ロッド・アスフィールドの章9
ファウラは珠を受け取ると小さく何事かを呟いた。
・・・一筋、彼女の手の中から小さな光が昇る。それを機に次々光が溢れ出し、やがて彼女自身も包み込む。
手の中の光は珠の形状を崩しだし、次第に一振りの剣の形を形成しはじめた。
グランビークが姿を現した。
「・・・・・」
微細な装飾の中に、大きく羽ばたく鷹が優美に描かれている。
「これが・・・聖剣か・・・手にするものが世界を制するという・・・」
領主の呟きにリューの顔が上がる。
「・・・何だと?」
ルーは何も言わずに笑っているだけだ。
ファウラは剣を掲げると、ゆっくりと領主に手渡す。
感慨深げに剣を見つめる。
「この剣を手に入れるのに一体どれほどの時を費やしたのか・・・ようやく、我が手に・・・・」
「ま・・・待て、それを抜いてはいけない。駄目だ!」
領主はリューを振り向き、意味深げに笑う。
まるであざ笑っているかのようにも見える。
彼は本当の意味を知らないのか、リューの真摯な訴えなどまるで届かない。
目の前の欲に真意を見失っている。
ゆっくりと剣の柄に手をかける。
ルーは顔を伏せ、笑いをかみ殺した・・・。
剣は青白い光を放ち、領主の狂気に満ちた顔を照らし始める。
「・・なんという光。これが神の剣・・・正に聖剣」
剣を高々と掲げその光を全身に受ける。
異変が起こり始めたのはその直後だった。
「・・・・?」
剣の放つ光の筋が剣から離れ領主の腕にまとわり始めた。
くすぶるような音が光の中から発し始める。俄かに領主の顔つきが変わる。
光は領主の腕を沿い、ゆっくりと彼の体に向かっていく。
傍から見れば、・・・まるで光が人を食べているかのように見える。
「な・・・なんじゃ、これは」
慌てた領主はルーを見上げる。嘲るような表情のルーはじっと領主を見下ろしている。
「神の剣を聖剣と呼ぶならば、紛れも無くそれは聖剣だ。間違いなく貴様が捜し求めていたものだ。
だがな、それは神を殺すための剣。同時に持つものを食らう剣でもある。
誰もが扱える剣ではない。ましてや人ごときに・・・・。馬鹿な奴だ。お前には最初からその資格など無いのに」
崩れていく男に、なお口元に笑みを浮かべている。
光は徐々に全身に及ぶ。絶望の表情を浮かべた領主の顔すらも判別できなくなってきた。
「・・・」
ロッドすら視線を動かすことが出来なかった。
既に人の形をなくしていた光は徐々にその力を失い。元の形を取り戻し始める。
床に転がった剣は尚青白い光を帯びながら妖気を放ち続ける。
周囲には何も残されていなかった。
(これが、グランビークかよ・・・。こんなものをこの世界に残すなんて・・・)
神の剣などといった高貴な感じは微塵も無い。優美な装飾の裏に毒牙を隠しているようにしか思えない。
《必ずしも・・・それが全てというわけではない・・・》
剣先に小さな雫が宿る。
(・・・誰だ・・・)
もう一粒雫が生まれた。
ルーはゆっくりと剣を拾う。不思議と先のように発光しない。
やはり、人でない者には反応しないのか・・・。
だが変わりにルーの姿が変わり始めた。
人の・・・少年を姿が徐々に崩れその正体を現し始める。
真直ぐに伸びた銀髪に紅く光る鋭い双眸が際立つ。
冷たい笑みを浮かべた青年は、ゆっくりとロッドに向かって歩き始めた。
リューに良く似ている。だが、その印象はまるで違う生き物のようだ。
「人間の強欲さにはあきれ果てるな。世界の覇者になれると吹き込んだ途端にあっさり協力するなんて。
本当にくだらない。ああ、そうだ。お前もそのくだらない人間の一人だったな・・・」
切先をロッドに据える。
「下種な人間が神の領域に首を突っ込むなよ」
《主の意思に私は従う。・・・私の名は、グランビーク》
振り下ろされる剣に向かって、ロッドはすかさず手を上げる。
傍から見ればおろかな行為。素手で剣を受けられるはずなど無い。
「愚かな・・・」
ルーの口元から白い歯がこぼれる。ナガルは目を伏せた。
・・・だが、ロッドの腕は切り落とされることは無かった。
ルーの眉が微かに動く。
その先に、ロッドの少し引きつった苦笑いが見える。
彼は一筋の傷も受けることなく、刀身を掴んでいた。
一瞬の動揺の隙に、ロッドは回し蹴りでルーの首を打ち据えた。
剣を落としながらルーが倒れこむ。
カランカラン。
乾いた音が静まり返った空間に響いた。
ロッドの視線は床の剣を凝視している。
(お前・・・か・・・?)
《・・・取れ》
ゆっくりと立ち上がると、剣に手を伸ばす。
「ま・・・まてロッド! 止めるんだ!」
慌ててリューが叫ぶ。
口から流れる血をぬぐいながら、ルーはほくそ笑む。
「・・・馬鹿な奴・・・剣に魅入られたか」
ゆっくりと剣を握る。
暫くの間、剣と話をするように見つめていたが、徐にルーに剣先を向ける。
「誰が、馬鹿だって?」
先のように体が霧化する様子もない。不敵な笑みを浮かべたまま、ルーに向かって歩き始めた。
流石のリューも驚きを隠せない。人に扱えるなど聞いてなかった。
「一体・・・何が起きているんだ?」
ルーは素早く立ち上がると、ファウラの背後に回りこんだ。
「人間の貴様が一体何の力でその剣をもてるのか、興味をそそられる所だが。まあ今は、そんなことはどうでもいい。大人しくその剣を渡しなさい」
首元に短剣を突き立てる。
「ファウラ様になんて事をするんだ。ルー! 剣を収めなさい」
顔を真っ赤にしてリューが叫ぶ。
「脅しじゃない。こいつは生かしておいた方が厄介な存在。
私の役目は元々その剣を手に入れるだけだったが、邪魔者が入ったのでな。手ぶらでは去れない。
せめてこのファウラだけでも滅して手土産を持っていかねば」
「・・・お前・・・」