フォースの章3−5
潜水は得意な方だ。ライルは、湖底近くまで一気にもぐる。
ふと、目の端に光るものが入った。
(何・・・?金?)
元々近くに金山があるのだ。湖底にあっても不思議ではない。岩の間から覗く光に、ライルは吸い込まれていった。
本当に金であれば、村をでて、どこか他所の場所で暮らせるかも知れない。
岩の間に、腕を伸ばす。
その手の先が、何か柔らかい感触のものに触れた。慌てて腕を引く。
(何? 今の)
じっと岩間を見つめる。
《か・・・みよ》
不意に頭の中に誰かが話しかける。
(誰?)
《ようやく・・・きてくださったか・・・》
静かだった湖底に、突然何かがライルめがけて襲ってきた。
反射的に水面に向かって泳ぎだす。
だがそれは彼女の動きを遥かに上回っていた。
何本も現れた蛇のような物体が腕や足に何本も絡みつく。直ぐに湖底に戻されてしまった。
(な・・・なんなの)
いまだ正体は判らない。ライルはパニック状態になっていた。
《・・・お前は、神ではないのか? その紋章を持っているのに、何故何もおこらない・・・》
ゴボッ。
(助けて・・・)
息が続かない。意識が薄らいでくる。その目の端に、金色に輝くあのフェニックスが見えたような気がした・・・。
フォースは手足に絡みつくものを切り落とすと、周囲に空間を作る。
直ぐに水を吐き出させる。まだ意識は戻っていないが大丈夫のようだ。ぐったりとする体を抱き上げた。
湖底の岩間には先ほどの物体が遠巻きにその様子を見ている。
《あんたが、神か?》
軽く、フォースは笑った。
「残念だが、俺は神じゃない。見たところ、ゾロ所縁の者のようだが」
《やめてくれ、私は人間だ。アウトサイダーなんかじゃない》
「・・・」
《神じゃなくてもいい、私は長い間、その紋章をもつ人が現れるのを待っていたんだ》
ゆっくりと、岩間の物体が姿を現す。
《奴らの下から逃げ出したものの、自分で死ぬことすら出来ず、この醜い体で、ずっとこのときを待っていたんだ》
全身から何本もの触覚のような腕が生え、軟体動物のように湖底を這いずっている。
元々あったはずの人の体は既に役目を終えたのか、不要の臓器のように、ただ体についているだけのようだ。
しかし、その頂上にある頭部だけは、以前のままなのか、無表情な人の顔がオブジェのように乗っている。
生贄になった者の成れの果ての姿なのか、しかし、今だ人としての意識を持ち合わせているとは。
フォースはじっとその様子を見ていた。
《その紋章だけが、アウトサイダーを倒せると聞いた。頼む、この地獄から私を解放してくれ》
フォースは腕を伸ばすと、その者の頭を掴んだ。
「申し訳ないが、元の姿に戻してやることは出来ない」
《・・・判っている。ただ、安らかな死だけを私は望んでいる》
「そうか。すまない」
ゆっくりと、その化け物の瞳が開いた。意思のはっきりとした瞳をフォースに向ける。
フォースの手が僅かに光る。その化け物はゆっくりと水の中に解けていった。
《ああ・・・これで全てが終わる。・・・ありがとう》
気を失っているライルを抱きかかえ、フォースは水面に向かっていった。
火の爆ぜる音で、ライルは目を覚ました。
目の前に小さな焚き火の炎がゆれていた。ゆっくりとライルは身を起こした。
体に掛けてあった服が落ち、己が裸であることに気がつく。
「あ・・・そうか、泳いでいたんだっけ」
よく見ると掛けてある服はフォースの上着だ。
不意に、人の気配に気がつき、振り返る。フォースが彼女の服を持って戻ってきたところだった。
「気がついたか。気分はどうだ?」
耳まで真っ赤になる。全裸でおぼれていたのだ。考えただけでも恐ろしい。
ザバッ・・・
背中の泉で突然水音がした。先の記憶が蘇り、慌てて後ろを振り返る。
だが、そこには先の化け物の姿は無く、代わりに微かに発光する球体が水面近くにあった。
「・・・なに?」
フォースはじっとその光を見ている。
光はゆっくりと上昇をはじめ、彼らの頭上で軽く停止した後、上空へと消えていった。
見上げるフォースの瞳が僅かに微笑む。
「さっきのと関係があるの?」
「多分あいつの魂だろう。魂は残っていたんだ・・・」
「魂? だって、あれ、アウトサイダーでしょ?」
「まあ・・・広い意味ではそうかも知れない。何かお前にも話かけていたろ?」
ライルは考え込んだ。
「うん・・・神よって言った。ようやく来てくれたのかって・・・」
「彼女はここで、自分に死を与えてくれる者を待っていた。
あそこまで体が変異していたにも係わらず、正気を保っていたなんて、余程の精神の持ち主だったんだろうな・・・」
「・・・って、あれが人間だとでも言うの? どう見たって化物じゃない」
嫌悪で身震いするライルに、皮肉げたっぷりな表情で顔を近づける。
「見た目がそうだから? 奴らの中には人の体を乗っ取る奴もいるんだ。外見だけなら人間にしか見えない奴もいる。
見た目で判断するなよ。ひょっとしたらこの俺だってアウトサイダーかも・・・」
「・・・・」
軽くフォースは笑った。
「・・・冗談だ。 ともかく彼女を化物と呼ぶなよ。 割り切って向こう側に行ってしまえば生きていくことも出来たのに、
長い間たった一人で空腹に耐えながら待っていたんだ。自分を殺す者が来ることをな。
・・・だから、化物なんて言うな」
まるで、自分に向かって言われている様な気がした。彼女は勿論そんな事に気が付く筈も無いが。
「・・・ごめんなさい」
あれは自分より以前に生贄にされた人なのかも知れない。だとしたら敬意は払わないと・・・。
次は自分の番かも知れないのに・・・・
(私も・・・あんな風に・・・?)
想像が頭を過ぎる。体の底から震えが湧き上がった。
「心配するな。お前はその痣が体にある限り、奴らに侵蝕されることはない」
そうだった。改めて、痣を見る。・・・そして再び気がついた。裸であったことに。
フォースは彼女の服を投げた。
「体が冷え切っているだろう。コーヒー飲むか?」
湯気の立つポットから、いい匂いがしている。
ライルは服で体を隠しながらフォースを睨み付けた。
「・・・見た?」
今更何を言っているんだか・・・。
「羞恥心ってものがあるんだったら、人前で裸になって泳ぐのは止めるんだな」
真っ赤になりながら背中を向け、もそもそと服を着始める。
向き直ったライルにカップが差し出される。顔を上げると、珍しくフォースが優しく笑っている。
先ほどとは随分表情が違う。
「結構怖かったんだろ? もう大丈夫だから」
そうだった。フォースは助けてくれたのだ。
「うん・・・。ありがとう」
ゆっくりとコーヒーをすすった。