ロッド・アスフィールドの章10
カラン。
無造作にロッドは剣を投げた。
「欲しけりゃいくらでもくれてやる。だが、妹を傷つけるな」
ルーはにっこりと笑うと、小刀を収めた。
「物分りが良くて助かるよ」
ゆっくりとグランビークに近づき、拾い上げる。
・・・何かがはじける音がした。
「・・・」
呆然と、ルーは己の腕を見つめた。
剣は小さな光の筋を発すると、ルーを食らおうと猛然と襲い掛かる。
「・・・なに・・・」
ルーの手元から離れると、剣は淡い光を放ちながら再び床に落ちる。
しかし、光はゆっくりとルーの腕を蝕む。崩れる腕を抱えながら、ルーは顔を上げた。
少し冷ややかな視線のロッドが見下ろしている。
「貴様・・・一体何を」
「別に・・・何もしていないよ。こいつが俺に話しかけただけだ」
取り押さえられた腕を振り払い、リューが勢い良く駆け込む。
そのままルーの胸倉を掴むと思い切り揺さぶった。
「答えろルー! 誰の命令だ! お前の後ろに誰がいる!」
少しずつ崩れる姿で、ルーは不敵に笑った。
「やだね。誰が教えるものか。お前らの力など些細なものだということを思い知るがいい。
お前達が何をしようと世界の流れは変えられない。この小娘も元には戻らぬ。ムダだ。
己の非力さを嘆くがいいさ。結局貴様らなど所詮その程度、手のひらで踊っている事に早く気が付け・・・」
ルーの皮肉な笑顔がゆっくりと崩れていった。
「まさか・・・・ルーを動かしていたのは・・・・」
体の底から震えが湧き上がる。名を言わずとも良くわかっている。この世界で自分達を欺けるものなど・・・。
その名を口にすることすら憚れる。
「・・・・何故?」
リューにとってはあまりに次元の違いすぎる存在。
「聖王よ。私ごときにその存在を知らしめるなど・・・」
己の体を抱き、震えが収まるのをじっと待った。
ロッドは剣を拾いなおすと、徐に構えなおす。
ようやく落ち着いたリューが辺りを見回すと、先ほどまで周囲で様子を伺っていた兵士達がみな剣を構えて向かってきている。
「ロッド・・彼らは人間だ」
「判っている。だが、まだ操られたままだな」
一斉に飛び掛る剣をかいくぐり、躊躇せずに体をなぎ払う。
「・・・」
凄惨な状況を予想していたリューだが、余りに意外な結果に目を見開いた。
ロッドの剣筋は躊躇無く兵士の体を捕らえている。だが、血飛沫が飛ぶ様子が無い。
代りに兵士の体から霞の様な影が立ち上る。
ロッドはその意味が判っているのか、素早い動きで剣を交わすと、ナガルを取り押さえている男の元まで一気に詰め寄る。
兵士はナガルを楯にしようとしたが、そんなことには構わずに剣を振り下ろした。
グランビークが二人の体を突き抜けたのをリューは確認した。
だが、その男はそのまま立ち尽くし、暫くの後に目を瞬き始めた。
「・・・」
自分の両手を持ち上げ、何かを確認しているようだ。
理由を知っているのか、ロッドは笑いながら戻ってきた。
「こいつに聞いた。グランビークは持ち手を選ぶ。意図しない者の手に渡ればその者を食らうが、主の指示には従うとな」
「じゃあ・・・」
「人を切るなと言ってみた」
「・・・・」
その通りに従ったからいいものの、良くも躊躇無く人に剣を向けられたものだ。
呆れるしかない。
ロッドはファウラの前に立つと、肩に手を置く。
「だが、お前に剣を向けるわけにはいかないな・・・。お前は半神だから無理だそうだ」
彼女は何も言わずに佇んでいる。
額に何かの文字が刻まれた小さな装飾が光った。ロッドはそれを手に掛けると一気に引きちぎった。
まるで糸の切れた人形のように、ファウラは崩れた。
それを抱きとめつつ、ロッドも座り込む。
意識を失っているのか、瞳を閉じたまま身動きしない。
リューが慌てて覗き込み、口元に手をかざす。死んではいない。僅かに息をしている。
安堵の溜息が漏れた。
「・・・リュー・・・」
「何だ?」
「・・・後、頼むわ・・・」
ポツリとロッドは呟いたままそのまま倒れこんだ。
そういえば怪我をしていた筈だったのだ。リューは慌ててナガルを呼び寄せた。
額にかかった髪をかきあげられ、彼女は目を開いた。
「ああ、ごめん。起しちまったか?」
ファウラは目を開いたものの、その視線は動かない。
「・・・・」
ロッドは軽く溜息をついて、椅子に座った。
既に十日ほどたっただろうか、意識が戻ったというには程遠すぎる。
自ら行動もせずに何も言葉を発しない。感情というものを奪われてしまったかのようだ。
ただそこで、ひたすらじっとしている。
「何だ、こんな所に居たのか。まだ傷口がきちんと塞がっていないのだから安静にしないと」
日の差す窓からリューが顔を覗かせる。
「相変わらずか?」
「まあ・・・ね。でもとりあえず生きているから」
言いながら少し顔を歪める。まだまだ痛みが取れない。
その様子を見たリューが二ヤリと笑う。
「直してあげようか?」
「・・・いらん。お前のあの姿見たら襲っちまいそうだから」
「・・・馬鹿が・・・」
少し顔を赤らめながら、リューはそっぽを向いた。
「それよりさ、リュー。そろそろ行くぞ」
「・・・どこへ?」
「今朝ナガルに聞いた。明後日には都から新しい領主がやってくるらしい。厄介ごとはもうごめんだ」
「それはそうだが、その傷で大丈夫か?」
「生憎この体は頑丈にできているんでね。さて・・・と」
ロッドは立ち上がると、ファウラの側に立てかけてあったグランビークを手にした。
「ナガルに挨拶してくる。出立の準備しておいてくれ」
剣を持ったまま部屋を後にした。