SHALONE SAGA

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フォースの章3 追記1




 ライルはおのぼりさんよろしく周囲をきょろきょろと見回す。

「おいおい、ちゃんと前見なさい」

 フォースにたしなめられるが、あまりの物珍しさにどうしても気が散る。

 周囲の建物の大きさ、人の多さ、ライルには初めての経験だ。

 今まで訪れた村や町とは比べ物にならない大きな都市だ。ここは基幹都市。アルツハム。

 いつもは目を引くフォースの姿もここまで人が多いとさほど目立つ様子がない。

「でも、こんな所にアウトサイダーが?」

 ライルは馬を寄せてフォースに聞いた。

「いや、ここまで大きい町にはまずいないよ。だが、情報は集まりやすい」

 フォースはそのまま裏通りの宿屋に向かった。繁華街からは少し距離を置いた所にある小さな宿屋だ。

 ライルはその看板を見上げた。

「ここに泊まるの」

「まあ・・・ね。客層のガラの悪さは天下一だよ」

「・・・・」

 一抹の不安を覚える。

 まだ、夜にもなっていないというのに、既に店の中からは賑やかな声が響いている。

 フォースは荷物を持ち、ためらいもせずに扉を開けた。

「・・らっしゃい」

 声に反応して客が一斉に振り向く。 

 ライルは背中越しに恐る恐る様子を伺った。

「あれー? フォースじゃねえか」

 酒瓶を持った男が声を掛ける。

「何だ、最近姿を見ないんで死んじまったのかと思っていたのに。ぴんぴんしてんじゃねえの」

 フォースは一瞥しただけで挨拶もせずにカウンターに向かう。

「おや、久しぶりだな。フォース」

「ああ、少し世話になる」

「あっれー。こんな所にいい女めっけ」

 背中に張り付くようにしていたライルの体に緊張が走る。

 既に出来上がっているのか少しふらつく足で男が近寄ってきた。

「綺麗な譲ちゃんじゃない。どう?一緒に飲まない?」

 酒臭い息が近づく。

(やっぱり・・・こ・・・この人たち賞金稼ぎだあ・・・)

 宿帳にサインをしていたフォースが、振り向きもせずに手を伸ばし、男の胸倉を掴むと一気に引き寄せた。

「貴様・・・俺の女に手を出したらぶち殺すぞ」

 お得意の殺気みなぎる声で脅しを掛ける。途端に男の酔いが醒める。

「え・・・や・・やだなあ。冗談ですって」

 慌てて男が恐縮する。

 フォースはそのまま部屋に上がってゆく。ちょこちょことついてゆくライルを酒場の連中は大人しく見送った。

「あの・・フォースの女・・・だってえ? えらい度胸のある娘だな」

「・・・てか、俺はあいつが女に興味あるって事の方が驚きだ」

 一緒に見上げていた宿屋の店主は少し愉快そうに二人を見ていた。

「あーびっくりした。ここの客ってみんな賞金稼ぎなの」

「まあね、ここの主人の元の商売ってやつだ。こういう都市に来れば来るほどならず者扱いだからな。

 泊まれる宿は限定される。俺はこれから公安に行ってくるが、ライルは先に食事していてくれ」

 ってことは先の酒場に行けというのか?

 ライルの顔をみて不安がっていることを察したらしい。くすりっとフォースは笑った。

「大丈夫だよ。ガラは悪いがここで揉め事は起こさない。そういうルールになっているんだ。

 親父さんに話しておくよ。見てくれは怖いがいい人だよ」

 まあ、フォースが言うなら大丈夫だろうが・・・。

 下の酒場に行くと、店の主人も他の者と一緒に卓を囲んでいた。

「親父さん、悪いが俺公安に行ってくるんで、その間何かこいつに作ってくれないか?」

「おお、構わんよ。まかしとけ、うんまいもん食わせておくから」

 ぽんっとライルの肩を叩いてフォースは宿屋を後にした。

 椅子に座ったライルの目の前に、いきなりビールのジョッキが出される。

「いや・・・私はお酒は・・・」

「まあまあ、軽く一杯くらい大丈夫だって。直ぐに料理出すから、ゆっくり飲んでなよ」

 笑いながら店主は店の奥に消えていった。

(フォースに怒られるかな・・・)

