フォースの章3−1
少女は自分の足元に広がる漆黒の闇を見下ろした。
「いつ来ても寒気がするわね。この谷底には一体何があるのかしら」
少女の周囲には三人の少年が立っている。
「・・・で、サリーの用事って一体なんなの?こんなところまで呼び出して」
「ああ・・そうだったっけなあ」
言われてから初めて思い出したように少年はポンっと手を叩いた。
まだ若い、どう見ても二十歳にはなっていないだろう。
その服装からしてお世辞にも真面目な、という形容詞はつきそうに無い。
彼らと対峙している少女はまだ十五歳位か。
肩まで延びた真直ぐな金髪がさらさらと谷から吹き上げる風に揺れている。
青色の大きな瞳は、彼女の性格を象徴するかのように意思の強い輝きを放っている。
くすりっと少年は笑った。
「お前が目障りなんだとさ」
「はん?」
少女は眉を潜めた。
「四六時中付きまとわれて鬱陶しいんだとさ。だから少し大人しくさせてくれと頼まれたんだ」
「・・・」
少女は肩を竦めて首を振った。
「ばかばかしい。そんな筈ないでしょうが」
「さあな、そんなことはどうでもいいことなんだが・・・」
少年達は少女を取り囲んだ。背後は闇のような谷底。逃げ道はない。
「私を・・・殺す気なの?」
「まさか、そんなこと出来るわけないだろ? お前は大切な人間だ。来月の満月まではね」
カラン・・・。
少女の足元の小石が闇に吸い込まれた。反射的に振り返る。
その瞬間に少女の腕はつかまれると、思いきり引かれる。叩きつけられるように地面に倒れた。
「いったーい」
顔をしかめて起き上がろうとすると、少年の一人が少女の体に馬乗りになった。
「何すんのよ!」
振り上げた手を地面にねじ伏せられる。
「お前は手癖足癖が悪いからな。一人じゃ大変だ」
「あんたたち、騙したのね」
悔しそうににらみつける。少年はにやにやと口元を歪ませた。
「どうせもう先はないんだ。残念だったなあ。こんなもののために」
ブラウスの隙間から覗く胸元を少年は指差した。
「汚い手で触んないでよ!」
「汚いだと? もうすぐ見るもおぞましい奴らの物になるくせに。俺たちみたいな全うな人間の方が遥かにいいだろうに」
「ざけんな!」
必死に暴れるが相手は二周り以上も大きい相手。びくともしない。
「なーにが全うな人間よ! 力任せに女襲うなんて最低の人間のすることよ! あんたら恥ずかしくないの?」
少女の声などはなから聞く耳など持っていない。
カッカッカツ・・・
不意に近づく馬の足音に一瞬皆の動きが止まった。滅多に人の通らぬ山道に、黒い影が近づいてきた。
黒いコートを着た男は、一瞬少女達に視線を投げたが、まるで興味なさそうに視線を戻すと、そのまま通り過ぎようとした。
「―――ちょっとあんた!」
少女の怒鳴り声で馬の足が止まった。
「いたいけな少女が暴漢に襲われているのに素通りする気?」
「・・・」
男はゆっくりと振り返る。
「別に・・・俺には関係ないと思うが」
「へへ・・・そうそう。あんたには関係ない。気にせず行ってくれや」
「関係なけりゃそれでいいの? あんたそれでもまともな人間なの?
この状況みたらどういう事かわかるでしょ。ふつう助けないか?」
「・・・まあ、そうだな。普通は助けるだろうけど、生憎俺は依頼以外の争いはしない主義なんで」
少年達の体に緊張が走る。
「依頼・・・て、あんた賞金稼ぎ?」
「ああ・・・そうだ」
少女は力の緩んだ腕を振りほどくと、馬上の男に走りよった。
「丁度いいわ、あんたを雇いたいの」
「俺を・・・雇うだと?」
男は口元を歪ませた。
「生憎人間相手の仕事はしない」
「そうじゃない。あなたにアウトサイダーを片付けてもらいたいの」
「・・・」
男はじっと少女の顔を見つめた。冷たい、深い色の瞳に感情は感じられない。
「良いだろう、詳しい話を聞こうじゃないか。 ・・・おい、彼女の服を返してやれ」
少年達は投げ出すように服を放り出すと、小走りに走り去っていった。
「見世物じゃないわ! あっち向いてて」
少女は慌てて服を着る。・・・長い間沈黙が続く。
少女は少々乱暴に涙を拭い、振り返った。
「さ、いいわよ」
大人しく後ろを見ていた男が振り返る。
「賞金稼ぎって始めて見たけど、あなた随分若いのね。腕は確かなの?」
「嫌なら別に雇わなくてもいい」
少女は肩をすくめた。
「随分と無愛想だこと。でもまあ助かったわ、ありがとう」
「依頼主の身を守るのも仕事のうちだ。ま、俺は何もしていないが」
「ねえ、名前なんていうの?」
「フォース」
「そう、私はライル。よろしくね」
一瞬、フォースの目が細まる。が、直ぐにもとの無表情になった。
フォースの馬に同乗して山を降りてゆくと、前方から少女が走ってきた。
「ライル!」
「サリー」
ライルは馬から飛び降りて走りよった。
「はあ、はあ、あなたがトム達から呼び出されたって聞いて・・・。 慌ててやってきたのだけど・・・大丈夫? 変なことされなかった?」
「うん、大丈夫。この人が助けてくれたの」
「あら」
馬上から軽く頭を下げる。その端正な顔立ちに、サリーは一瞬見とれてしまった。
「彼・・・賞金稼ぎなんだって」
サリーは驚きの表情でライルを振り返った。
「・・・て、ライル雇ったの?」
こくりっと頷く。
「いくらこの村に恩があるからって、自分の命を代償にする気はない」
「そりゃそうだけど。でも賞金稼ぎってものすごい額の報酬を要求するんでしょ?この村にそんなお金は・・・」
「みんなに迷惑をかけるつもりはないわ。私が何とかする」
フォースは他人事のように二人の会話を聞いている。
ふうっとサリーはため息をついた。
「判ったわ。私も出来る限り協力するから」
「ありがとう。やっぱあんた最高の親友よ」
「あたりまえでしょ。ずっと一緒にいるんだから。さ、帰ろ。フォースさん、あなたもどうぞ」
三人は眼下の小さな村に向かって歩き出した。