フォースの章3−6
日が傾きかけた頃から空の雲行きが怪しくなり、食事をする頃にはポツリポツリと雨が降り出してきた。
フォースは窓辺に座り、じっと外の様子を見ていた。ライルは寝袋に足を入れ、家から持ってきた教科書を読んでいる。
「一つ、聞いてもいいか?」
ライルは顔を上げた。
「アウトサイダーがいなくなった場合、君はこの村に留まることは出来るのか?」
確か、以前サリーと同じ事を話したのを思い出した。
「どうかしらね、まあ、家は追い出されるでしょうけど。私を育てる意味がなくなるからね」
「何処か、あてはあるのか?」
クスクスっとライルは笑った。
「前にも言ったけど、あったらここにはいないでしょ。まあ、生きていれば何とかなるって思っている。
ともかく今は無事に満月を迎えることしか考えていないよ」
ライルは本を閉じると、寝袋の中にもぐりこんだ。
どうしたものか・・・。
フォースは外を眺めながら考えた。
一人で何もかもやってゆける年ではない。
懐から小さな笛を取り出すと、静かに吹きはじめた。
フォースは無言のまま内部の様子を伺った。目前には木材が打ち付けてある大きな扉がそびえている。
サリーが言っていた金山の入り口だ。
扉の周囲には雑草が膝丈以上に生え、踏み荒らされた形跡はない。人が近づいた形跡は見られない。
試しに扉を開けようとするが、頑強に木材が固定されており、びくりともしない。
扉の隙間から、小さな水流が流れている。昨日の雨水だろうか。しかし、その色は赤茶色に染まっている。
泥の色とは明らかに違う色だ。
どうやらここには金以外のものも埋まっているようだ。
「もし、今でも金の採掘をしているのなら、村の財源については納得できる」
だが、問題はその方法だ。一体どうやって? この汚染物質の影響を受けずに金をとる方法は・・・。
「・・・アウトサイダー?」
フォースはもう一度扉に目を向けた。
この向こうに、いるのか。
朝日がゆっくりとフォースの顔を照らし出した。
「そろそろ戻らないと目を覚ますな」
フォースの姿がその場からゆっくりと消えた。
朝食の匂いに誘われて、ライルは小屋から出てきた。
昨日の雨が嘘のように今日は晴れやかな天気だ。
だが、ライルの表情は今一冴えない。無理も無いか明日は満月の日だ。
「今日は村に戻るね。サリーにこれ以上迷惑も掛けられないし。戻らないと大騒ぎになるから。
・・・ねえ、一緒に行ってくれないかな」
「いや、それは止めておこう。大丈夫だ。場所の下調べも済ましてある。俺は別の場所でアウトサイダーを待つ」
「・・・そう」
もくもくと二人は食事を始める。
「一つ、お願いを聞いてくれる?」
「・・・何だ?」
「ねえ、前に言っていたよね。この痣はアウトサイダーと敵対する一族の印だって、
あのアウトサイダーが神と言った人達が何処にいるのか教えてほしい。勿論、この件が片付いてからでいいから」
「知ってどうする?」
「会ってみたいの。そして、知りたいの。何でこの痣が私にあるのか」
セーラムがこの地にないと知ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか、それよりも、その痣の理由を知ったら・・・。
フォースはじっと彼女の顔を見つめた。
「・・・そうだな、全部片付いたらな」
ライルはにっこりと頷いた。
「良く逃げずに戻ってきたな」
顔も上げずに村長はライルに声を掛けた。
「理由はなんにしろ、ここまで育ててもらった恩義はあるから」
ライルも無愛想に応え、そのまま部屋に戻った。
部屋に戻るなり、ライルは身支度を始める。何枚かの服と、生活に必要な道具、多くは持っていけない。 丁寧に選び、かばんに詰める。
「何しているの?」
サリーが覗き込む。
「明日が終わればもうここは私の家ではないから。出て行くの」
「出てって・・・一体どこに?」
「判らない、でもここにはいられない」
サリーは困惑の表情を浮かべたが、彼女の立場を考えると、引き止めることも出来ない。
意を決すると、自分の引き出しから小さな箱を出した。
「あまり多くは無いけれど、やっぱり先立つものが必要だものね。これ使って」
ライルが空けると、中には金が入っていた。
「サリー」
「何があっても友達だからね。困ったことがあったら迷わず連絡してね。何でも協力するからね」
「うん・・・ありがと」
朝日がゆっくりと昇り始めた。金糸の刺繍が光を受けてきらきらと光っている。
フォースはじっと目覚めかけている村を眺めた。
アウトサイダーに気後れすることはない。そんなことは気にもしていない。気になるのは・・・。
・・・どうすれば彼女にとって一番良い方法が取れるのか、全てを話し再び自分世界に連れ込むのか、・・・それとも、このまま去るか。
顔も、姿も以前の彼女とは違う。
だがこの数日で、考え方や行動の端々に昔のライルが側にいるかのような錯覚を何度か感じていた。
間違いなく、彼女はライル自身なのだ。
「俺に会うために・・・か? だとしたら、お前の人生の責任を取らなくちゃいけないよな・・・」
だが、いまだに決めかねている心がある。
「・・・なぜその姿で生まれてきた? 俺に何をしてほしいんだ?」
答えなど返ってくるはずもない。
同じ朝日をライルもじっと見つめる。昨日は殆ど眠ることが出来なかった。
「もう一度、この朝日が見えるとしたら、隣に・・・いてくれるのかな・・・」
村は静まり返っている。今日ばかりは女子供は外出を禁止されている。
夕方近くになり、ライルは父に呼び出された。
サリーが心配げな顔を上げる。
「じゃあ、いってくるね」
なるべく明るい笑顔でライルは話しかけた。
「うん」
これから彼女はどうなるのか・・・サリーはいつまでも閉じられた扉を見つめていた。
階下には村の人間が何人か集まっていた。
「ライル、お前も準備を、湯浴みをして着替えなさい」
村長が階下から指示をする。ライルは何も言わずに風呂に向かった。
風呂場の窓から満月が見える。
「大丈夫だよね。ちゃんと見ていてくれているよね・・・」
不安げな瞳を暮れかけた空に向けた。
湯屋の四隅に置かれた香にライルは気がついていなかった。
風呂から上がり、着替えを始める頃に、体の異変に気がついた。
「あれ・・・湯当たりかな・・・」
急速に意識が遠のく。ライルはその場に崩れた。
・・・フォースの目が光る。
「・・・始まったか?」
湯屋の扉が開き、数人の男が入ってきた。ライルを担ぎ上げ、連れ出した。
階下からは多くの人の気配がするものの、何が行われているかは全く判らない。
不安げに部屋の扉を見つめているだけだった。
玄関の扉が開く音に気がつき、サリーは窓にへばりつく。
出てきた台車の上に、ライルは乗せられていた。
「ライル」
松明の明かりに照らされたライルは薄化粧を施され、薄物のローブをまとっている。
が、少女の表情は硬く、うっすらと瞳を開いているものの、その瞳に意思は感じられなかった。
香により、正気をなくしているようだ。
見たことの無い親友の姿に、サリーは体が震えるのを感じた。彼女に何がおきているのか。
村長たち一行の姿が見えなくなるのを確認してから、サリーは窓の鍵を開けた。
「フォースに会わなきゃ」
ライルのかばんを抱えると、ゆっくりと屋根に降りる。
慣れない行動に悪戦苦闘しながら地面に降り立ち、水車小屋に向かって走り出した。