フォースの章3−12
街道沿いに村がないまま随分と長い道のりを進んできた。久しぶりに小さな村を見つけ、その中に入ってゆく。
「ふざけんな!」
よく響く声が、村中に響き渡る。反射的にライルはそちらを振り返る。
一軒の家の入り口に数人の人間が群がっている。
人だかりの中心には腕に包帯を巻いた男がいる。一見して賞金稼ぎと判る。
「こっちは怪我までしたんだぞ! 治療費も払えないって言うのか!」
怒鳴られている者は怯えて萎縮してしまっている。
「ですが、金は既に払っているじゃありませんか。
アウトサイダーも逃してしまったし、これ以上金を要求されても、この村にはそんなお金はありません」
この村の村長であろうか、老人が必死に話している。
「何よあの人、アウトサイダー倒しに失敗したのに、金要求してるの? サイテー」
「まあ、よくある光景だな。だから賞金稼ぎは疎まれるんだよ」
そのまま過ぎようとしたフォースの腕を、ライルが引っ張る。
「・・・・ざけんな・・・またかよ」
小さな溜息が口元から漏れた。
怪我をしている賞金稼ぎは、剣を抜き放つと、周囲を威嚇する。人だかりが一歩後ずさりする。
「貴様らの為に怪我までしたって言うのに、なんて村だ! 打ち殺してやる」
振り上げた腕を、突然背後から掴まれた。
「! 何だ貴様」
「依頼を敢行出来なかったんだろ? 貴様にそんな偉そうは口聞く権利があるのかよ」
にやりっと笑いながらフォースは言い放つ。
「貴様! 俺を誰だと思っているんだ!」
男は顔を真っ赤にしてフォースに詰め寄った。
「腕の悪い賞金稼ぎって所だろ? それにしても、依頼を果たせなかったら依頼金の半分は返すべきじゃないのか? それが筋ってもんだろ」
「ふざけるな、こっちは命張ってるんだよ。」
男はフォースの腕を振りほどくと、剣を収めた。
それを見ていたフォースが油断していると思ったのか、次の瞬間フォースに殴りかかる。
あっさりとフォースはそれを受ける。男の目が驚きの表情を作った。
「俺は同業者だ。これ以上怪我を大きくしたくなかったらさっさとここから立ち去るんだな」
フォースの冷ややかな視線が男をにらみつける。男は黙って去るしかなかった。
「なーによ、さっいてー」
言いながらライルが近寄ってきた。
「まあ、あれが普通だな。お前もよく覚えておけ」
「あ・・・あの・・・」
老人がフォースに声をかける。
「厄介な奴に引っかかったな。ここに現れるアウトサイダーは何匹だ?」
「村に来るのは一匹です。ですが、そいつに何人もの村人が殺されました。もう力のあるものがいないのです」
ふうっとフォースはため息をついた。
「まあ、あの男も賞金稼ぎなら、アウトサイダーに一太刀くらいは浴びせたろう。ならば、直ぐにまたやってくるだろな」
「はい・・・ですが、もうこの村には賞金稼ぎを雇う金など・・・」
ライルは肘でフォースをつついた。その目は明らかに「やれ」と言っている。
「・・・まあ、いいや。判ったよ。俺が後始末すればいいんだろ」
にっこりとライルは笑った。
「し・・・しかし、先ほども申したようにこの村には金が・・・」
「こっちは旅の途中だし。別にいらん」
「いや、それでは・・・」
恐縮しているというよりは、他に大きなものを要求されるのではないかと思っている表情だ。
フォースは苦笑いを浮かべた。
「そうだよな。ただより怖いものは無いからな。良く分かっているじゃないか。じゃあこうしよう。
長旅で連れの疲れもたまっている。ここで何日か休ませてもらえるか?
俺は野宿でも問題ないが、こいつは女でしかもまだ子供だから。・・・それならいいか?」
村人が顔を合わせる、意外な申し出に戸惑っているようだ。
「そ・・・そんなことお安い御用です。直ぐに用意しますよ」
村人からは安堵の息が漏れた。しかし、その中の一人がライルの腕をつついた。中年の女性だ。
「だけど、随分若そうな賞金稼ぎだけど、腕は大丈夫なの?」
くすくすっとライルは笑った。
「多分ね。かなり腕は確かだと思いますよ」
俄かに信じられないといった表情をした。
「わーい。ふかふかのベッドだあ」
嬉しそうにライルはダイビングした。フォースは窓辺から外の様子を伺う。
男の記憶からアウトサイダーの足は掴んでいた。その気配の小ささに思わず口元が緩む。
「あいつ・・・早く逃げないと命がないな」
「え・・・さっきの人?」
軽く肩を竦めて窓に視線を戻した。
村の入り口で、フォースはじっとその時を待っていた。
周りの家から、気配を殺しその様子を伺っているのが良くわかる。
ずるっずるっ。
何かを引きずる音が近づいてきた。フォースの眉が動く。
アウトサイダーは何か大きなものを引きずっていた。自らの体ほどもあるもの・・・それには腕、足、頭までついている。
腕に巻いた包帯は引きずられ、土色に変わっていた。
「フン、コンナコモノデ俺ガヤラレルト思ッテイルノカ」
アウトサイダーは男の骸を投げ出した。近くで息を呑む音がした。
一瞬そちらに視線を移したフォースだが、直ぐに正面を向くと、ゆっくりと剣を抜いた。
「ナンダ、マダ仲間ガイルノカ」
アウトサイダーの目が光る。
「心外だな。そんな小物の仲間ではない」
言葉が終わらぬうちに、アウトサイダーは突然襲ってきた。今までのゆっくりした歩みが嘘のように。
突き出された鋭い爪を剣で受け、もう一方の腕を掴んだ。
「キサマ・・・何者?」
