フォースの章2−11
カッカッカッ
遠くから馬の蹄の音がする。見知らぬ男が馬に揺られながら人々の間に割って入った。
「やあ、どうやら間に合ったようですな」
帽子を脱ぎながら、人の良さそうな男が馬上からフォースに話し掛けた。
「こんな戦いの間最中に来なくても。やばい役は俺に任すんじゃなかったのか?」
どうやらフォースの知り会いらしい。
困ったように頭を掻きながら男はにっこりと笑った。
「まあ、そうなんだが、君のよこした使いの鳥は、途中でアウトサイダーにやられちまってな。
仕方ないから自分でここまで来たんだ」
言いながら周囲を見回した。
「君の読みは少し外れた様だな。この村の村長はアウトサイダーではないようだ。
ただ、昨年都で村長に接触した人物がいる。
何の話をしたかまでは解らなかったが。なあそこの御老人、あんた何者だい? 都に籍もないよなあ。
まあ、籍のない人間はいくらでもいるが、都では珍しい。
何の形跡も一切ない人間というのはね」
村長と、その隣の老人に一斉に目が向けられる。
「何を馬鹿な・・・この方はれっきとした」
村長は軽く汗を流しながら言葉を吐く。
フォースはゆっくりと二人に向いた。
「こいつと、一体何の取引をした? 自分の村と引き換えに、何の契約をしたんだ?
こいつらがそれを守ると本当に思っているのか? アウトサイダーはそんなに甘い連中じゃないぞ。
お前が食われなかったのは、まだ利用価値があっただけに過ぎない。
この村がアウトサイダーに乗っ取られればお前の命も無いぞ」
「・・・・」
村長の額から一筋汗が落ちる。
「村長!この男の言っている事は本当か?」
「少し・・・違うな」
フォースの眉が軽く動く。
「確かに、最初はこの男と取引をした。だが、君の言う通り、アウトサイダーはそんな事を守る連中じゃない。
村を守る筈が・・・こんなことになってしまうとは・・。私がアウトサイダーでは無いと言っていたな。
そうさ、私はアウトサイダーではない。だが、私の心臓は既に奴に食われてしまった」
言いながら村長は自らの胸をはだけた。
そこには心臓の代わりに虚空の空間が・・・。
民衆に驚愕が走った瞬間、建物の影から幾つもの異形の者達が現れ、民衆を取り囲んだ。
逃げようとしても、その逃げ道が無い。
「使えないなあ。人間も・・・」
学者と呼ばれていた男は、徐に村長の頭を掴むと、そのまま握りつぶした。
「性に会わない地味な努力は止めだ。今ならまだ外にこの村の様子は伝わってはいない。これで終わりにしよう。
まあ予定外だったが、アイーンよ。貴様もだ」
アウトサイダーらが一斉に村人に襲い掛かる。
フォースは地面に手をつくと何事かを小さく唱えた。
突然、地中から何本もの光の柱が飛び出し、アウトサイダーらの体を貫いた。
「貴様、怪しげな技を」
フォースの体も僅かに発光している。
その口元が、目が余裕の笑みを湛えていた。光が収まると、フォースの姿は一変していた。
深い紺色の服が優雅に曲線を描きたなびいている。胸元の鳥の刺繍が金色の光を放っていた。
「馬鹿な奴だ。俺の力が戻る隙を与えやがって。あのまま素直に俺を殺っておけばいいものを。
欲を出すからだ。
まあ所詮ゾロの息子に過ぎない貴様に我々アイーンの本当の恐ろしさなど知る由も無いだろうがな」
軽くフォースは剣を構えると、軽く一振りをした。
カスター以下、四人のアウトサイダーは声を発するまもなく。その身を風化させた。
「まあ、言わないと思うが念のために確認しておく。ゾロは何処だ? 貴様のような小者を相手にしている気は全く無いんだが」
口元に笑みを浮かべながら、フォースは男に近寄った。
男は小さな珠を懐から取り出し、足元に投げつけた。
途端にそれは発光して大きな球体となり、フォースと男を包み込む。
「?」
フォースは確認するかの様に周囲を見回す。
「この程度の失敗など些細なものだよ。我々は父を守る為には自分の身など考えないのでな。
何も問題ない。貴様さえいなくなればな」
取り込まれたフォースと共に、球体はゆっくりと浮上を始めた。
「フォース!」
慌てて近寄ろうとするライルをクラークが制する。
フォースの表情からはさしたる緊迫感も感じられない。
「この国で言う地獄とやらが本当に在るならば、一緒に行ってもらおうか、アイーンよ」
ゆっくりと、学者であった男の容貌が変化していく。呆然と民衆はその様子を眺める。
フォースはふと、その方向に目を落とした。ライルと視線が合う。
軽く、フォースが笑った。
しかし、その表情はすぐに判別できなくなり。強烈な光と共に四散してしまった。
誰も言葉を発しない。あまりにめまぐるしい出来事に状況を理解できなかった。
「・・・どうやら、とりあえずは危機を脱出といったところですかね」
フォースの知り合いであろう男が、口を開いた。
「おいおっさん」
クラークが男に近寄る。
「フォースは一体何者なんだ? アウトサイダーとは違うようだが。 あいつも普通の人間じゃないぞ。知り合いなんだろ?」
男はにっこりと笑い首を振った。
「私は、都の公安ですよ。彼にこの町の調査を依頼しただけです。賞金稼ぎの中には、協力的な者もいるのでね。
まあ、確かに普通の人間ではなさそうですが、それはどうでもいい事です。
彼はアウトサイダーに対しては滅法強い。我々はその事実だけしか知りません。 ・・・それに」
男は、尚空を見上げているライルを顎でしゃくった。
「彼に関しては彼女のほうが詳しいんじゃないですかね」
ライルはいつまでも空を見上げていた。
「別に今回の事件はライルの責任でもないだろう? なのに、本当に行っちまうのか」
馬車に荷物を運ぶのを手伝いながら、クラークは尋ねた。
「うん、もうカルも一人前になっても大丈夫だしね。それに・・・」
「あいつの事か?」
ライルは小さく頷いた。
「奴とは一体どういう関係なんだ?」
ライルは胸からペンダントを取り出すと、優しく笑った。
「関係なんて言うほどのものじゃないよ」
「・・・好きなのか? 随分と年下なのに」
にっこりとライルは笑った。
「片思いだよ。今までも、多分これからもね。勝手に私が思っているだけ」
「・・あいつ、俺たちが行った時に来るな!って大きな声で叫んでいたよな。普段はあんなにクールなのに。
あれ、絶対俺にじゃなく、君に言っていたんだよ。参ったな・・って思った。俺だってライルの事好きだったんだぜ」
荷物を置くライルの手が止まった。驚いた風にクラークを振り向く。
クラークはおどけて肩を竦めた。
「フォースより先に会えれば良かったね」
「これも運命さね」
ライルは馬車に乗り込むと手綱を握った。
「期待に添えられなくて御免ね」
「いいさ、元気でな」
手綱を引くと、馬車はゆっくりと動き出した。
風が心地いい。クラークは笑顔で見送った。