SHALONE SAGA

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フォースの章1−7




 ライルは母親が引きとめるのも構わずに、村長の家に向かっていた。

 ふと、目の端に何かが光ったような気がして、足を止める。

 松明の光ではない様だ。

 足音に注意しながら慎重に近づく。

 木々の間から、フォースの姿が見えてくる。ライルは木の陰に隠れて様子を伺った。



 フォースはそっと鉢植えを地面の上に置く。

「君は、この土地から離れているから俺の声が聞こえるだろう?

 君を育てていた人が危ないんだ。君の見ていたものを教えてくれ」

 花は、風も無いのに静かに揺らめき始める。と、花とフォースの右手が光り始めた。

 まるで何か話でもしているかのように、じっとその場を動かない。

「・・・ありがとう」

 にっこりと、これまで誰にも見せた事のない優しい表情で、フォースは花に声をかけた。

 ようやく、何かの気配を感じてフォースの視線が動く。

「あ・・・ごめんなさい」

 集中していて、ライルが近づいていた事に全く気が付かなかった。軽くその口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

「フォース?」

 答えずにそのまま立ち上がると、ライルの脇を抜けて、さっさと村長の家に戻ってゆく。

 外を警備していた自警団になにやら話し掛けると、やがて一頭の馬が連れてこられた。

 フォースはそのまま勢い良く跨り、走り去っていった。

 姿の消えた暗闇をじっと見詰めていると、同じ方向から馬の蹄の音が近づいてきた。

「・・・スコット?」

 一瞬、フォースが戻ってきたのかと思ったが、馬上の人物は、年恰好は似ているものの、全くの別人だった。

「デイジーがアウトサイダーにさらわれたって?」

 馬上のスコットは馬から飛び降りると、自警団に飛びつくように走ってきた。

「ああ・・・村長も重体だ」

「何て事に・・・」

 青年は苦々しげに俯いた。二人の傍にライルも駆け寄ってくる。

「ライル、こんな所で何しているんだ。危ないぞ」

「そんな事より、村長は大丈夫なの?」

「ああ・・・先生がちゃんと診ている」

「ところで、さっきフォースが馬に乗っていったけど、一体何処へ?」

「フォース? ああ、ライルの家の居候だったけな。何でもアウトサイダーを倒すつもりらしいぞ。

 全く無謀というかなんと言うか」

「・・・・」

 ライルは絶句した。

「・・・俺も行く、デイジーを助けなきゃ」

 スコットは憑かれたように馬の方に歩いて行く。

「やめろ! これ以上犠牲者を増やすな!」

 自警団の男はスコットを羽交い絞めにして取り押さえる。

「・・・ねえ、どうしてスコットは止めたのに、フォースは行かせたの?」

 憮然とした表情でライルは尋ねた。

「どうしてって、あいつはよそ者だ。それに金目当て。グレゴリーに賞金稼ぎになると言ったそうだよ」

 ライルの表情に先ほどのフォースの表情が蘇る。

「本当に・・・そうかしら」

 ライルは自警団の男の下でもがいているスコットの脇をすり抜け、軽やかに馬に跨った。

「おいライル! 何処に行くんだ」

「仲間の命を他人に任せて・・・それで何とも思わないの?」

 馬の脇腹を勢い良く蹴ると、暗闇の彼方に消えていった。





 デイジーはゆっくりと目を覚ました。

「あたし・・・生きているの? でも、ここは?」

 ひんやりとした石の感触が背中に直接伝わってくる。全裸で岩の上に横たわっているようだ。

 腕や足が固定されている。良く見えないが、何か蔦のようなもので括られているらしい。

 寒さよりも、恐怖感が少女の全身を覆う。


 突然、辺りに異臭がたち込めた。腐敗臭というか、生臭い臭いだ。

 ぼんやりと周囲に幾つもの赤い光が集まりだす。


 グルルルルル・・・


 赤い光はどうやら瞳の光らしい。何体もの正体の解らないものにデイジーは囲まれていた。

(そう怖がらなくともよい) 

 何処からか、頭の中に話し掛けるものがいた。

 ・・・身の毛もよだつような・・・低く陰湿な声だ。

 周囲のものではない。赤く光る幾つもの目には何の思考も感じられない。


 グルルルル・・・


 赤い瞳は次第に大きくなる。

(・・・そう急ぐな・・・ほう、これは中々の美形じゃな。

 うむ、気に入ったぞ。お前はインパラと掛け合わせてみよう。さぞ美しいキメラとなるであろうな・・・くっくっく)

 声の主が何を言っているのか、少女には理解できなかったが、

自分の身にただならぬ事が起きようとしているのだけは理解した。

 デイジーの額から、汗が一筋流れた。

(下半身はいらぬな。お前達にくれてやろう)