「本来はお前のようなはぐれ者は相手にしないのだがな。まあ成り行きだ。運が悪かったと思え。
俺はフォース。アイーンのフォースだ」
その言葉に、表情が一変する。アウトサイダーならばその名を知らぬはずは無い。
逃げようとする腕を引き寄せたフォースの目が光る。
一瞬、剣先が光った。
それで全てが終わった。村中に不気味な咆哮が響く。
肩口から分断されたアウトサイダーは、その場に膝を着くと、ゆっくりと風化していった。
「やったね!」
物陰に隠れていたライルが大はしゃぎでやってくる。
フォースは小さくため息をついた。
「寝てろと言った筈だが」
「えへへ・・・。大丈夫だとは思うけど、煽っちゃったんで心配になって」
あちらこちらのドアが開き、村人が集まってくる。
「あんなに強かったのに、たった一振りで倒すなんて・・・」
「助かりました。これで枕を高くして眠れる」
何人かは、賞金稼ぎの骸に集まっている。
「まあ、そいつも犠牲者の一人だ。丁寧に葬ってくれ」
フォースは剣を収めると、ライルと共に宿屋に戻っていった。
宿の扉を開けるといい匂いが鼻をつく。
「帰ってくるまでには仕上げるつもりだったんだけど。早すぎだよ。まだ焼けてないのに」
夜中だというのに、宿の女将が鳥のローストを作っている。
「わあおう、おいしそう」
ライルが嬉しそうに走りよる。
「え・・・俺に?」
とりあえず見繕ったつまみと、ワインをテーブルに並べる。
「ああ、そうさ。長い間奴には苦しめられたんだ。今日はお祝いだよ。さあ、飲んどくれ」
ライルの手がワインに伸びる。すかさずフォースの手がさえぎる。
「子供はだめ」
ぷうっと頬を膨らませて、ジュースに口をつけた。
「かみさん! 賞金稼ぎの兄ちゃんいる? 酒もって来たよ。みんなで飲もうよ」
何人かが手に酒やらつまみやらを持ち、やってくる。宿屋の周囲は俄かに祭りのような賑わいになってしまった。
ライルは小さな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。フォースは軽く笑みを浮かべてそれを見ている。
「全く・・・」
コートを羽織るとそっと扉を開ける。
「おや、明け方まで飲みにつきあっていたのにえらい早いねえ」
掃除をしていた女将がにこやかに声をかける。
「女将さんこそ。少し出てきます。連れはまだ寝てるから」
「あいよ、ゆっくり眠らせておくよ」
にやりっと笑ってフォースは外に出た。爽やかな朝の空気が気持ちいい。自分の馬を呼び出すと、颯爽と跨る。
走り去る姿を女将は見送った。
「賞金稼ぎ・・・て感じじゃないよね。ふーん、なかなか良い青年じゃないか」
村の周囲を走りながら、気配を伺う。
「やっぱり、はぐれ者か・・・親玉もいやしない」
ふと、川岸の人影に目が留まった。この村の村長だ。一人で釣りをしている。
「一人でいるのは危ないのじゃないか?」
フォースは馬から降り、近づく。
「アウトサイダーはあなたが倒してくれた。心配はいらないでしょう?」
「まあ、今はね。しかし、この世からアウトサイダーがいなくなった訳ではない」
「それは、判っていますよ」
丸々と太った魚が引き上げられる。
そういえば、昔こんな感じで話をしたことがあった。あれは、ライルの父が・・・
「村長」
「なんですか?」
にこやかに振り返る。
「あなたに頼みたい事がある」
「・・・?」
「俺達は今西のアルザックという村に向かっている。その帰りにこの村に戻ってくる。
・・・連れを、彼女をこの村に住まわせてもらえないだろうか?」
「・・・この村に? 彼女は気立てが良さそうだし、勿論構わないが・・・一体何故?」
「彼女は身寄りがない。今は俺が守っているが、何時までも賞金稼ぎと寝食を共にするような人間じゃないんだ。
勿論彼女がここに戻ったら俺はここから消える。近寄る様な事はしない。家を用意するだけの支度金も渡そう。
普通の人間として暮らせる環境を与えて欲しい」
フォースの表情を村長はじっと見ている。
「彼女はあなたの恋人ではないんですか? それは彼女が望んでいる事なのですか?」
ゆっくりとフォースは首を振った。
「あいつはまだ子供です。賞金稼ぎの本性を判っちゃいない。俺と一緒にいてはいけない人間だ」
「・・・」
老人は再び竿を水面にたらす。
「私は全く構いません。まあ、村の者も異議は無いでしょう。良いですよ。彼女がここに住むのは歓迎します」
「ありがとうございます」
フォースは軽く会釈すると、再び馬に乗り込んだ。
「だけどね・・・」
老人は小さく笑った。
「彼女はあなたから離れないと思いますよ。経験豊富な老人がそういうんだ。間違いないと思うけど・・・」
竿先が小さく揺れた。
「いなくなったのかと思った」
宿屋に戻るなり、ライルの膨れた顔が出迎える。
「村の周囲の様子を見ていただけだ。他にアウトサイダーが隠れているかも知れないし」
コートをかけながら応える。
「あ・・・そう。で、大丈夫だったの?」
「・・・お前には関係ない」
ライルの表情があからさまにむっとする。
「明日は早めに出るぞ、ゆっくり体を休めておけ」
それだけ言うと、ソファーに横になった。
(少しは馴染んだかと思ったのに・・・)
急に優しくなってみたり、冷たくなってみたり、ライルからしてみたらころころ態度が変わる事が気になる。
わざと距離を置こうとしているようにも思える。
(何でだろ・・・)
その理由はまだわからない。