SHALONE SAGA

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フォースの章3−11




 一月もすれば、ライルもすっかり旅なれた風になる。

 小さな村を通過し、街道を歩いていた時、ふと、フォースは何かに気がつき、その歩みを止めた。

「どうしたの?」

 周囲の気配を伺うフォースの目つきが厳しい。何かを感じ取っているようだ。

「さっきの村に戻ろう。今日はそこで一泊する」

 馬を返すと、さっさと元来た道を引き返す。目つきが厳しい。

「なあに? ひょっとして・・・」

「アウトサイダーが近くにいる」

 ライルの背に緊張が走る。

 フォースは真直ぐに宿屋に行くと、そのまま入ってゆく。

「俺は外に出てくるが、お前はここで待ってろ。日が暮れたら絶対外に出るなよ」

 ライルが頷くのを確認してから扉を閉めた。

 フォースが馬で走ってゆくのを窓から確認する。

「随分急いで出てゆかれましたね、お連れの方」

 宿の者が暖かい飲み物を運んできてくれた。まだ若い女将だ。

「何もない村ですけど、ゆっくり休んでくださいね。それと、夜は外に出ないでくださいね。

 特にあなたのようなお嬢さんは」

「・・・え?」

「先日、この村でもアウトサイダーが現れたようで、旅の者が襲われました。

 今は村人総出で警戒していますが、やはり危ないので注意してくださいね」

「あ・・・はい。ありがとうございます」

 驚いた。村を過ぎるときはそんな事気づきもしなかった。フォースはどうやって気がついたのか。

 しかも、迷うことなく馬を走らせて行った。

「あれ、でも依頼された訳じゃないよね。依頼が無くてもアウトサイダーを倒すんだ」

 夕暮れになると、村のあちこちで松明が灯される。

 町を徘徊する人の姿は見えないが、警備をしている男たちが、何度か集団で行きすぎていた。

 フォースはまだ戻らない。

 隣に部屋を取っているフォースが戻れば部屋前を過ぎるはず。古い宿屋は、猫が歩くだけでも床がきしむ。

 帰ってくればすぐに分かるはずだ。

 食事を済ませ、ベットにもぐりこむ。まんじりともせずにじっと帰りを待つ。


 カタン。


 まだ戻っていない筈のフォースの部屋から小さな物音がした。

「?」

 ねずみでもいるのか? 気になったライルは扉を少し開け、中の様子を伺う。

 部屋は闇に包まれている。ベットの奥で影が動いた。

 アウトサイダー? それとも泥棒?・・・。 ライルは手を伸ばして廊下のランプを取った。

「何者!」

 気を集中し、目を閉じていたフォースはその声に顔を上げた。

「フォース? いつ帰ってきたの?」

(やば・・・)

