SHALONE SAGA

レーンの章4


 軽い足取りで岩肌を駆け上がる小さな人影が見える。

 歳の頃は13歳程度か、人のよさそうな笑みを軽く口元に浮かべながら軽快に岩山を飛び上がる。

 驚く事に彼の胸元には金色の鳥が輝いている。

 ひときわ高い山の頂まで上り詰めると、大きく深呼吸をする。

「うーん。流石にここまで来ると空気が違うなあ・・・。おっと、遥か南方に低気圧発見。明日は雨になるねえ・・」

《おらっ! 能天気に気象観測なんかしているんじゃねえ!》

 頭の中に強烈な思念が送り込まれる。 反射的に身を縮こませる。

「・・びっくりさせないでよお。 ステイさん、もう少しトーン落としくんない?」

《じゃかあしい。とっととやることやれ! メイディス》

《くすくすくす》

 ステイの怒鳴り声に重なり、誰かの笑い声まで届いてくる。

「判ってるよ。 こらレーン、陰で笑わない」

《はーい》

 笑いを残した軽快な返事が返ってくる。

 メイディスはゆっくりと呼吸を整えると、揺らめく瞳を空に向かって投げかけた。

 何かを探しているのだろうか、小ぶりな雲が点在する以外には何も視界に入らない。

 やがて、その瞳が空中の一点を捉える。

「・・・・見つけた。 ライナの読み正解だね」
 
 何もなかった空に赤い光が生まれた。

 それはやがて轟音と共に大きな影となり、メイディスの目前を過ぎる。

 銀色に輝く機体は突入してきたスピードからは想像できない位、ゆっくりとラインディングし、

 森の中に不時着した。

「よし、これならステイに文句言われないだろうな」

 軽い足取りで白煙を上げる物体に向かっていった。



 彼らのやり取りを静かに聞いていたリキュールの口元が軽く笑みを浮かべる。
 
 彼の身の丈は既に父を超えていた。・・・もっともシガールほどのガタイではないが・・・。

 暗緑色の髪を短く切り揃え、落ち着いた涼やかな目元が年相応でない雰囲気を醸し出している。

 ステイ達のやり取りを聞きつつ、先ほどから左手と口を器用に使いながら何かを作っていた。

「・・・流石だね、ライナの先読みは誰もかなわない」

 向かいのソファーに深々と腰掛け、大きなクッションを抱え込んでいた少女が顔を上げる。

淡い金髪に大きな青い瞳が照れくさそうに細まると、嬉しそうな眼差しをリキュールに向ける。
 
「・・・」

 その様子を傍らで見ていたレーンが小さく口をすぼめるが、すぐにその興味が別のものに移る。

「そういえば兄さん、さっきから一体何作っているの?」

 編みあがった紐に何かを通して固く縛り付ける。

「よし、出来上がったぞ」

 不思議そうに見つめているレーンの首に出来上がったものをかける。

 それは細い糸を幾重にも組み上げたものに小さな彫り物の石が付いているペンダントだった。

「これ・・・僕に?」

 石には鳥の彫刻が施されていた。だがそれはレーン達が良く知っている紋章ではない。

力強く羽ばたこうとしている眼光の鋭い猛禽類の姿だ。

 不思議そうに眺めるレーンを、リキュールは笑いながら見つめていた。


 バタンッ!

 勢いよく開いた扉に三人が振り返る。

 上着を羽織りながら大股でステイがやってきた。

「メイディスが上手く接触に成功したようだな。俺も今から向かう」

「ああ・・・そうだね。うまく修理できるように祈っているよ。これはステイにしか出来ないからね。・・・頼んだよ」

「まっかせなさい。親父の船で散々勉強した。 今やどこの世界に行っても最高のエンジニアになれる自信はあるぞ」

 リキュールは苦笑いしながら頷く。

「・・・自信ねえ」

 どや顔に軽く親指を立てつつ、ゆっくりとステイの姿がその場から消えた。



「ん?」

 飲みかけたティーカップから口を離し、ロシュフォールは軽く眉をひそめた。

「ねえ・・・リベティ。 また子供達が何か企んでいるみたいだけど。

・・・・全く、親に何も話さず一体何やってんだか・・・」

 リベティは軽く微笑みながらカップを置いた。

 小さく波紋がカップの中で揺れる。

「そうね・・・まあ、でもリキュールの指示で動いてるみたいだし・・・。

何か悪い事を企んでる訳では無いみたいだけど」

「幾らなんでもそこまでは私も思っていないよ。 

・・・ねえ、気が付いてる?

