SHALONE SAGA

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フォースの章2−5




 フォースは昨日と同じように広場に座り込んだ。その姿に気がついた村人が胡散臭そうに横目で見る。

 人々の冷たい視線に晒される様になって何年も経つ。別段気にもならない。


チチチチ・・・


 空を舞っていた雀がフォースの周辺に集まりだす。別段餌をやっている訳でもないのだが・・・。

「おいおい、あまり集まると箔がつかないよ」

 小さな声で鳥達に話し掛けたが、鳥は素知らぬ顔で戯れている。

「クロスといい、動物には随分と人気があるらしいな」

 顔を上げると、クラークが立っていた。

「飯は食ったかい?」

「ああ、馳走になった」

 大きな荷物をどかっと置くと隣に腰掛ける。

「何やってんだい? こんな所で」

 大きく伸びをしながら尋ねるが、フォースは答えない。

 害が無いと知ってか、再び鳥が集まりはじめた。

「女子供じゃあるまいし、動物好きの賞金稼ぎってのも珍しいな。随分不釣合いだ」

「・・・一つだけ聞きたいことがある」

「何だ? 内容によっては答えんがな」

「商用でも何でもいい。この村の人間で、今この地を離れている人間は何人だ?」

「・・変な事を聞くな。もうすぐ祭りがあるからみんないるはずだが・・・。

 そういえばロジャーが昨日ラスコーの村に出かけたな」

「ラスコー?」

「ああ、実家の親が危篤らしくてな」


 バササササ・・・


 突然鳥達が勢い良く飛び立ち、そのまま何処かに飛んでいく。

「まだこんな所にうろついているのか」

 ゲイブが大またで歩きながらやって来た。

「今は俺ん家に住んでんだ」

 クラークが答える。

「クラークの家に? こんな奴の味方するのか? こいつは人殺しだぞ」

 チッチッチとクラークは指を振った。

「かも知れんだろ? まだ確定しちゃいないからね。賞金稼ぎだからって偏見はいかんよ。公安さん」

 あからさまにむっとする

「俺には村の平和を守る義務がある。危険分子は排除する義務があるんだ」

「ほーお、お見事だねえ。立派立派、ゲイブがいれば俺たちは枕を高くして眠れるぜ」

 茶化したクラークの言葉にゲイブは少し顔を赤らめたが、それ以上は言わずに去っていった。

「・・・勘違いしないでくれよ。俺だって本音言えばお前には出て行ってもらいたい。

 お前があの賞金稼ぎを殺ったという証拠は無いが、殺ってないという証拠もないんだ」

「解っている」

「まあ、ゲイブが気に入らなくもないんだがな」

 クラークは立ち上がると、よっと荷物を抱え、去っていった。

 フォースも素早く立ち上がり馬に跨る。一部始終を見ていた村人達は、また再び自分の仕事に戻った。

 鳥達が広場に戻ってくる事はなかった。





 フォースは少しあせっていた。

 ものすごい勢いで村から出ると、真っ直ぐ南に向かう。日はもう随分高くなっている。

 馬の速度を緩めると、地に降り立つ。

「ゆっくりでいい、無理せず追ってきてくれ」

 馬に向かって言うと、目を閉じた。途端にその場から姿を消す。

 馬は良く解っている様に、再び南に向かって走り出す。

 その遥か先を一頭の馬が走っていた。まだ若い男だ。先を急いでいるのか、しきりに鞭を入れる。

 その馬が突然前足を上げて急停止した。

「おい、一体どうしたんだ?」

 腹を蹴ろうが、鞭を入れようが、その場から一歩も進まない。逆にじりじり後退を始めた。

 男が前方に、顔を向けると、道の真中に人影が見える。

 どうやらこちらに向かっているらしい。

「・・・・?」

 少し様子がおかしい。

 足を引きずるような歩き方。奇妙に腰を曲げている。

 眉をひそめていた男の顔が見る見るうちに恐怖に変わる。


 ズルズルズル・・・


 その者が歩いた後には水の腺が続いている。歩き方が妙なのは、その足が陸上歩行に適していないからだ。

 短い足の先には尾ひれのようなものがついている。指の間に水かきも見える。

 頭部には毛髪が無く、後頭部から背にかけて背びれがついている。

 そして全身は粘質状のゼリーのようなもので覆われている。それが時折雫となり地に落ちる。

 愕然としている男の近くまで来ると、奇妙な形に顔を歪めた。

「・・・ヨウヤット、俺ノ番ガキタナ。マチワビタヨ」

 一体何の事だか解らずに・・・。それでも自分の身が危うい事だけは理解した。

 男は逃げようとしたが、足が竦んで動かない。

「サア・・・。ソノ脳ミソヲヨコセ」

 奇妙な手をゆっくりと男に伸ばす。


 が、突然その化物は手を止めて横を向いた。

 何処から現れたのか、草原に一人の男が立っていた。

「間に合ったようだな」

 不敵な笑みを浮かべながら、化物に近寄る。

「キサマ・・・あいーんノ・・・」

 笑いながらフォース右手で印を切る。手の中から光が生まれた。そのまま呆然としている化け物の頭を掴む。


ウギャアアアア!

 辺りに響く化物の叫び声。

 がくりと膝をつくと、その粘着質の体が嘘のように、さらさらと風化していった。

「ロジャーというのは君だな」

 何が起きているのか判らずに、男は呆然と立ち尽くしていたが、フォースの声に我に返った。

「え・・・ええそうです。あなたは確か昨日の賞金稼ぎ」

「フォースだ」

「今のは一体なんです? この辺りにもアウトサイダーが?」

「まあそんな所だ」

男はぶるぶると身を震わせた。

「は・・・初めて見た。う・・・噂には聞いていたが。でも何で私を、何故私が狙われたんだ?」

「別に君個人を狙ったわけではない。君の村が今狙われているんだ」

「村が・・・だから貴方が来たんですか?ちょっと待ってください。村には私の家族が」

「大丈夫。心配するな。俺がいる」

 言いながらフォースは小さなメダルを渡した。

「クスコーの村に行くのだろ。これを持って行きなさい。奴らが手出しできなくなる」

 金色に輝くメダルには鳥のレリーフが彫ってある。

「これで、奴らに襲われないんですか?」

「まあね。さあ、急いでいるんだろ。行きなさい」

「はい」

 ロジャーは馬に跨るとフォースを振り返った。

「ありがとうございます。感謝します」

 深々と頭を下げると、勢い良く馬を走らせていった。

 それを見送ってからフォースは村に向かって歩き出す。

「祭り・・・か。連中のねらい目はその辺りかな」

 遠くの方から自分の馬が走ってくるのが見える。




 フォースが戻ってきたのは夕方遅くになってからだった。

「あれから姿が見えないってライルが騒いでいたぜ」

 先に帰ったクラークが窓から顔を覗かせた。

 フォースは言葉を無視して納屋の方に戻って行く。

「愛想ねえの」

 クラークは文句を言いながら窓を閉めた。