 慌てて彼女から背を向ける。

「ちょっと・・怪我しているの」

「・・・来るな。近寄るんじゃない」

「なーに言ってんのよ。手当てしなきゃ」

 ライルは慌てて部屋に戻っていった。

 小さくため息を付くと、フォースはゆっくりとアイーンの姿を解いた。暗がりでその姿には気が付いていなかったようだ。

 直ぐに彼女が部屋に入ってくる。

「ほら、傷を見せて」

 言いながら強引に服を脱がせた手が止まる。

 体に無数の傷跡が残っている。

 特に胸にあるものは袈裟懸けに切られたようになっており、かなりの傷であったと容易に想像できる。

「あまり見て気持ちのいいもんじゃないだろ」

 皮肉そうに笑いながら彼女の差し出したタオルで腕の傷を拭く。

「・・・いて・・・」

 ライルはタオルを取り上げ、手当てをする。時折眉をひそめていたが、フォースは大人しくその様子を見ていた。

「アウトサイダーにやられたの?」

「まあね、丁度人が襲われていたんで、それを助けようとしたら・・・俺にしては珍しいミスだ」

「珍しいって・・・ねえ、これ全部アウトサイダーに?」

「・・・人間にやられる程腕は悪くない」

「何で? こんなに傷ついてまでして、何でこんなことしているの?」

 フォースは軽く笑った。

「余計な詮索はしない約束だろ?」

「・・・」

 俄かに外が騒がしくなってきた。

「どうやらさっきの男が村にたどり着いたようだな」

 フォースは窓辺に近づき、外の様子を伺う。一人の男を囲って、何人もの村人がこの宿屋に向かってくる。

「ちょっと様子見てくるね」

 ライルはそのまま階下に向かっていった。

 フォースはそのままベットに横になる。

 ライルに気づかれぬよう慌てて傷を修復したため、疲労感が全身を覆っている。

 すぐに寝息を立てて眠ってしまった。



「いやあ、この辺りはアウトサイダーはいないって聞いていたんでびっくりしました」

 水をもらいながら、旅人は村の者に話し始めていた。ライルは輪の裏の方で聞き耳を立てる。

「襲われる寸前に黒い影のような人が飛び出してきて、俺を助けてくれたんだ。

 そいつが剣を一振りした途端、あっという間にアウトサイダーはやられちまった」

 へえーと周囲から感心の声が上がる。

「けど、俺を助けたときに化け物の爪にやられたみたいでな。

 ほら、結構大きな怪我を負ったと思うんだけど、直ぐに姿が見えなくなっちまって・・・」

 男の服を見ると、なるほど血糊がべっとりと付いている。

「・・・・」

「この村の方ですか?」

 周囲の人間は皆顔を見合わせた。

「そんな猛者、この村にはいないし、けが人もいないぞ」

「はて・・・じゃああれは誰だったんだろう」

 つんつん、と誰かがライルの袖をつついた。振り向くと、宿の女将が立っている。

「そういえば、お連れの方、戻ってきました?」

 彼女はフォースだと勘ぐっているようだ。

「え・・・ああ、今部屋で寝ていますよ」

 何故だろう。無意識にこの件は黙っていたほうがいいと思った。

 ライルは静かに部屋に戻った。

「・・・黒っぽい服だったけど、胸の・・この辺りに刺繍がされていたんだよなあ。 金色の・・・鳥のような。知らないかなあ、そういう服を着た人」

 旅人の声は階段を上がるライルにまで届かなかった。



 部屋に戻ると、既にフォースは寝入っていた。服もつけずにそのまま横になってしまったようだ。

 ライルはシーツを寄せて掛けてやる。

「・・・ん」

 フォースが寝返りをして、ライルの方を向いた。

(へえ、こういう寝顔してんだ。こうやって見ていると、結構綺麗な顔してるんだな)

 「ふふ。あんたその容姿で都にいれば、それだけで食べていけるんじゃないの?」

 ニヤニヤと笑いながら頬をつつく。

 その指が虫とでも思ったか、フォースの手が頬を払う。おろした手がライルの手に触れた。

(・・・)

 急に胸の鼓動が早くなる。

 フォースがライルの手を握っていた。その寝顔が穏やかな表情になる。

「ねえ・・・あなたは今、誰の手を握っているの?」

 眠っているフォースは何も応えない。

 十歳も離れていない筈なのに、一体どれほどの事を経験してきたのだろうか。思えば何も知らない。
 
 夢でも見ているのだろうか、嬉しそうに微笑んでいる様だ。

 始めて、素のフォースを見た。それだけで少し・・・嬉しい。



「・・・・」

 フォースは起き上がると小さくため息をついた。ベットに突っ伏したままライルが寝ている。

「看病でもしていたつもりか?」

 窓の外はまだ暗い。彼女の部屋に連れて行こうかと思ったが、体中の倦怠感がまだ抜けきっていなかった。

 仕方なくライルをベットに引きずりあげる。風邪でもひかれたら大変だ。

「まあ、いっかあ」

 自分もそのまま横になると、再び寝息を立て始めた。



 朝日の明るさにライルは目を覚ました。

「ああ、寝ちゃったのね・・・」

 ふと、自分がベットに横になり寝ていることに気が付き慌てて起き上がる。

「おはよ・・」

 丁度フォースも起きたのか、すぐ隣から声を掛ける。

 ライルはじっとその顔を見た。

「・・・変なことしなかったでしょうね」

 フォースの頬が引きつる。

「馬鹿か、こっちは怪我人だぞ」

「あ、そうだ。怪我はどう? まだ痛む?」

 様子を見ようとした腕を払う。

「俺は常人より怪我の治りは早いんだ。心配いらない」

「・・・」

 昨日の怪我が嘘のようにフォースは普通に身支度している。ライルが巻いた包帯だけはそのままにしていたが。

 宿を後にしようとしていた時、女将が包みを持ってやってきた。

「食料もって行きなよ。日持ちするから邪魔にはならないよ」

「・・・?」

 不思議そうにフォースは受け取った。女将はニヤニヤとフォースに顔を近づけた。

「あんたでしょ、昨日アウトサイダーやっつけたの」

 少し驚いた風にフォースは女将を見た。

「今朝腕の包帯が見えたからねえ。それにあのお客さんのいう人物像に当てはまるのあんたしかいなかったから。 賞金稼ぎかい?」

 くすっとフォースは笑った。

「流石ですね。ばれない様に素振に気をつけているつもりですが、長年掛けて身に付いた仕事の雰囲気は抜けきらないんでしょうかね。

 あのアウトサイダーははぐれ者です。周囲に仲間もいないようですので、まあ、当分は問題ないと思います」

「誰かに雇われたのかい?」

「いや、たまたま通りすがっただけですよ」

「じゃあ賞金なしかい。怪我して割りにあわないじゃないか」

「フォース」

 ライルが準備を整えやってきた。目の前にもらった荷物を出す。

「女将さんにもらったよ。昨日の事ばれていたようだ」

「え・・そうなの?」

 にこにこと女将も笑っている。

「どうもありがとう」

「気をつけていくんだよ」

 ライルは勢いよく馬にまたがった。