SHALONE SAGA

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フォースの章3−14




 朝、目が覚めた時には既にフォースの姿はなかった。

「結構遠いのですか?」

 馬車の上でライルは尋ねた。

「村の外れなんでね。もう少しかかります。おじいさん、大丈夫?」

 荷台の老人はぼうっと外の景色を眺める。

「そういえば、そのおばあさんのお墓には時々綺麗な花が添えられているんですよ」

「へえ・・・」

「見たこともない花ばかりで、小さい頃から不思議でした。医者でしたので、誰か患者の家族かと思ったのですが、

 結局誰が供えているのかわからなくてね・・・。

 おじいさんも昔はその花を見るのを楽しみにして、よく一人で行っていたんですよ」

 花・・・随分昔に亡くなった人の為に?

 景色の良い丘の近くに馬車は止まった。抜ける風が心地良い。

「この林を抜けるとおばあさんの墓がありますよ」

 キースの車椅子を押しながら、丘を上がる。

「あれ、誰だろう」

 孫の声に反応して、ライルは顔を上げた。

 墓の前に人の姿があった。緑の髪がさらさらと風になびいている。

 彼女と旅を始めた頃からしまっていた黒いコートを羽織っている。

「フォース・・・?」

 その声に、ゆっくりと振り向く。悲しげな顔のフォースがこちらを振り向いた。

 足元には美しい花が飾ってある。

「やあ、あなたでしたか。おばあさんの墓に花を添えてくださったのは」

 孫が明るい声をかける。フォースは軽く笑うと、丘を降り始めようとした。



「ま・・・待ってくれ」

 その声の主に、孫とライルは驚いた。

 今まで一言も話さなかった老人がフォースの姿を追っている。

 それどころか必死に立ち上がると、よろよろとフォースに向かって歩き出した。

「おじいさん・・・」

 不自由な足がもつれ、転びそうになる。 フォースの手がそれを支えた。

 見上げた老人の瞳から大粒の涙が溢れる。そのままフォースにしがみついた。

「・・・父さん」

 小さな声であったが、二人の耳に届くには十分な大きさだった。

「会いたかった・・・ずっと、待っていたんだよ」

 その老人の言葉に、フォースは優しく微笑むと、老人の肩を抱いた。

 静かに老人を車椅子に戻し、耳元に口を近づけた。何かを話しているようだが、ライル達には聞こえない。

 そのまま、キースの孫に軽く会釈すると、丘を下っていった。呆然とその様子をふたりは眺める。

「そりゃないよおじいさん。あの人俺より若いぞ。怒らなかったから良かったけど」

 言いながら車椅子に手をかける。くすくすと老人は笑った。

「誰も信じないことは判っている。だから父さんも私や母さんの前には殆ど現れなかった。だけど、間違いない」

 あまりに流暢な口調に、孫が大きく口を開けた。

「おじいさん、判るの?」

 にっこりと老人は笑った。

 ライルは一体何が起きているのかわからなかった。突然正気に戻った老人。

 その老人が父と呼ぶフォース。どういう事なのだ・・・。

 ライルはふと、その二人を結ぶであろう人物の墓に目を向けた。

 この老人の母であった人。ということは、フォースの妻であった人?・・・。

 体が膠着した。



 ライル・ターナー



 墓石にはその名が刻まれていた。

(これは・・・わたし・・・?)

