SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−1







「んー」

 精一杯伸ばす手がようやく扉に届いた。

「・・・おりゃあ・・・もう少し・・・がんばれ俺!」

 何とか閂を外し、窓の扉に手をかけた。



 バン!



「おっはよー!」

 勢い良く開いた窓に支えを失って、その場に崩れこむ。

「・・・あれ?」

 窓から覗き込んだロシュフォールは首を捻った。ベットの上いる筈の人影がない。

「・・・おらあっ! ようやく人が此処まで来たのに」

 視線を落とすと、床に寝そべっているアルディアスが睨みつけていた。

「何やってんのよ」

 ロシュフォールは窓から姿を消すと、直ぐに扉から入ってくる。

「まだ動ける状態じゃないでしょう。骨だってちゃんと付いてないんだから」

 言いながら体を引きずってベットに運ぶ。

 流石に担ぐことは出来ないらしいが、大した力の持ち主だ。

「もう飽きた。寝てんの」

 ベットの上に戻った途端に膨れっ面になる。

「ガキみたいなこと言わない。生きてるだけでも良かったと思いなさいよ。どれだけ酷い怪我したと思ってんの?

 此処に連れてこなかったらとうに死んでいるよ」

 言いながらシーツを掛けてやる。



 メディウスの断末魔を聞いたときから、既に一月ほど経っているであろうか。

 瀕死の重体で運ばれたセーラムで、ようやく一命を取りとめたものの、未だ四肢が不自由な状態ではある。

「体はちゃんと元通りにしてあげるから心配なさんな。まあ、傷跡は残るけどね」

 どれ程の跡なのだろうか・・・。正直自分でまだ見ていないので何とも言えない。

「服着ちゃえば判らないから良いでしょ? あ、でもここは目立つかな」

 言いながら包帯の取れていない頭をつつく。痛みに頭を背けた。

 相変わらず大雑把な女性だ。

「あんた知らないだろうけど、気持ちよく割れていたからねえ」

少し意地悪い表情でにやにや笑う。

「・・・・」

 想像もしたくない。

「・・・で、いつになったら動けるの? 俺」

「もう少しだねえ。骨付いたらカイにリハビリしてもらおうね」

 その言葉で思い出したように顔を上げる。

「・・・そう。カイだよ。あいつだって俺と変わんない位の怪我だったんだろ? 何でもうピンピンしてんの?」

「当たり前でしょ。アルディアスは人間だもの。私達とは違うからねえ」

 確かに、此処に住んでいる者は自分とは異世界の住人。だが、外見は何ら変わりない。

「ふん、化物じゃねえか・・・それじゃあ」

 ロシュの手がアルディアスの両頬を引っ張る。

「どーの口がそんな生意気な事を言っているんじゃ?」

「・・・ふが」

「・・・何やってんだ? お前ら」

 ロシュが顔を上げると、戸口に籠を抱えたカイが立っていた。

 慌てて手を離す。

「メシ・・・持ってきたけど」



 ロシュが暖めるスープの匂いが部屋に満ちている。

 アルディアスは林檎をかじりながらぼんやりと外を見ていた。

「流石につまらなそうだな」

「だって毎日こんな状態だぜ。いい加減勘弁して欲しい。なあ、ぱぱあっとか直せないの?」

 くすくすとカイは笑った。

「まあ、普通の怪我ならある程度は可能だろうけどね。影の付けた傷は俺達も始めてだ。
 
 どうやら俺達の術が効かないのと同じらしい。リベティの力がここまでというのも珍しいんだ。諦めて暫く我慢してくれ」

「・・・ちえ」

 ふうっとアルディアスは大きく溜息をついた。

「今日は日も良いし、麦の収穫しているんだ。気晴らしに外で昼飯でもどうだ?」

「・・・俺、歩けないけど」

 言いながらも期待に満ちた表情を見せる。

「大丈夫だよ。たまには日に当たらないと、本当にまなっちょろい体になっちまう」

「あら丁度いいわ。部屋掃除するのに寝そべられても邪魔なんだよね。暫く遊んでらっしゃいよ」

 皿を運びながらロシュも同意する。しかしながら相変わらず一言多い人だ。



 荷台に積まれた農具に埋もれながらぼんやりと空を眺める。

 澄んだ青空にひばりが舞っている。

「なあ・・・カイ」

 馬の手綱を引いているカイが振り向く。

「こーんな広い畑を手で耕して、家畜育てて生活してんの? あんたらの魔法使えば苦も無く出来そうじゃん」

「いや、別に・・・魔法じゃないがな・・・。 でもそんな事してどうするの? 楽したって意味ないでしょ。

 自分達の力で作ったもので生活出来ればそれでいいじゃない。