あの子達・・・何か・・・違うと思わない?」

 リベティはゆっくりと視線をロシュフォールに移す。

「ああ、勘違いしないで、言葉の通りの意味だから。 

特にあんたは自分の子供だから否定したい気持ちもあると思うけど。

リキュール、ステイ、ロット、メイディス、レーン、ライナ・・・あの子達の力は、私達の全盛期を遥かに凌ぐものだと思う。

まあ、力の大小は人それぞれだから何とも言えないけど・・・なんだろう。 力の質が違う気がするのよね。
 
 特に、シガールの子供たちと、あんたの娘」

 一瞬だけ、ロシュフォールの瞳に探るような意思が宿る。

 あえてそれには反応せず、リベティはゆっくりと頷いた。

「うん・・・それは私も何となくは感じている。 多分、カイやシガールも・・・ね。

 彼らは何も言わないけど。

 何かが動き出そうとしている。 私もそこ位は判っている。でも、それが何かは判らない。

 判っているのは私達にできることは何もない事。

 私達に必要なのは覚悟だけ・・・そんな囁きが聞こえてくるの」

「覚悟・・・・ねえ」

 少々不満げな表情でロシュフォールは瞳を閉じた。







「・・・・・・ふう。」

 小さく息を吐きながら、リサは顔を上げた。

「一体何があったの? 墜落だなんて・・・らしくない。 セガ? 現在地と破損状況を教えて」

 少々乱暴にマスクを脱ぎ捨てると、コックピットから外の様子を伺う。

「市街地じゃなかったのは助かったわ・・・。で、ここの座標は?」

「・・・・」

 先程からの問いかけに答える声は無い。 もとよりこの狭い空間に彼女の他に人影は無かった。

 不審げに眉を顰め、ようやく操縦席のパネルを叩く。

 明るくなったパネルに映ったのは忙しなく流れていく数値の羅列。そしてその隅に

「Unknown」 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 リサは腕を組みじっとその画面を眺める。


 どういうことだ? ・・・計器の故障?

 いやいや、確かに形式としては墜落だが自分としては胴体着陸程度の衝撃の筈だった。

 この程度で破損するほど今時の機体は軟じゃ無い。

「一体どういう事? 予想される事実を報告」

《衛星の電波を捕捉できません。 従って現在地の特定は不能。》

「地表にいるんだから地上波捉えればいいでしょう」

《周囲に感知できる電波は存在していません》


は?


 今時?  このご時世に?  一体どこの辺境だ。

 ・・・って、そんなところ存在しない位良く解っている。

 それならここは・・・。

 再び視線を窓の外に移す。

 はるか遠くまで続く緑の絨毯。その視線の何処にも人工物らしき影は無い。

 その景色の異常さにようやく気が付いたリサが腰を浮かしかけた。 と、ほぼ同時に窓の上方から人の顔が覗き込む。

「うわああああ!」

 驚いて声を上げるが、その人物までは届かなかったらしい。

 不思議そうに覗き込んでいる少年が、 好奇心を満々と湛えた瞳でにこにこ笑っていた。

 広大に広がる森と同じ色をした髪と瞳を持った、何とも人懐こそうな少年だ。

「・・・・・・」

 少年は不思議そうにコックピットのカウルを叩き、小首を傾げる。

「・・・・セガ、 とりあえず外気の組成を調べて」

 《主成分は窒素65パーセント 酸素32パーセント その他物質はほぼ正常値。特に有害物質検出もありませn》

「・・・・ふーん。まあ、そりゃそうか・・・。ハッチを開けて」

 ゆっくりとダンパーが動きハッチが開く。

「すっごーい。え、これどういう仕組みなの?」

 声変わり前独特の声がいきなり飛び込み、興味津々な表情でハッチの窓をぺたぺた触っている。


 何だろう。この子は。


「ねえ君、ここはどこ?」

 ハッチをぺたぺたと触っているままの状態で振り返ると、にっこりと少年は笑った。

「あなた、地球の人でしょ? 僕はメイディス、迎えに来ました」

「地球・・・って。迎え?」

 胡乱な目を向けるリサを見て、困ったようにポリポリと頬を掻く。

「えーっと、ここはセーラムといって、貴方の住んでいる地球ではありません。

 とはいっても、単純に距離の問題ではないんだけど。

 んーと、ごめんなさい、やっぱり僕では上手く説明出来ないや。

 手を・・・貸して頂けますか? 皆の所に案内します」

 にっこりと笑いながらかわいらしい手を差し出す。

「・・・」

 この展開は何だ? 流石に目の前の子供が、何らかの犯罪を画策しているとは到底思えない。

 しかし、彼の言い分だと、ここは地球では無いという感じだ。

 そんなこと・・あり得るのか? 一体どういうことだ。

 とはいえ・・・。


 リサは改めて周囲を見回した。


 あたり一面緑の世界、視界に人工物などは一切見当たらない。

 先ほど、セガは何も検知できなかった。

 計器は何も示さない世界で一人何ができるのか。

 この状況で一人放り出されても行く末は暗に想像できる。

 この状況を変えられるのは目の前の無垢に見える(と、思いたい)少年一人。

 リサは恐る恐る、ゆっくりと手を伸ばした。

「!」

 手が触れ合う瞬間体中の血液が沸騰するような感覚を覚え、リサの意識を奪い去った。


 一瞬にして姿を消した後に、涼やかな風が吹き抜けていく。

 横たわる銀色の機体に雲雀の鳴き声だけが降り注ぐ。

 つと、その機体に人影が降り立った。

「遠いところお疲れさんだったね。セガって言うんだ、君」

 ステイはしゃがみ込むと、無機質な景気に向かって笑う。

「・・・Hello. Mr.Stay」

「どーも。すぐに綺麗に治してあげるからね」

満面の笑みでコクピットに乗り込んだ。




「・・・」

 リキュールはあきれ顔で目の前の状況を見つめた。

 完全に意識を失っているリサを小さな体で必死に支えながら、メイディスは苦笑している。

「ごめんなさい。気絶するなんて思わなくて」

「私は担げないよ。まあ仕方ない。レーン、向かいのロットを呼んできて。

 大切な客人だ、丁寧に扱わないとね」

「はーい」

 レーンは元気よく部屋を飛び出していった。

 リキュールは何とかソファーに降ろされたリサの顔をじっと見つめる。

 目が覚める様子はない。

「おや、これは早速ちょっかいを出してきているねえ・・・。

どうするおつもりですか?」

口元にうっすらと笑みを浮かべながら、無表情の横顔を見つめた。