アルヘイムの森1−8
ラファエルは地龍の頭を蹴り上げると、その喉元に衝撃波を打ち込む。
ようやく外壁が崩れだし、地龍の姿が消え始める。
「ふう、やっぱ直接的な武器がないと面倒だな」
地面に降り立ち、相方を振り返る。彼女はまだ地面に座り込んだままだ。
笑いながら小さく笑った。
「・・・・全く、簡単に折れやがって」
彼女の動揺が手に取るように伝わっていた。
「少しフォローが足りなかったかな・・・」
歩き出したラファエルの足元が軽く揺れた。
両脇に突然現れる地龍の鎌首。
「なに?」
地龍は地表を這うように近づき、そのままラファエルに体当たりを仕掛けた
体が宙に投げ飛ばされる。体勢を立て直すと、眼下のリザードを振り返った。
彼女の目の前にも新たな地龍が悠然と鎌首をもたげている。
一度に、三体だと!
リザードも慌てて剣を構えた。
「何で・・・こんなに」
ラファエルとリザードを正面に見据え、その表情は微かに笑っているようにも見える。
「・・・・」
一番遠くからその様子を見ていた地龍が、不意に標的を二人からはずし、今だ遠巻きに様子を見ている群集に向く。
「ちい!」
正面の地龍を威嚇するかのように手のひらを向けたまま、ラファエルは片方の手で小さく印を切ると、手を大きく開く動作の後に握り締める。
地龍の頭部は内部から破裂するかのように四散する。
軽く口元をゆがめたラファエルの背後で、強烈な殺気が迫っていた。
振り向いた目前に、地龍の大口が迫っていた。
「ラファエル!」
「くそっ!」
踝から発せられたエネルギーを口元に叩き込む。
どうん!
一際大きな爆音が地龍とラファエルの間で発生する。大きな土煙の中にラファエルの姿は飲み込まれた。
「・・・・」
血の気が引くのを感じたリザードだったが。
その中からラファエルが飛び出すのを確認し、安堵の息を漏らす。
「・・・びっくりした」
だが、その足が地に着くなり、地面に崩れる。
・・・ゆっくりと赤い血が地面に広がる。
地面に転がった地龍の首に、ラファエルの腕が咥えられていた。
「く・・・そったれが・・・」
血の吹き出る肩口を押さえながら何とか起き上がろうとする。
「ラファエル!」
残る地龍から目をそらし、走り出そうとしたリザードを睨みつける。
「まだ残っているだろうが! お前が倒すんだ!」
「・・・」
近づくことを許さない視線にリザードの足が止まる。
一瞬歯を食いしばってから、地龍に向き直った。
「誰か! 手当てを頼みます!」
呆然と見ている人々に声を掛けると地を蹴った。
いつもはラファエルが動きを封じていたため、大きな動作も問題なかったが、バックアップが無くなった事で攻撃を仕掛けることが出来ない。
ようやく隙を見つけ、剣を振りかざすも余裕で交わされてしまう。
「くそ!」
体勢を立て直そうと振り向いた目前に、地龍の鎌首が迫っていた。
「・・・」
不思議と地龍は襲う気配が無い。じっとリザーを見つめる。
《アイーンの女よ。愚かだな》
何者かの声が頭に響く。
「・・・誰だ」
目前の金色の双眸が光る。
《何を必死に戦おうとする? 命を懸けて、一体何を守ろうとしているのだ?》
「お前・・・ジュホーン・・・か?」
目覚めて・・・いるのか?
あざ笑うかの様に地龍の口元が微かに動く。
《周りを良く見てみろ。己のしている事の無意味さが良く判るぞ》
「・・・え?」
目前の地龍に注意しつつ、視線を落とす。
・・・その先には。
「ラファエル!」
微かに身動きしている。まだ死んでいる訳ではない。 ・・・だが、彼に近づく者は無く地面に蹲ったままだ。
周囲に人の気配が無いわけではない。 いや、けが人がいることくらい容易に判っている筈だ。
「何で・・・誰も」
《お前もアイーンならそ奴らの意思が判るだろう。
お前達が傷つき、倒れようとも助けるつもりなど毛頭無いのだ。
連中の心には恐怖と嫌悪しかない。最初からお前達を自分達と同じ人間とも思ってはいない。唯の化物と見做しているのだよ。
・・・まあ、あながち違ってもいないがな。くっくっく》
「・・・・」
キリッ・・・。
周囲の人間の意識が流れ込んでくる。その感情に嫌悪感すら覚える。
リザードは歯を食いしばった。
《お前達もこの儂も。奴らから見たら同じなんだよ。これが連中の正体だ》
「ふ・・・ふざけるな」
搾り出すように言葉を吐き出すと、振り向きざまに両手を合わせる。
その中から蒼い光が発せられる。
「あんた何かと一緒にしないでよ。こんな星の連中など私の知ったことではない! けれど、借りは返させてもらう!」
両手から放たれた光が地龍の首を狙う。
土煙の中、剣を一気に振り下ろした。
地龍の首がゆっくりとずり落ちた。
「ラファエル!」
身体を起こされ、微かに目を開く。
「よく・・・やったな」
力なく笑いかける。
「喋らないで、直ぐに手当てするから」
「いや・・・もう遅い。俺達には治癒能力がないし・・・」
「だったら!シャルーンでもティセでも連れてくるわよ!」
言いながら抱えあげるラファエルの身体が僅かに崩れ始める。
まるでそれはアイーンに倒された者が崩れていくのと同じように・・・。
「なに・・・・これ」
彼の身体に一体何が起きているのか。こんな事セーラムで見たことが無い。
「奴を・・ジュホーンを倒さないと・・俺達には人としての・・死は訪れない」
「・・・・」
呆然と崩れる身体を押さえようとする。
「良く・・・聞け」
淡く光る手がリザードの腕を掴む。
「俺の・・・力を渡す。お前がジュホーンを倒すんだ」
「・・・ラファエル・・・」
崩れる体が光を発する。
「・・・御免な・・・一緒にセーラムに帰れなくて・・・」
リザードの手から光の砂が零れ落ちる。
ごめんな・・・
・・・リザード・・・。
「・・・・」
呆然と自分の手を眺める。
「嘘だ・・・こんな事って・・・」
動くことすら出来ない。
「・・お姉ちゃん・・」
小さくリザードの首が反応する。先の子供が心配そうに近寄ってくる。
「触るな!」
突然の大声に子供が身を引く。
ゆっくりと立ち上がると、周囲を見回した。
「・・・下種が」
鋭い視線で睨みつけ、リザードの姿はその場から消えた。