アルディアスの章2 追記
カイは人気の無い廊下を歩いていた。
窓から差し込む柔らかな光に暖められた空気が心地よく体にまとわり付く。
不意に目の前の扉が開き小さな人影が飛び出してきた。
前も確認せずに飛び出したため、危うくぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」
照れくさそうに頭を下げる。だが、カイと目が合うと、不思議そうに小首をかしげた。
紅い瞳に銀髪の可愛らしい少女だ。
・・・不思議と、何処かで合ったような感じがする。
「あなた、ここの者ではないわね。・・・ひょっとしてアイーン?」
にっこりとカイは笑った。
「ええ、アイーンのカイと申します」
「これは失礼しました。私はヒューと申します。何か御用で?」
「ええ、ちょっと話がしたくて伺ったのですが・・・姿が見えませんね。お忙しいのですか?」
少女は少し呆れた風に笑った。
「そんな訳はありません。今は中庭にいると思いますよ」
カイは軽く会釈をしてその場を去ろうとした。
「出来れば少しお灸をすえて頂きたい位です。私達の話など全く聞きもしないので・・・」
「何かあったのですか?」
「何もないから余計困るのですが・・・。余りに昔と違いすぎて、私達もあの方の言動や行動に面食らうばかりで。
ほとほと困っているんです・・・」
「・・・?」
見てくれからは想像出来ないような愚痴をこぼしてから少女はその場を去っていった。
中庭に出ると、新緑の香りが胸に広がる。
遠くに小さな東屋が確認できた。
「あそこか」
一歩足を踏み入れると、草花の先から小さな光が生まれ、風に流されていく。
カイの後に続き、光が溢れ何とも幻想的な雰囲気を醸し出す。
東屋には人の姿が見えなかった。
手すりから覗き込むと、長いすで寝ている人物がいる。
「・・・」
カイは小さく溜息を付いた。
その傍らには何本ものビールの空き瓶が転がっている。
「何だ? 俺に用かよ」
アルディアス、いや、今は聖王が片目を開く。
「って言うより、何だこのざまは。さっき会った妖精が愚痴をこぼしていたぞ」
「・・・ああ、ヒューか」
だるそうに体を起すと、椅子に寄りかかる。
「あいつは昔のアルウェンを知っているからな。そのギャップに困惑しているだけだ」
「・・・知らなくてもこの姿を見れば減滅すると思うが・・・。仮にも柱神の最上位にいた聖王は、
少なくとも酒飲みながら居眠りなんぞしていたとは思えないし。・・・まあ、私もその姿は知らんが」
いいながらカイも向かいに座る。差し出されたビールは丁重に断った。
「当たり前だ、奴らは飲み食いや休眠なんて必要じゃなかったからな。人の体ってのは結構面倒なんだよ。次から次へと細胞が死滅する。
それを補うにはエネルギーを補給しなくてはいけない」
「だから・・・酒を?」
「手っ取り早くて良いだろう。俺も嫌いじゃないし」
唯の言い訳にしか聞こえないが・・・。
「で、わざわざ此処に来て。何か俺に用があるんだろう?」
にやりっと聖王は笑った。
「・・・今、私が話をしているのはアルディアスか? それとも聖王?」
「さあ・・・それが重要か?」
軽く、カイは頭を振った。
「確かに。・・・一つ、聞いておきたい事があった。
聖王の力によって、今まで足元にも及ばなかったルーディアに抗することが出来た。それは事実」
「力の質を変換しただけだ。単純に力の大きさで言えば、シャルーンは他の誰よりも大きな力の持ち主だった。
ならば、その血を継ぐカイ達も同じこと。俺のすべきことは、カイ達の力を奴らと同質にすること。
それが証拠に力の受け皿が無くなったカイは随分と不自由になっているんじゃないか?
前のように力が出ないだろ」
カイは軽く肩をすぼめた。
「確かにね。でも、生きるのに不都合は無い。元々あってもなくても良いようなものだ。
私が聞きたいのはそのことじゃない」
カイは姿勢を正す。
「・・・わざと・・・だろ」
良く判らないと言った風に聖王は小首を傾げた。
「とぼけるなよ。わざとルーディアを呼んだんじゃないのか?」
「・・・・」
聖王はビールを飲み干すと、傍らに放る。
「・・・だったら、どうだって言うんだ?」
一瞬、カイの眉が潜む。
「私たちは、この世界の歴史には干渉するなと言われている。此処は自分達が支配している訳ではないと。
ルーディアのおかげでどれほどの者が犠牲になったのか判っているのか?
聖王が己を取り戻すために、どれだけの者が失われたのか・・・」
「無駄だよ」
簡略な言葉で聖王は遮った。
「なあカイ、このアルウェンはどういうものか知っているのか?」
言われて何気に周囲を見回す。
「ここは魂の入れ替えを行う所だ。尤も今まで封印していたから、目覚めたばかりの者は、停留していた山のような魂の混乱に必死に対応している。
流石の聖王も、この場から動くことすら出来ない状況なんだ」
ここでぐだぐだしているのはその為なのか・・・?
「・・・なあ、聖王にとっちゃ些細な事なんだよ。奴にとっては人の死など服を着替える程度の感覚。
俺もとことん話をしてそれを知った。
少々驚きかも知れないが、まあ神とて万能じゃないって事なんだろうな。
だから、カイが奴に諭そうとしている事は無駄なんだよ」
「・・・・」
「言いたいことは判る。今回のことに関しては俺も留意しておく。 申し訳ないが、過ぎてしまった事は如何する事も出来ない」
「そうか・・・わかっていたのならそれでいい。済まないな、邪魔した」
光の波の中をカイが去っていく。
聖王はそれを見送り、大きく溜息をついた。
「思慮深いのも、勘が良いのも好きじゃないな。まあ仕方ない。奴はシャルーンじゃないし。
だけどな、カイ。そんな事言えるのも今のうちだよ。 お前の子供達はもっと凄惨な状況に立たされるんだ・・・・。
そんな綺麗ごと・・・言っていられるのかな・・・」
誰に話すでもなく小さく呟くと、静かに寝息を立て始めた。
終