SHALONE SAGA

先頭へ 前へ 次へ 末尾へ


ロッド・アスフィールドの章7




「・・・不公平だ。これは不公平すぎる・・・」

 地下牢に押し込められたロッドが片隅でうずくまりながらポツリと呟いた。

 城の警備兵にぼこぼこにされた挙句、がっちりと後ろ手と足にに鎖をかけられたのだ。

「・・・・」

 ナガルは苦笑いをするしかなかった。

「馬鹿者が。大人しく装備を解かないからだ」

 気にする風でもなく、リューは周囲の様子を伺う。

「当たり前だろ。ぜーんぶ持ってかれちまった。これで・・・どうやって助けるんだよ。リュー」

 口を尖らすロッドに思わず笑みを漏らしてしまったが、ふと何かに気が付いて口元に指を立てた。

 幾つかの足音が近づいてくる。

「リューというのはお前か?」

 兵士の間に佇んだ男が声を掛ける。

「・・・・」

 リューの眉が潜む。何故、その名を・・・。

「話がある。こちらへこい」

 警戒をしながら牢の外に出る。そのまま小さい彼女を囲むと立ち去ってしまった。

 ロッドは格子に顔をつけて見送る。

「・・・どういうことでしょうか? 彼ら、ここの人間はリューさんを知っているのですか?」

「・・・・」

 返事が無い。振り返ると、ロッドが痛む手首をさすっていた。

 足元には鎖が転がっている。

「さあな。ひょっとしたら俺達騙されたのかも知れないな。リューはあちら側の奴だったのかも知れない」

「そんな・・・」

「・・・なんてな。名を呼ばれて結構動揺していたから、奴にしても予想外だったんじゃないのか?

 偉そうな割に奴は単純な奴だ。もろに顔に出る。だが、ここでひとつ問題が発生したな。

 リューを知っている奴がいるということは、人間でも影でもない奴が此処に紛れているって事だ。となると・・・」

「剣を扱える者がリューさん以外に・・・」

 にやりっとロッドは笑った。

「どうするつもりだ? リューよ」




 リューは歩きながら周囲に気を配っていた。

 だが、感じる気配は人の欲望や、影の息遣いばかり。他に不審な様子は無い。

「・・・何故・・・」

 初めて訪れた地だ。ロッド達以外に自分の素性を話したことも無い。己の名を知るはずも無いのに・・・。

 緊迫したリューを他所に、辺りには穏やかな日差しが差し始めた。

 回廊に出ると、日当たりの良い中庭に目を移す。

 10歳程だろうか、少年が一人空を見上げて佇んでいた。

 彼はリュー達の姿を確認すると、ゆっくりとこちらに顔を向ける。

 リューの視線は何気にその前を過ぎ、ゆっくりと前を向く。

 その目の端で少年が笑うのを見た。

 ・・・足が・・・止まる。
 
 何故・・・笑う?

「・・・・」

 リューはじっと少年を見る。気配は明らかに人間。

 だが・・・。

 その目は少年の光ではなかった。リューの眉が潜む。

「鈍いな。流石のリュー様も気づかないかな?」

「・・・貴様・・・誰だ」

 少年は大げさに両手を広げた。

「この外見。良く出来ているだろ。こんな近くにいるのに判らないなんてな。

 流石に本物は違うよな」

 何を言っている? 本物の外見? 中身は違うとでも言いたいのか・・・。

 くすくすと少年は笑った。

「・・・何だ。まだ判らないのかい?聖王に大抜擢されるほどの奴が・・・さ。それとも昔の事は忘れる主義かな? 寂しいよあ全く。」

 少年とは思えない口ぶり。リューはその言い方に聞き覚えがあった。

「お前・・・ルー・・・か?」

 少年の目が紅く揺らめいた。




 カチャリ・・・。

 壁に向かったまま横になっていたロッドが徐に頭を上げる。

 入り口近くにいたナガルが兵士に追い払われると、扉が開き、ゆっくりとリューが入って来た。

 無言で扉が閉まる。

「・・・・」

 リューはその場に佇んだまま動こうとしなかった。

「リューさん。大丈夫ですか?」

 心配そうに話しかけたナガルに頷いて見せるが、その表情は優れない。

「・・・何だよ。一体何の話をしてきたんだ?」

 胡坐をかいて座ると、リューの方向も見ずにロッドが声を掛けた。

 それを横目で睨む。

「想定外の事が起きた。私と同郷の者がいる」

 ・・・やはり・・・。

 ナガルはロッドを振り返ったが、特に慌てる風でもなく呑気に背中を掻いている。

「まあ、それは最初から予想しなきゃいけなかったなあ」

 ロッドは手を伸ばして皿の上のパンを掴んだ。

「なに・・・」

 睨みつけたリューの顔が驚きに変わる。さほどの時間も経っていなかったが、ロッドの体は完全に自由になっていた。

「呆れた・・・いつの間に」

 大した事じゃ無いと言う様に、軽く肩を竦める。 

「影は自分じゃ何も出来ないって言ったのはリュー、お前だ。

 俺達同様ここの人間は元々封印の存在を知らない。グランビークの名を知っているだけ。

 影と言われている連中は知っているだろうが、奴らには間違っても扱える代物ではない。

 それはお前が言ったこと。まあ、剣が影を選べば別らしいが、まさかありえないだろう。

 じゃあ影は何の為に? 神とやらの力を利用しようとしてか? 否、封印を利用している気配もない」

 言いながらもう一つに手を伸ばそうとして、リューに手を叩かれる。

 わざと痛そうに手をさする。

「じゃあ、誰かが教えた訳だ。・・・それが普通だ。 流石の俺でもその位は推測出来る。なあ、リューよ」

 悪戯下に目を細めながら、リューを指差す。

「誰なんだよ。この城の奴に珠の存在を教え、影を集めた奴はよ」

 リューは目を伏せた。自分の失態が余りに情けない。

 小さく溜息を付く。

「昔・・・私と共に生きていた・・・ルーという名の天使だ」

 ぽいっとロッドは口にパンを放り込む。

「何だよ。お前達はあの聖王とかいう神様の手下なんじゃなかったのか?」

「ああ。その通りだ。 種としての未来が無かった私達は聖王の力を借りなければ生きていけない。

 なのにその聖王の元から離れた仲間がいたんだ。それが、ルーだ。

 彼は最初から聖王に対し、懐疑的だった。他の力に頼らず自らの運命を受け入れたのだと思っていた。

 だが、違っていた。何故? 彼は生きているんだ。何が彼をこの世界に繋ぎ止めている?」

 少し興奮しているのか、かなりの動揺を感じる。

「生きている理由なんてのはどうでもいい。そんなのは後で聞け。問題はそいつも剣を持てるって事かだろ?」

「・・・残念だがな」

 ナガルは大人しくやり取りを見守っている。

 ロッドは牢の鍵と、外の様子を伺う。

「じゃあ、此処に長い間居ても意味が無い。さっさと剣をもらいに行こう。ところでリュー、お前は剣を使えるのか?」

 少し情けなさそうな顔でリューは首を振った。

「・・・何だよ、それ」

「剣は持てるが私は扱えぬ。私はそういうタイプじゃあない。自分で扱えるなら貴様の応援に回ったりしないよ」

「じゃあどうしろっちゅうんじゃ。こっちは丸裸だぞ。

 ・・・しゃあない。リューお前は剣を死守しろ、決してルーなんて奴に渡すなよ。ナガルもルーのサポートにまわれ」

 ナガルが大人しく頷くのを見て、満足げに頷いた。

そのまま外の様子を伺いながら腕を後ろに回し、座り込む。