「おじいさん」

 ライルは慌てて老人の正面にしゃがんだ。

「ねえ、教えてください。あなたのお父上のこと」

 きょとんと老人はライルを見つめた。

 ライルの顔が真剣であることに気がつくと、ゆっくりと頷いた。

「不思議な人だったから、村で知っている者も殆ど父の話はしなかった。

 だからといって、嫌われたり疎まれたりはしていなかったよ。

 この村を助けてくれた人だからね。だから、私が産まれた時も村の皆が母を助けてくれた」

 老人はフォースの去っていった方向を眺めた。

「父は、この世界の人ではないんだ。自身は化け物だといっていたがね。アウトサイダーと戦うためにここにやってきた。

 天から使わされたと私たちは思っていたよ。

 藍色の服に、胸に大きなフェニックスの刺繍のある姿は、そりゃ神々しいものだった」

 ライルはじっと聞いている。

「アウトサイダーを倒さねば、年をとる事も死ぬこともない。私達の想像を遥かに超えた存在だ。

 だが、心は私達と何ら変わらなかった。人として、二人は愛し合っていたんだと思う。

 初めて私が父に会ったのは、母の葬式の時だった。・・・いや、違うな。本当は子供の頃から知っていたんだ。

 人目を忍んで母の元に訪れる人がいたのを。

 だけど、母とは年があまりに離れているように見えたから、あらぬ疑いを持ってしまって・・・。

 私は母の最期でさえその疑いの目を向けしまったんだ。
 
 ・・・その母の葬儀のときに始めて父と言葉を交わした。

 降りそぼる雨の中、父はじっと立ち尽くしていたのを覚えている。

 本当に、母を愛していたんだろうね。それは、多分今も変わっていないはず。

 だから、この花を見るのが嬉しかった」

 ライルはあの夜の出来事を思い出していた。意識を失う直前に見たフォースの姿は幻ではなかったのだ。

 自分の胸に手を当てる。

 全てが判った。やはり意味があったのだ。この痣も、この名すらも、全ては・・・

「ねえ、おじいさん、お父様の名前、フォースっていうの?」

「よく知っているね。そうだよ、アイーンのフォースだ」

 目から涙が溢れてくる。

「お嬢さん、どうなさった?」

「これ・・・見てください」

 ライルはブラウスのボタンを外して、老人に痣を見せた。その表情が驚きに変わる。

「これは・・フェニックスだね・・母はいつもこのメダルをお守り代わりに胸にかけていたよ」

 言いながら自分のメダルを取り出した。

「生まれたときからこの痣があったんです。これが何なのか知りたくてここまで来ました。

 ・・・おじいさん、私の名前、ライルって言うんですよ」

 孫は驚きの表情を彼女に向けたが、老人にっこりと笑ったまま、彼女の頬に手を当てた。

「何も不思議な事ではない。人は生まれ変わるからね。きっと母は父さんを一人きりに出来なかったんだろう。

 だから、再び生まれてきたんだね。・・・もう父さんには会ったのかい?」

「ええ・・・私を助けてくれて、ここまで連れてきてくれたんです」

 ライルは涙を拭いながらにっこりと微笑んだ。





 そっと扉を開けて中の様子を伺う。暗い部屋の窓辺にフォースが腰掛けていた。

「よかった。いなくなったのかと思った」

「自立出来ない人間を放置するほど非情ではない」

 外を向いたままフォースは応えた。

「・・・知っていたんでしょ? ねえ、何で? どうして何も言ってくれなかったの?」

 フォースは窓辺から降りると、ライルに向き直った。

「言えば信じたのか? 言ってしまえば、再び俺の世界に引きずり込んでしまう。 それが君にとって良いことなのかどうか、俺には判断できなかった。

 知らないほうが幸せな場合も、この世の中にはある・・・。

 ああ、そういえば同じ事を随分昔にキースに言ったことがあったな・・・」

 フォースの目が微かに揺らめいた。

 僅かにその体が光を放ち、藍色の服がその体を包む。胸元にかかるフェニックスが金色に輝いていた。

「・・・フォース・・・」

「以前、この印を持つ一族に会いたいと言っていたな」

 フォースは満点の夜空を指差した。

「俺の生まれた地、セーラムはあの星の彼方だ。

 とは言っても、ここの人間があの空に行けるようになってもたどり着ける地ではない。

 ・・・俺は人間じゃない。

 俺たちアイーンの始祖たるシャルーンは、アウトサイダーの親たるゾロと同じところから発生している。

