SHALONE SAGA

先頭へ 前へ 次へ 末尾へ

フォースの章3 追記2




「いやああ、びっくりした」

 いきなり人の声が背後から聞こえ、ライルは振り返った。

 扉が開き、村人が出てくる。見ると、あちらこちらの扉が開いている。

 どうやらこの村は無事のようだ。

「あんた、都からの賞金稼ぎかい?」

「・・ああ」

「助かったよ。危うくこの村も襲われる所だった」

「今の奴らは、カザスから」

「ああ、恐らくはな」

 フォースは街道の先を見つめた。

「カザスの様子を見てくる」

 言いながら馬にまたがる。

「待って、私も行く」

 慌ててライルが後を追う。

「忙しい人だな。おおい、何人か一緒に様子を見てきてくれ」

 男が言うと、数人の若者が厩に走った。



 村が見える距離まで来ていないが、ライルは何かに気がつき眉をしかめた。

「フォース・・・何か匂わない?」

 風は村の方から吹いてくる。

「・・・死臭が風に乗っている」

 村に近づくにつれ、その匂いは強くなる。

「・・・」

 その入り口に立って、ライルは全身から血の気が引くような気がした。

 路上に散らばった人の残骸。まるで食い散らかしたかのように体の部位が散乱している。

 後からついてきた村の若者が背後で嘔吐している。フォースは構わずに一歩足を踏み入れた。

 その腕をライルが引く。

「お前はここで待ってろ」

 震えながら小さく首を振る。

「い・・・行く」

 彼女自身何かを感じているのか、必死な形相でフォースを見上げる。

 フォースはローブの中に彼女を入れ、抱えるように中に入った。村人は黙って二人を見送る。

 人の気配は全く感じられない。どの道にも、血痕と肉片が散らばっている。

「・・・みんな・・・殺されちゃったの?」

「・・・」

 フォースは何かを探すように周囲に聞き耳を立てる。

「ん・・・いや・・・生きている人間がいる」

 フォースは向きを変え、村の中心にある建物に向かった。

 見上げると建物の屋上にレリーフが飾られている。教会のようだ。気配を伺いながら、扉を開ける。

 教会の中にも数体の遺体があった。神に救いを求めたのか・・・。

 祭壇に祭られている像は微笑を浮かべたまま微動だにしていない。

「本当に生きている人がいるの?」

 フォースは暫く周囲を見回していたが、祭司用の机辺りを見回す。徐に机を動かし始めた。

 その下から、小さな扉が現れた。

 ライルとフォースが顔を見合わせる。

 フォースが扉をあけ、ライルが声を掛けようとした瞬間、フォースが彼女の腕を引いた。

 ライルが覗こうとしたところから槍が突き出してきたのだ。

「・・・」

 突然の事に、ライルは床に座り込んだ。

「我々はアルトサイダーではない。奴らはもういない。出てきてくれないか」

 試しにフォースが呼びかける。が、返事がない。フォースが上げた手に、ライルが軽くタッチする。

「あの・・・私たち隣の村から来ました。アウトサイダーはね、ここにいる賞金稼ぎが倒してくれたのでもう大丈夫です。

 いきなり槍が出てきたので、ちょっと中に入るの修著しています・・・。中にいる方、出てきていただけませんか?

