・・寒い」
ロシュフォールは毛布に包まりながら、鍋をかき回した。
此処はルパスから遠く離れた北極近くの森。彼女のいる小屋は深い雪に埋もれていた。
「全く、何度迎えても此処の冬はきついわあ・・・。なのに何であの連中は元気なんだ。
きっと繊細な神経を持ち合わせていないのよ」
ぶつぶつ言いながらちらりと窓の外を見やる。
ザッ・・。
雪を蹴り上げ、アルディアスは横に飛んだ。先まで立っていた所に一筋の光が過ぎる。
カイの持つ木刀がその後を追う。
「動きが大きい、隙を作るな」
木刀の切っ先をすれすれの位置でかわすと、剣の柄に左手を添えて振り上げる。
アルディアスの持っている剣は真剣だが、カイは太刀筋が判っているか、僅かに身を反らしただけだ。
「大振りは動作を読まれる。それに、反撃に弱い」
カイの振りが手首に打ち込まれる。
反動でグランビークが後方に飛ぶ。
アルディアスは飛びのいて剣を拾うと、間を置かずに上段から再び襲い掛かる。
一瞬カイの瞳が光った。
カイの篭手がアルディアスの剣を受けていた。
その姿が一変している。咄嗟の事につい本気を出したということか・・・。
「ふん。随分マシになったな。では明日からは俺も真剣で相手をするからな。
・・・まあ心配するな。多少の怪我ならロシュが治せる」
「はは・・・多少ねえ・・・」
訓練の初期にぼこぼこにされた記憶が蘇る。アルディアスは苦笑した。
「さて、今日はもう終わりにするか」
北国の日暮れは早い。既に空は暗くなり始めている。
アルディアスの身長は既にカイの胸元近くまでになっていた。
「お腹空いた。今日のご飯は何だろな。カイ、早く帰ろう」
小走りに家に向かって走っていった。その姿は何とも無邪気な少年に見える。
カイは軽く笑いながらその姿を見つめる。
歩き出そうとしてふと、空を見上げた。通り過ぎる風にじっと耳を傾ける。
「まだ・・・大丈夫だな・・・」
軽く身震いすると、ジャケットのフードを被り雪の中を歩き始めた。