アルヘイムの森2−9
「そう・・・確かにバーウェントは神の剣ではない。 だが、それに劣らぬものを持っている」
(誰だ・・・?)
誰かが話しかける。頭の中? いや・・・違う。
リザードは薄目を開いた。
全身の神経を感じる。・・・どうやらまだ生きていたようだ。
「信じるんだ。バーウェントの力はこんなものではない」
(だけど・・・剣は折れてしまった・・・。)
「言ったはずだ。お前はまだ剣を使い切っていないだけなんだ」
!
リザードの瞳が大きく開かれる。 これって・・・。
「ラファエル!」
頭を擡げた先に、立ち上がろうとしているヴィステラの姿があった。
「・・・・小僧?」
「・・・済まない。お前を巻き込むつもりはなかった。・・・俺はちゃんと、帰るつもりだったんだ」
ヴィステラは起き上がると、真っ直ぐにリザードを見つめる。
ブラウンの瞳に碧い光が揺らめいている。
何が起きているのかわからない。どうしてこの少年からラファエルの言葉が発せられるのか・・・。
ヴィステラは折れた剣の切っ先を持つと、小さく印を切る。
剣が淡い光を発し始めた。その光がゆっくりとヴィステラを包む。
「・・・申し訳ないがもうせーラムには戻れない。・・・だが、ここで終わりでもない」
光がヴィステラの姿を変える。
ブラウンの瞳は碧く輝き、髪も黄金色になびく。
そして、額にラファエルと同じ飾りが浮かび上がった。
「これがバーウェントの力だ」
「・・・ラファエル・・・」
髪と瞳が違うが、その容姿はヴィステラそのままだ。しかし、其処にいるのは明らかに違う人物。
「・・・ヴィステラ?」
ようやく光に気がついたウィリアムが振り返る。
その様子にシャルーンが軽く笑った。
「戦いは・・・まだ終わっちゃいない」
ゆっくりと消えていくシャルーンを見上げていたジュホーンだが、突然湧き上がった気配に気が付き振り返った。
・・・が、既に目前にはラファエルの放った攻撃が迫っていた。
「!」
光がジュホーンを包み込み、大きく爆発を起こす。
金色の相貌が怒りに包まれる。
「き・・・さま。いつの間に。まだ消えてなかったのか・・・」
寸前で直撃を防いだようだが、ラファエルの攻撃に無傷とはいかなかった。
外皮である全身の装備が吹き飛ばされている。
不意を喰らい、憎々しげに見上げるジュホーンの目の先に立つのは、
笑いながらジュホーンを睨みつける碧眼のヴィステラ・・・。
「・・・おまけだ、ジュホーン・・・」
ヴィステラを中心に大きな力場が発生する。
「俺達を舐めるなよ・・・・。行け! リザード」
力場の放出と同時にリザードが剣を拾い、地を蹴った。
・・・ぐらり・・・。
ゆっくりと・・・崩れるようにヴィステラは倒れこんだ。
強烈な光を放つ物体がジュホーンを包み込む。
「・・・ぐぅ・・・」
見えない真空の刃がジュホーンの体を引き裂く。
光の中で必死に耐えているようだ。
やがて、ゆっくりと落ち着いていく光の中心で蹲っていたジュホーンがゆっくりと顔を上げる。
「・・・残念だな、ラファエル」
その瞳はまだ光を宿している。
「貴様の力を使い切ってもワシの息の根は止められない」
・・・だが、無傷とはいかなかったらしい。肩口は大きく裂かれ、体の中ほどまで達している。
四肢はちぎれたようにバラバラに散らばっていた。
それでもその表情にはいまだ余裕が見られる。
「・・・くっくっく」
急速に再生する足を踏みしめ立ち上がると、ゆっくりとヴィステラを見下ろす。
ヴィステラは動く気配がない。
満足そうな高笑いが城内にこだまする。
「まだ終わっちゃいない!」
振り返った先に剣を持ちながら飛び込んでくるリザードの姿が映る。
手に持っているのは折れたバーウェントだ。
「そんなもので何ができるというのだ!」
上段に構えた剣から青白い炎の柱が生まれる。
「・・・なんだ?」
リザードは一気に剣を振りぬいた。碧い光がジュホーンの体を貫く。
が、光はジュホーンの体を通過しただけだった。
「ただのハッタリか・・・驚かせるな」
だが、ふと何かに気づくと、ゆっくりと視線を落とす。
体の再生速度が落ちて・・・いや、完全に止まり、ゆっくりと風化を始める。
「・・・なんだと・・・これは・・・」
呆然と自分の体を見つめる。手がゆっくりと風に崩れていく。
リザードはジュホーンの目の前に立つと、ゆっくりと剣を構えた。
剣の光がリザードを包み込む。
「終わりだ。ジュホーン」
それだけ言うと、大きく剣を振りかぶった。
どおおおおん!
城の中心で大きな爆発が起こり、全てを飲み込むような大量の砂煙が湧き上がる。
城外に避難していた皆が一斉に顔を上げた。
「何だあれは・・・」
「殿下達は大丈夫なのか?」
訳がわからずざわつき始める。
「おいシェラフ、お前は判っているんだろ? だから皆を避難させたんだな。中で何が起きているんだ?」
シェラフも呆然と煙を見上げるだけだ。
「私も・・・何がなんだか・・・ヴィステラ様の指示に従っただけなので・・・」
(ヴィステラ様・・・大丈夫ですよね。)
不安げに天を仰ぐ。
周囲に張り巡らされていた殺気が急速に薄らいでいく。
「結界が消えたのか?」
ウィリアムはゆっくりと手を上げる。・・・何の抵抗も感じない。
「ヴィステラはどこだ?」
辺りはいまだ煙が立ち込めまるで視界が効かない。
「ヴィステラ!」
記憶を頼りに進んでいくとうっすらと弟の姿が確認出来る。
先ほど倒れこんだままの姿勢だ。
慌てて抱えあげる。が全く反応がない。
「おいヴィステラ!大丈夫か?」
脈はある。死んではいない。・・・だが・・・。
「ヴィステラ!」
ウィリアムの声を聞きつけ、煙の中をアッシュ達が駆け寄ってきた。
「殿下! ご無事ですか?」
「私は問題ない。それよりヴィステラが」
覗きこんだ老臣の表情が変わる。
「直ぐに医務室に!」
わらわらと集まってきた臣下を呼び寄せ、抱えあげられたヴィステラとともに走っていく。
半ば呆然とその様子をウィリアムは見送った。
「・・・殿下も直ぐに手当てを・・・」
そういえば、両腕の傷を忘れていた。
だが、その痛みを忘れるような光景が目の前に広がっている。
中庭はまるで焼け野原のようになり、周囲の回廊もあちらこちらで崩れている。
・・・全壊しなかっただけましということか。
小さくため息をついたウィリアムの視線が何かをとらえた。
芝の中で何かが光っている。
「・・・?」
差し込んだ日の光を反射するそれに見覚えがあった。
「あの髪飾りだ」
半分ほど欠けたシャルーンの紋章が、光を反射してきらきらと光っている。
拾おうと手を伸ばした瞬間、溶けるようにその姿を消した。
「・・・・」
周囲を見回すが紋章の形はおろか、ここで闘っていた者たちの痕跡すら其処には存在していなかった。
ウィリアムはゆっくりと空を仰いだ。
終。