 周りを見ると、皆おいしそうに飲み干している。軽く口をつける。疲れた体に心地よく染みてゆく。

「あ・・・おいしい」

「なあ、あんた。フォースの女って・・・本当?」

 近くにいた男が声を掛けてきた。

「え?・・・ええ、まあ」

 軽く顔を赤らめながらにっこりと笑う。その様子に周囲の男たちが驚愕の表情を作る。

「あ・・・あの、その反応の仕方って?・・何で?」

「いやーあのフォースが・・・ねえ」

「男色・・・っつう噂もあったけどなあ」

「俺はただの人間嫌いだと思っていたけど」

 口々に話し出す。

「・・・あの・・・」

 一体どういう風に見られているのだ? フォースは・・・。

「ってかさ、よくあんなに怖い男と一緒にいられるよな。大した度胸だ」

「いや、でも娼婦街の女達なんかはフォースに熱上げてる奴一杯いるじゃないか」

「しょう・・・ふ・・・・へえええ」

 何だかんだと言ってもやることはしっかりやっているという事か・・・。ライルの頬が引きつる。

「いや、違うって、あいつは全く相手にしないんだよ。すんごい美人だっているんだぜ。ここにはさ。

 だから一部じゃ男色だ・・って話まであって」

 ライルは面白そうに話に耳を傾けた。

「だけど・・・あいつの戦っている姿見たら、とてもじゃないがそんな熱上げられるような人間じゃないよな・・・」

「ああ、そうそう。俺も出くわした事あったが、あんな凄い光景は今まで見たことなかった・・」

 ぶるぶるっと男が身震いをした。

(そうだったっけ・・・)