 その言葉を待っていたかのように、不気味な足音が近づいてきた。


 ズル・・・ズル・・・。


 デイジーは目を凝らしてその音の方向を向いた。

 ようやく暗闇になれた瞳が、その音の主の顔を映し出す。

 途端に少女の顔が明るくなった。

「グレース!」

 見覚えがある。一年ほど前に行方不明になった幼馴染だ。

「生きていたのね。お願い、この綱を・・・」

 安堵に満ちていた少女の顔が見る見るうちに驚愕の表情になる。

 立ち上がったグレースの胸元から下は、異様な形をしていた。

 細かい鱗がびっちりと生え、黒光りしている。

 腰も足も無く、本来そこにあるべきものの代わりに、一本の巨大な胴体がついていた。

 グレースの顔がニッと笑った。

 異様に大きい口からは、二股の舌がチロチロと動いている。

「グレ・・・ス」

・・・もうすぐ自分も同じような姿になるのであろうか・・・デイジーはぼんやりとそんな事を思った。

 グレースの右手が高々と上げられた時も、涙をためた瞳で、デイジーは友人の変わり果てた姿を見上げていた。


「・・・?」


 ズルリ・・・と首が奇妙な方向にずれる。

 ゆっくりと、まるでコマ送りの様に、デイジーの足元にグレースの頭部が落ちた。

 切り口から青い血が溢れている。

 デイジーは一体何が起きたのか全く解らなかったが、今だ口元に笑みを浮かべているグレースの顔と目が合い、悲鳴をあげようとして息を吸い込んだ。

 と、その顔の上に何者かの手が被さった。デイジーの視界から全てを隠す。

「・・・見るな。暫く目を閉じていなさい」

 聞き覚えの無い男の声だ。正体は解らないが、手の温もりは暖かい。

 デイジーはゆっくりと瞳を閉じた。



 フォースは立ち上がると、周囲のキメラを見回した。

 全部で五匹。

(お前は、あの時の・・・生きていたのか)

 声の主は驚きを隠せないようだ。しかし、すぐに含み笑みをする。

(まあよい、この前は日の光に邪魔をされた。今度はそうはいかぬぞ、夜はまだまだ明けぬ)

 フォースはゆっくりと剣を持ち直した。

 服のローブを外すと、デイジーにかけてやる。

 それを合図にして一斉にキメラが襲いかかった。

 フォースは踵を返すと、デイジーからキメラを離すように走り出した。



 何度か、剣と何か固いものがぶつかる音がする。キメラの牙であろうか・・・。

 デイジーは小さく震えながら、少し距離を置いた位置で発せられている音を聞いていた。

 やがて、何の音もしなくなった。ゆっくりとこちらに足音が近づいてくる。

 デイジーの背が震えた。・・・どちらが残った?

「もう大丈夫だ。目を開けてもいいぞ」

 安堵の溜息と共にゆっくりと目を開けると、二十歳位の青年がにこやかに笑っている。

「あなた・・・確かライルの家の・・・」

「フォースだ」

 腺の切っ先で蔦を切る。

「怪我は無いか?」

「ええ、大丈夫です」

 言いながら身を起す。

 はらりとデイジーにかけてあったローブが滑り落ちた。

 慌てて引き寄せて胸元を隠したが、

フォースの方は全く気づいていない様子で、戦闘のあった方向を見つめている。

「どうしたの? まさか新手が?」

「いや、一匹逃がしたんだ。親玉の居場所を突き止めようと思って」

「親玉? あの声の主?」

「・・・ああ」 

 ふと、辺りに淡い光が差し込んだ。月がその姿を現したのだ。

 デイジーは呆然とフォースを見上げた。

 顔は知っていた。綺麗な顔立ちだがどことなく暗い感じがしてあまり好意は持っていなかった。

 しかし目の前の青年にはその暗さが全く無かった。

 多少冷ややかな感じはするものの、どこか威厳に満ちた雰囲気を漂わせている。

 深い色の服に金色に光る鳥のレリーフが際立っている。まっすぐ見つめる横顔は、まるで神話の人物の様だ。

 フォースの目が僅かに揺らめいた。何かを確認したようだ。

 不意に振り返ったフォースに、ボーっと見ていたデイジーの顔が真っ赤になる。

「さて帰るか。・・・立てるかい?」

 デイジーは小さく頷いて、立ち上がろうとしたが、

 ふと、足元に転がっているグレースの頭部と目が合い、へなへなと座り込んでしまった。

「何で・・・どうしてこんな」

 フォースはしゃがみこんでデイジーの肩に手を置いた。

「申し訳ないが、こうなってしまっては元には戻らない」

 見上げた瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。

 フォースは泣きじゃくっている少女の体を抱き上げると、岩山を下り始めた。

 グレースの顔に、少しずつ遠くなってゆく小さな嗚咽が降り注いでいた。





 玄関先で膝を抱えていたスコットは、はっとして顔を上げた。

 月明かりに照らされた道を、一頭の馬が歩いてくる。

 立ち上がって目を凝らす。どうやら馬上の人物は二人らしい。

「デイジー!」

 スコットの声を聞いて、家の中から人々が出てきた。

 フォースは家の前に馬を止めると、デイジーを下ろした。

 家政婦とスコットが抱えるように少女を受け取り、家の中に連れて行く。

「驚いたもんだ。本当に助けやがった」

 呆れ顔でグレゴリーはフォースを見た。


 デイジーは気づかなかったが、いつの間にかフォースの服は元に戻っている。

「フォース」

 振り向くと、ライルの父が何やら神妙な顔で歩いてくる。

「ライルを見なかったか?」

「・・・え?」

 フォースの眉がひそむ。

「君を追っていったのだ。会わなかったか?」

 一匹・・・わざと手負いのキメラを逃がしたのだ。もしライルと鉢合わせでもしたら・・・。

 フォースは馬に飛び乗った。

「フォース!」

「探してくる!」

 突然、強風が皆の顔を打った。馬が前足を上げて嘶く。