SHALONE SAGA

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アルヘイムの森1−7




 水温む春を迎える頃には、二人の話は国中、いや、近隣諸国にまで知れ渡るようになっていた。

 化物をたやすく退治する者が現れた。

 地龍が現れる度に忽然と出現する二人に、いつしか本当にファウラの使いではないかとの噂まで流れ、

教会には張り詰めていた空気が近頃は薄らいでいる。

 ・・・だが、真摯にその存在を歓迎する一方で、素性の判らぬ故に眉をひそめる者もいない訳ではない。

「夏野菜が美味しくなってきたわねええ」

 市場に並べられた緑鮮やかな野菜をリザードは嬉しそうに品定めする。

「何にしようかなあ・・・」

「・・・ねえねえねえ、聞いた? 例の二人が現れたって」

 隣の露天で店番をしている娘に話しかける声が聞こえた。

「ああ、一昨日隣町に現れた奴でしょ? うん、聞いたよ。怪我人がいなかったそうじゃない、良かったわね」

「・・・いや、そうじゃなくてね。・・・妹が見たんだって」

「何を?」

 何気に顔がそちらを向くと、ニヤつく女の顔が目に入る。

「やだなあ、ほら、噂の『ファウラ様の使い』って人達。凄く素早くって最初は判らなかったらしいんだけど、妹の手を取って助けてくれた時に・・・・」

「へえ・・・顔見たんだあ。どうだったって?」

 へえ・・・

「それが、超が付くほど格好良かったっていうのよ!

 真っ青な瞳で笑いかけられちゃって、あの娘一目ぼれしたらしいのよ」

 あんだって?

「そんないい男なんだ。いいなあ、私も一度みてみたいなあ」

「・・・よね、あの面食いが夢中になる位だから相当だと思うよ」

「・・・・」

 ふーん。


 ポン。

 誰かが背中を軽く叩く。

「何やってんの? ボーっと突っ立て」

「・・・」

 ニコニコと笑いかけるラファエルが立っていた。

 その姿を上から下までじろじろと眺める。

「・・・・何?」

 持っていた荷物を半分投げるようにラファエルに渡すといきなり歩き出してしまった。

「なになになに? どうしたんよ」

 訳が判らずにラファエルは追いかけていった。

 くっくっく。

 慌てて付いてくる姿に思わずリザードは笑ってしまった。

「・・・でもさ、どんなにいい男だったって言ってもあの化物簡単に倒しているんでしょ? 人間じゃないわよね」

「そりゃあ、そうよね」

 改めて女が頷く。

「案外、あの化物と正体は一緒なんじゃないのかって噂もあるわよ」

「あら、でも教会じゃあ、ファウラ様の使いだって言っているじゃない」

「本人が言ったわけじゃ無いでしょう。大体何の為にそんなことをしているのかも判らないし、

 今まで長い間苦しめられてきたのに・・・それが今更ファウラ様の使いだなんて・・・。

 何か都合良く私達が解釈しているだけなんじゃないのかしら。

 化物がいなくなったら、あの魔術みたいな力をあの人達は何に使うつもりなのかしら」

「・・・それも・・・そうね」



 漆黒の中で一つ・・・小さな泡が浮き上がる。

《甘い・・・・な》

 また一つ、泡が立ち上る。


 一筋、額から汗が流れる。

 ここ暫くの陽気のせいも勿論あるだろうが、ラファエルの表情は冴えない。

 目前にしているのはいつもの地龍ではあるが・・・。何かが腑に落ちない。

 軽く周囲に目を走らせる。

 遠巻きに見ている民衆、タイミングを見計らっているリザード。

 何だ?・・・。

 視線を目の前の獲物に移す。

 感情の無い金色の瞳が一瞬、光った様に見えた。

 いつものように地龍周囲の磁場を操り、その動きを封鎖すると、リザードが呼応して剣を抜き放った。

 ラファエルの視界にリザードの剣が映りこむ。

 中段に構えると一気になぎ払う。

 ・・・その手にいつもの感触が伝わってこなかった。

「・・・」

 リザードは呆然と己の腕を見る。

 空を切った訳ではない。至近距離で振りかぶったのだ。

「・・・なに・・これ」

「リザード!」

 ラファエルの声で我に返る。目前に地龍の牙が迫っていた。

 ラファエルの蹴りがその横っ面に入り、リザードの腕を引き一気に距離を置く。

「ラファエル・・・剣が・・・抜けた」

「・・・ああ」

 少し汗を滲ませながらラファエルが龍を仰ぎ見る。

「気のせいじゃなかったな。力が強くなっている。間違いない。ジュホーンの眠りが浅くなっている」

「・・・でも、そうだとしたら私の剣がもう効かないって事?」

 落ち着かせるようにリザードの肩に手を置く。

「そうじゃない。今までは剣の力のみに頼っていただけだ。お前はまだバーウェントを使いきっている訳じゃないから。

 ジュホーンの力はこんなもんじゃない。お前もアイーンなら自分の力の使い方を考えろ、剣に頼るな」

 ラファエルは立ち上がると、地龍に対峙する。

「お前には少しショックだろうが、そろそろ次の段階に進まないとな」

 言いながらゆっくりと歩き出した。

 地龍は瞳を光らせながらそれを待ち受ける。

 でも・・・どうやって?

 判らないよ・・・ラファエル・・・


 今まで出来ていた事がいきなり出来ない事にリザードは混乱していた。

「お姉ちゃん」

 小さな手がリザードの腕を掴んだ。

「ねえ、お姉ちゃんはファウラ様の使いなんでしょ? 強いんでしょ? あんなのやっつけちゃってよ」

「・・・・」

 真摯な瞳が見つめている。

「こら、危ないでしょ!」

 母親らしき女が慌てて子供の手を引いた。

 ファウラの・・・使い。・・・私・・・が?

 そういえば私・・・何の為にここに来たんだっけ・・・。

 戦うのは好きじゃないわ。

 アイーンの自覚がなんてない・・・。

 ・・・単にラファエルが帰るのを待つだけが嫌だった・・・。

   

 ラファエルは被害が周囲に広がぬ様気をつけながら、地龍を追い詰めている。

 直接的な攻撃が出来ない分、多少苦戦しているようだ。


 どうして出来るの?

 何で戦ってるの?

 ここは、セーラムじゃないのに。

 ここが私達の国と一体何の関係があるっていうの?

 わからないよ・・・。

 もう・・・いいじゃない。

 帰ろうよ・・・セーラムに。・・・帰りたいよ。