 言われてみれば、フォースの戦っている光景をちゃんと見たことがなかった。まあ、当然といえば当然だが。

「あいつは滅法強い。ここにいる俺たちが束になっても敵わない。人間離れしすぎてんだ。

 巷じゃ黒の死神って言われているらしいぜ」

「・・・・」

「譲ちゃん。悪いこと言わねえ。あの優男風の見てくれだけで付き合っていると、ろくな目に合わないぞ」

「・・そりゃ・・・どうも」

 一体どうしたらそんな悪評がつくんだか・・・。

「こらこら、本人のいないところで言いたい放題するんじゃない。フォースに直接言えば良いじゃないか」

 ライルの前に大皿を置きながら、店主はたしなめた。

「そんな事したら、殺されちまう」

 大げさにぶるぶるっと震えた。くすくすとライルは笑った。意外と明るい人たちなのかも知れない。

「お、いいねえ。その笑顔。もう一杯どう?」

 言われるままにライルはジョッキを差し出した。



 賑やかな話し声が店の外まで聞こえていた。

 いきなりライルの両肩に手が置かれる。

「へえええ。随分楽しそうじゃない」

「・・・・」

 皆の背中が一瞬膠着する。いつの間に帰ってきたのか、フォースが頬を引きつらせて笑っている。

「お前、酒飲んでるのか?」

「ちょっとだけだよお」

「・・・・」

「明日は早くに出るから、ライルはもう上がって寝てなさい」

「はーい。じゃあみんな、お休みなさーい」

 元気に手を振って階段を上る。

 酔っている様は昔のままだ。口元から笑みがこぼれる。

「おいフォース」

 ライルの飲み残したビールに口を運びながら、フォースは振り返った。

「明日って、まさかカザスに行くつもりか?」

「・・・ああ」

「正気か? あそこに行った奴がもう三人も殺られているんだぞ」

「だから? 別に俺には関係ない」

 周りの男がため息を漏らす。

「何だ。女が出来たから多少は変わったのかと思ったら、前のままじゃないか」

「何を変われというんだ?」

 にやりっとフォースは笑った。



 カザスはそんなに遠い村ではない。小さな峠の先にある村だ。

 馬の足で三日も走った頃、小さな村にたどり着いた。

「あれが、カザス?」

 道の先に見える村をライルは指差した。

「いや、次の村だ。今日はあそこで休んでから出発しよう」

 二人は馬を並べて近づいていった。

 村の入り口に差し掛かった時、ふと、フォースの顔つきが険しくなった。

「・・・・」

 まだ日が高いというのに、人の姿が見えない。それどころか何とも異様な気配がする。ライルはきょろきょろと周囲を見渡した。

「ねえ、フォース・・・何だか・・・」

 話しかけながら振り向いた瞬間、ライルの言葉が止まった。

 フォースの姿がアイーンにものに変わっている。険しい表情で正面を見つめていた。

「・・・・ちい」

 小さく舌打ちすると、ライルを引き寄せる。

「奴がここまで来ている。ここに結界を作っておくから、ライルはここを動かないでくれ」

 言いながら彼女の腕の周囲で印を切る。それを中心に、球形結界が発生した。

 フォースは馬から降りると、そのまま歩みを進める。

 道の中央の土がいきなり隆起を始める。やがてそれは土煙を伴いながら大きな人型を形成し始めた。


 ぐる・・・ぐるるる・・・



 不気味な声を上げながら、光る相貌だけがフォースを捕らえた。

 腕の形をした巨大な手がフォースに迫る。腰の剣を抜き、一振りで両断する。

 腕はそのまま砂となり地面に落ちる。

 だが、次の瞬間新たな腕がフォースを狙う。何度きりつけたところで、直ぐに再生し、キリがない。

「ふーん。こいつは影か・・・」

 小さくつぶやくと、アウトサイダーの周囲に結界を張り巡らす。

 とたんに巨大な体が動きを止めた。剣を振り上げると、光る双眸の中心に突き刺す。

「・・・何が起こっているの?」

 ライルは必死に前を見つめる。砂塵で周囲の様子が判らない。

 霞の向こうで、人影の様なものが揺らめく。ライルの眉が潜んだ。

(人? こんな所に?)

 あちらもライルを確認したのか、ゆっくりと向かってくる。

 見た感じは人のようだ。まだ若そうな青年に見える。だが、何かが違う。心が警鐘を鳴らした。

 はっきりと姿を捉えた瞬間、その男は意味不明な笑みを浮かべた。

「人間みーっけ。ひーっひっひ」

(アウトサイダーだ)

 不気味に目を光らせ、ライルめがけて突進してくる。ライルは呆然とその場に立ち尽くした。

 腕を大きく振りかぶり、ライルの顔面を狙ってきた。

 腕が振り下ろされる瞬間、両者の間に黒い影が割って入る。フォースの剣がその爪を受けた。

「何だ・・・こっちが親玉かよ・・・」

 小さな呟きが漏れる。振りぬいた剣をアウトサイダーが素早い動きで避ける。

「へっ、やるじゃないか」

 アウトサイダーの攻撃を難なく避けながら間をつめてゆく。

「・・・フォース・・笑ってるの?」

 呆然とその様子をライルは見ていた。力は均衡しているようだ。

 だが、フォースの表情はそんな緊迫感が感じられず、むしろ戦いを楽しんでいるかの様にも見える。


・・・黒の死神・・・


 ふとその言葉が頭をよぎった。なるほど、この状況で薄ら笑いをするなど。尋常ではない。

 何の予備知識もなくこのフォースを見たら、確かにそういってしまうのかも知れない。

 フォースは一気に間をつめると、アウトサイダーの頭を掴んだ。

「終わりだ」

 フォースの目が一瞬揺らめく。

 アウトサイダーは大きく目を見開き、絶叫を上げた。影ともいえる分身が砂と化し崩れ始める。

 ライルは腕で視界を確保しながら正面を見据えた。フェニックスの紋章がゆっくりと歩いてくる。

「・・・・」

 先の戦いの興奮からまだ醒めていないのか、その双眸は怪しく揺らめき、殺気を放っている。

「・・・フォース?」

 軽く目を閉じる。次の瞬間にはもういつものフォースに戻っていた。

「大丈夫か?」

 にっこりと微笑む。ライルは小さく頷いた。