SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−3







 アルディアスの目の前を太った中年の男が飛んでいく。それを視線だけで追う。

「・・・」

 道端に倒れた男は白衣を着ていた。どうやらこの店の者の様だ。

 中で揉め事でもあるのだろうか・・・・。

「ふざけんなこの野郎。赤っ恥かかせやがって」

 強烈な酒のにおいと共に、赤ら顔の大男が店の中から現れ、倒れた店員になお掴みかかろうとしていた。

「いいかげんにおし! いちゃもん付けてきたのはあんたのほうじゃないか!」

 振り返ると割烹着姿の女が入り口で仁王立ちしていた。

 「なんだこのババア。誰に向かって口聞いてんじゃ!」

 鼻息荒い男は今度は女に向かって拳を振り上げた。

 女が咄嗟に頭を庇う。

 が、その拳は途中で止められていた。

 流石に無視できなくなったアルディアスが男の腕を掴んでいた。

「酔っ払いだから多少は多めに見てもね。女性に暴力はいけないんじゃないの?」

 店員達は呆然とアルディアスを見上げた。

「誰だてめえ。他所もんか?」

 酒臭い息が顔にかかる。

「まあ・・・そうだね。今日此処に来たんだけど。腹減っているからご飯食べたいんだよね、俺。 ・・・で、店に入りたいんだけど」

「・・・なめてんのか?」

 男の目が据わっている。

 アルディアスの腕を振り払うと、腕をたくし上げて正面から睨みつける。

 こうしてみると、大男に思えた背の高さはアルディアスと同じくらいだった。だが、幅は倍くらいあるだろうか。

 やたら迫力のある筋肉の持ち主だ。それを鼓舞するかのようにポーズをとる。

「ちょ・・ちょっとあんた。危ないよ」

 遠巻き見ていた店の女が (・・・って、いつの間にか避難している) アルディアスに声を掛ける。

 が、その言葉の終わらぬうちに男はこちらに向かって突進してきた。

 大きな拳が目前に迫る。動きは以外と素早い。

 冷ややかな視線で軽くかわすと、前のめりになった男の腹にボディブローを撃つ。

「ぐ・・・」

 男は膝を突いた。

「こ・・・このやろ」

 振り返った顔面の数ミリ先に、アルディアスの拳が止まっていた。

「はらぁ・・・減ってんだよねえ。だから俺も少し気が立っている訳だ。酔っ払い相手じゃ運動にもなんねえ。

 気が収まらないなら明日、相手してやるよ。・・・勿論シラフでな」

 微笑みながら男の耳元で小さく囁く。

 アルディアスが離れると、男はゆっくりと立ち上がった。

「・・・覚えてろよ・・・」

 悔しそうに月並みな言葉を言うと、男は街の中に消えていった。




 ぐうううう。

 一気に体から力が抜ける。

「・・・くそ、動いたら余計腹が減っちまった」

「ちょっと・・・あんた」

 声を掛けられて振り向くと、先の店の女が立っていた。

「よくあいつを追っ払えたねえ。評判の厄介者なのに」

「ふーん。そうなの?」

「何でも軍人らしいが酒癖が悪すぎてね、あいつが暴れると商売上がったりだよ。全く困ったもんだ」

 ちらりと店の中を覗くとなるほど他に客の姿は無い。

 まあ、別にどうでもいい。

 ぐううう。

 店の匂いに誘われて、腹の虫が余計に騒ぎ出す。

「そういえばさっき腹減ってるって言っていたね」

「夕飯まだなんです。ありつけなくてね」

 情けなさそうに笑うアルディアスに不思議そうに女は首を捻ったが、明かりに照らされた姿を見て合点がいった様だ。

「なるほどね。随分前にこの国も外国を受け入れるようになったが、まだまだ珍しいからね。

 でも随分流暢な話しっぷりじゃないか。その髪を見るまで外人さんだなんて気が付かなかったよ」

「・・・」

 あえて否定するのも面倒だ。放っておこう。

「良かったら食べてかないかい? 折角だ。ご馳走するよ」

「え、いいんですか?」

「心配ないって。ここは私の店だ」

 ・・・ラッキー。

 満面の笑みで店に入る。

 店の隅では先に殴られていた男が手当てをしてもらっていた。

 頬が大きく腫れ上がっている。

「大丈夫ですか?」

「腫れが引けば問題ない。この程度で助かったよ。ありがとう」

 頬を冷やしながらしきりにお辞儀をする。

 ドンッ!

 振り向くと、テーブルの上に肉や煮物が大盛り仕様で置かれていた。

「今日の商売はもう終わり。さあ遠慮なく食べとくれ」

 人数分のジョッキをテーブルに置くと、にっこりと女将は笑った。

「いっただきまーす」

 嬉しそうに肉にかぶりついた。




「・・・で、何の用でこの国に来たんだい?」

 白衣の男と、店員の女の子を交え、四人でテーブルを囲い、暫くの間賑やかに飲んでいたが、いきなり向かいの女将が切り出してきた。

「親戚がこの街にいるんでね。そこを頼ってきたんだけど。随分と音信不通だったから、何となく行きづらくて・・・」

 食べる手を休めずに答える。

「へえ。・・・察するところあんたのその傷見ると随分やんちゃだった口みたいだね。

 まさか・・・犯罪犯して国外逃亡で此処に来たんじゃないだろうね」

 不審げな三人の視線が一斉にアルディアスに向けられる。

 なるほど、そういう見方もあるか・・・。

「はは・・・流石にそれはない。自慢じゃないが俺は人を傷つけた事も、法を犯すような事もしたことはない。

 神に誓ってそれは言えるよ」



 はて・・・この場合の神って・・・誰だ?

 ふと、余計なことを考える。

 ・・・酔いが回ったか・・・。



「なるほど。まあ、そういう事にしておいてあげるよ。悪い子じゃなさそうだ」

「・・・・そりゃあどうも。

 ああそうだ、おかみさん。図々しくて申し訳ないんだけど頼みがあるんだ。ついでに聞いてくれない?」

「何だい? 借金と面倒ごと以外なら話は聞くよ」 

 ・・・まあ。あながち遠くもないが・・・。

「住み込みで何処か働けるとこないかな? 体力には自信あるから何でも出来るけど」

「仕事ぉ? 何だまずこの街で自立でもしようってか」

 アルディアスは思い切り頷いた。

「・・・そうだねえ。七年前だったら丁度戦争の準備してたから、あんたの様な体力自慢集めてたけど・・・。 今はねえ・・・」

 女将は考え込んでしまった。

 やっぱり、そうそう簡単にはいかなかあ・・・。



 ・・・ん?!



「七年前・・・だって?」

 不思議そうにアルディアスは顔をあげた。

「ああ、ここの皇子が敵国の間者に襲われてた事件があったんだよ。その報復騒ぎで戦争に突入しそうになったんだ。

 今考えればあの大国ラナンキュラスに刃を向けるなど正気ではなかったけど、国は本気だったらしいね。

 だけど、何があったのか、結局うやむやで終わっちまったんだ。でもその後が大変だったけどねえ・・・・・」

 頭が混乱して後半は殆ど聞いていなかった。

 (待てよ、あの時確か十八だったよな。二回目の春にメディウス倒して二十歳か。

 で、セーラムは一年もいなかった筈・・・。)

 必死に何年経ってるか考える。

 その頭の片隅に、今朝カイが言った事が蘇った。

「・・・・」

 (くそ、そういう事かよ。)

 いやちょっとまて、ということは今リシは・・・。