 ま・・まあ、正直上は大変な状況です。お気持ちは察します・・・。

 い・・いやそうじゃなくて。すみません。とりあえず出てきてください」

「おい、ライルお前言っていることに脈絡がないんだけど・・・」

「・・・だってえ・・ここの中にいる人は、今見てきた人たちの家族なんでしょ・・・」

 鼻をすすりながらライルは答えた。  


「・・・本当に・・・大丈夫なのか?」

 闇の奥から声がした。

「ええ」

 ほんのりとした明かりが、眼下に近づく。

 明かりに照らされた顔は老人のものだ。憔悴しきった表情をしている。

 フォースの手を借り、あがってきた老人は、教会の内部を見回し、がっくりと肩を落とした。

「・・・残念だが、みな殺されてしまったようだ・・・」

 小さな啜り泣きの声が聞こえてくる。



 教会地下の避難所には多くの村人が隠れていた。だがその殆どは老人に女性、子供と若者達だった。

 皆が一家の大黒柱を失ってしまったのだ。地上の惨状に誰も声を発することが出来なかった。

 暫くは何も言わずに村人たちを見ていた二人ではあったが・・・。

「まず、死者を弔いましょう。俺達も手伝います」

 老人は男たちを集め、墓地の準備を指示する。

「ライル」

 フォースの手招きに、ライルが走ってくる。

「隣村の人に応援を依頼するよう伝えてくれ。それと、子供たちを集めて、炊き出しの準備を。 体を動かしていたほうがいいからな」

 しっかりと、ライルは頷いた。命を張って守ってもらった村だ。ちゃんと再生させなければ。皆は黙々と作業をする。

 村の広場で、ライルは炊き出しの手伝いをしている。小休止で休んだところは、噴水のような石造りのふちだった。

 ふと、目をやると、周囲にも石で出来た彫刻が飾ってある。その立派さに思わず見とれる。

「結構見事でしょう」

近くにいた女性が声をかける。

「裏山からいい石が沢山取れるのよ。ここは昔から石工で有名でね」

「凄いですねえ。ここは泉ですか?」

「ええ、以前は山の湧き水がここに出ていたんですが、二、三年前に枯れてしまって・・・。

 でも、私達の誇りなんですよ」

 女性は少し物悲しげに空になった泉を見渡した。


 夜には村中のあちらこちらに灯火が灯される。皆が教会に揃い、丁重に死者を弔った。

 窓辺に腰掛じっとその炎を見つめる。ライルはベットの上で静かな寝息を立てていた。

 緩やかな旋律が夜空に流れる。

 フォースの笛の音は傷ついた魂を癒していくかのようだ。



「ライル。起きて」

 耳元で囁いた声にライルはゆっくりと目を覚ました。フォースがにこやかに笑っている。

「行くよ」

 窓を見ると、まだ暗い。夜明けまでは一時ほどありそうだ。ライルは何も言わずに起き上がると、身支度を始める。

 家の入り口には二人の馬が待っていた。

「この村。大丈夫かな」

 振り返りながらライルが呟く。

「人はそんなに弱くはないよ。大丈夫・・・」

 フォースは馬に跨ったが、ライルが心配げに村を見ているのをみて、馬から下りると、彼女の横に立った。

「・・・そうだな、やっぱり、心配か・・・?」

 小さく彼女は頷いた。

 フォースは背中の剣を鞘ごと抜くと彼女に渡した。

「これ、ちょっと持っていて」

 首をかしげながらそれを受け取る。そのままフォースと一緒に広場の泉跡に立った。

「大した事は出来ないけどね・・・」

 小さく呟くと、アイーンの姿に戻る。

 手を差し出して預けていた剣を受け取ると、元々水が湧き出ていた岩に上る。

 少し、平らになった部分で、足元を固める。

 何かを小さく呟くとフォースの体が発光を始める。剣を地面に向け、そのまま一気に岩に突き刺した。

 ライルはじっとその様子を眺めている。

 剣が半分ほど埋まったところで、岩の間から水が溢れてくる。

「・・・」

 水量は次第に増え、ライルのいる最下層まで流れてくる。

「フォース、すごい」

「これで、少しは喜んでもらえるかな」

 嬉しそうにライルは泉に足を浸す。その瞬間に眉がひそんだ。

「・・・どうした?」

「フォース・・・これ、水じゃない」

 周囲を見渡すと、湯気が立ち上っている。

「・・・温泉・・・だな」

 くすくすっとライルは笑った。

「でも、気持ち良いよ」

 ライルは足を浸して大きく伸びをした。



「・・・・」

 村人たちは呆然とその様子を見ていた。小さな子供たちは泉の中ではしゃいでいる。

「一体、何でこんな所に温泉が?」

 枯れていたはずの泉に満々と温泉が湧き出ている。

「あそこの刺さっている剣から湧き出ているみたいだけど・・」

「あれ・・賞金稼ぎの人の剣じゃ・・・」

「・・そういえばあの二人は?」

「もう出て行ったみたい。姿はなかったよ」

 呆然とその剣を見上げる。

「・・・・俺、見ていたんだ」

 不意に、その中の一人が声を上げた。

「明け方前に目を覚ましたんだ。で、なんとなく窓の外を見たら、あの賞金稼ぎと連れの人がここにいいて・・・」

「何が起きたんだ?」

「良くわからないけど、賞金稼ぎの姿が急に変わったんだ。

 全身から光を放っていて、藍色の服に金の鳥をまとった姿に・・・。

 驚いたよ、神様みたいだった。その姿で剣をあの岩に突き立てたら、こんな風になったんだ」

「神様・・・だって」

 皆が不思議そうに残された剣を見上げる。

「・・・そうかも知れないな。なあ、その姿、ちゃんと覚えているか?」

「勿論。しっかりと目に焼きついている」

 長老はゆっくりと頷いた。

「ここは石工の村だ。にその姿を残そうじゃないか」




「ふわあああ」

 ライルは大きくあくびをした。夜中に起こされたためか、眠気が止まらない。

 フォースは軽く笑うと、馬を隣につける。

「こっちにおいで」

 手を貸して、自分の馬に乗せる。

 フォースの前に移動すると、そのままフォースの胸に頭を預け、目を閉じる。直ぐに小さな寝息が聞こえてきた。

「やっぱり、定住するところ、探すべきなんだろうな・・・」

 ぽつりとフォースは呟いた。

 風はさわやかに流れてゆく。

 二頭の馬はゆっくりと街道を進んだ。