 それに、俺達の継いでいる力は生活を向上させる為のものじゃないからねえ」

 また随分と欲の無いことだ。

 アルディアスは顎を上げてカイを見上げた。

 ルパスで会っていたカイはもっと洗練されていたように思う。

 アルディアスより背も低く線も細いが、真直ぐな黒髪と切れ長の瞳が知的な上品さをにじませていた。

 都会で生活でもしていたら、さぞかしもてるだろうと思えるが・・・。

 日に焼けた顔で、少し野暮ったい服を着ているカイからは、そんな面影が嘘のようだ。

「何か?」

「べーっつに」

 アルディアスは視線を空に戻した。

 不意に馬車が動きを止める。少し身を起こして外を見ると、目の前には金色の絨毯が広がっている。

 畑では既に収穫が始まっていた。何人もの人間が一斉に刈入れを始めている。

 その中に、ひときわ体格の良い男の姿があった。

 シガールだ。

 彫の深い額に汗をつけ長い髪を背で束ねた姿で、率先して作業を行っている。

(あれはあれで、馴染んでいるな。不思議と)

 畑の畦に腰を降ろしのんびりと作業を眺める。

 鳥のさえずり、爽やかな風、はしゃぐ子供たちの声。なんとも絵に描いたような牧歌的な情景だ。

「お茶どうですか? アルディアス」

 顔を上げるとリベティが籠を抱えて笑っている。

「うん」

 籠を下ろし、お茶の準備を始める。

 彼女が動くたびに、髪に付けられた飾りが小さな音を立てる。

 そういえば、此処に戻ってからのカイ達三人も同じような飾りを付けていた。

 聞くところによると、遠い先祖になるファウラという名のアイーンが作ったものだという。

「ある意味、我々の力は非常に危険なものになる。シャルーンの力は破壊の力。感情で動けば暴走する。

 それを知っていたファウラが念を込めて作ったんだ。むやみに力を使わないようにとね」

 とはカイの解説。

 彼女もまたカイ達同様の力を持った人物という事だ。

 だが、このセーラムおいてその飾りを見ることは殆どなかった。

「元々人数が少ないからね。親がアイーンであっても子がそうなるとは限らない。

 必要に応じて出てくるだけの話じゃないの」

 これはロシュフォールの言葉。


 アイーン・・・。


《不変無く此処にある》という意味らしい。

 だが、同じアイーンにおいてもその能力には差異がある。

 それは源流たる柱神が数種に及ぶからであろうか。

 剣を持ちその姿を成すカイに対し、ロシュフォール、シガールは素手であり、術の使用に長けている。

 彼らはまともに剣を扱う事すらできないらしい。

 得手不得手というものがあるのか・・・。

(この人はどっちなんだろう。)

 そういえば、未だその姿を見たことがない。

 にこやかにお茶を入れる姿からは、戦という姿が想像できない。

 ロシュフォールとは大違いだ。

「此処に来た頃に比べれば随分良くなりましたね。もう暫く辛抱してくださいね」

 渡された湯飲みからは爽やかな香りが漂う。口に含むとほのかな甘味がひろがった。

 小さな子供たちがそれを見つけ、リベティに茶をねだる。

「はいはい。今入れてあげるね」

 にっこり笑いながら湯を汲む。

 子供たちはお茶の間だけ静かに行儀良く並んでいたが、飲み終わった瞬間、一息つく間もなく畑の方に走っていってしまった。

 笑いながら彼女はその様子を見つめる。

「・・・ねえアルディアス」

「はい?」

「もし宜しければこのままセーラムで暮らしませんか?」

「・・・はい?」

 意外な話の方向に思わず顔を向ける。

「ロシュフォールに聞きました。あなたにとって、あなたの国は余り良い環境では無いようですね。

 此処は小さい村で、あなたの国のように大きくありません。不便な部分も多くあります。

 しかし、此処では皆が同等に生きていくことが出来ます」

 アルディアスは少し考えるように俯き、小さく笑った。

「お言葉はありがたいけど、ここは平和すぎます。俺には合いません。国には弟もいるしね、戻るって約束しているから」

「そうですか」

 にっこりとリベティも頷く。

「ああ、それと・・・。グランビークはお返しします。俺には必要なさそうだし」

「そうですね。人里では少々危険な代物です、お預かりしましょう。

 但し、これだけは忘れないで下さい。彼は今でもあなたを主としてますから」

「・・・」



 どういう事なのだろう・・・。



「さーて。みんなのお昼の用意しないとね」

 リベティは立ち上がり、草を払うとアルディアスの側から離れた。