 ・・・俺は、君達人間よりアウトサイダーに近い存在なんだ」

「・・・アウトサイダーに近い・・・」

 以前、人の心を持ったアウトサイダーを化物とライルが言ったとき、妙に感情的になったフォースを思い出す。

「しかも、ここに来ててもうすぐ百年の月日が流れるというのに、寸分変わらないこの姿。

 そしてこの先気の遠くなる時間をこの体で過ごさねばならない。君達からすればアウトサイダーと同じ化物だよ。

 ・・・そんな男を、・・・君は愛せるのか?」

 フォースの目が悲しく笑った。 

 ライルはゆっくりとフォースに近づいた。月明かりが彼女の顔を照らす。

「・・・最初に聞いていたら。そうね、信じなかったかも知れない。

 だけどね、この数ヶ月一緒にいて、あのおじいさんの話を聞いて、色々私なりに考えた。

 ねえ、あのおじいさんは自分の親を自慢していたよ。あなたの息子であることを誇りにしていたよ。

 あなたはアウトサイダーとは違う。それはあなたに係わった人全てが思っている事じゃない? 

 生まれる前の記憶なんて無いけど、この感情はきっと同じかも知れない。

 あなたが何者であっても、私にとってフォースはフォースでしかない。そうでしょ?

 ・・・私は、フォースと一緒にいたい。本当にそう思っている」

 微かに、彼女の頬が赤く染まる。

「まあ、それで負担に思ったり、邪魔になるようだったら。あきらめるけど・・・ね」

 にっこりとライルは笑った。

 フォースの手が頬に触れる。

「俺を誰だと思っているんだ。負担になる程度の力の持ち主ではないよ」

 フォースが優しく笑う。今まで見たことのない表情だ。

「・・・ついてくるか?」

 ゆっくりとライルは頷いた。

 フォースは力強く彼女を抱きしめた。ようやく自分の居場所を見つけた気がした。



 今日は随分と暖かくなった。

 キースはテラスの椅子に腰掛け、のんびりとお茶をすすっている。

 遠くから二頭の馬がやってきた。馬上の人物はフォースとライルだった。

 フォースは馬から下りると、キースに近づいてきた。

「もう、行くんですか?」

「ああ」

「そうですか。恐らく、もう会うことは無いと思います。私も、そんなに長くはない。

 だけど、最後に父さんに会えて良かった。 しかも、隣に母さんがいるなんてね。初めて見た光景ですよ」

 くすくすっと老人は笑った。

「不思議ですね。あなたの息子はこんなおじいさんになってしまったのに・・・」

 目を細めてキースはライルを眺めた。

「ああ、あのときの母さんと同じ表情ですよ」

 つられてフォースも振り向く。

「いつもあんな表情でしたよ。父さんと会った翌日はとても幸せそうな顔してた」

「・・・ああ」

 フォースは老人を抱きしめた。

「愛しているよ、キース」

「判っていましたよ。そんなこと。昔からね」

 にっこりと老人は微笑んだ。



 去ってゆく馬を老人は満足げに眺めていた。

「寒くないかい?じいちゃん」

 孫が窓から顔を覗かせる。

「ああ、大丈夫。そうだ、ルイ。ちょっといいか?」

 キースは振り向くと、孫に小さなメダルを渡した。

「これをお前に預けるよ。母を守り、そして私たちをこれからも守ってくれるものだ。

 お前やその子供、その先まで大切に持っていてほしい」

「俺・・・この鳥の絵。好きなんだよね。なんかかっこいいし、暖かい」

 孫は大切そうに受け取った。

「そうとも、我々一族にはこの紋章を持つ人の血が流れているからな。いつまでも我々を守ってくれるんだ」

「うん。大切に受け継ぐよ」

 少しフォースに似た笑顔を孫は見せた。





「嬉しそうだったね。おじいさん」

「両親が揃っているのを始めてみて喜んでいたよ」

「両親・・・って」

 ライルは困った顔をした。

「えー。私まだ男の人も知らないのに、あんなに大きな子供なんて、何か複雑う」

 フォースは眉間にしわを寄せた。

「男を・・・知らないってか・・・ふーん」

「・・・ちょっとお、今変なこと考えたでしょ」

「何をだよ。そう言ってるお前のほうが変なこと考えてるんじゃないのか?」

 ライルの顔が真っ赤に膨れる。

「くっくっく」

 笑いをこらえていたフォースが声を上げて笑い出す。

 数十年振りの声が涼やかな風に乗った。