SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−5







 ひょっとしたら城の中に連れて行かれるのではないか。

 一抹の不安を抱えていたが、辿り着いたのは城の外にある兵士の待機所だった。

 訓練用のためか、中庭には大きな広場が設置してある。

 早朝のためか、そこで動いているものの姿は無く片隅のテーブルに2,3人の軍人が談笑しているだけだった。

「ここなら邪魔ははいらねえ。怪我しても訓練中だと言えるからな」

 じゃあ、ここで何人もリンチしていたということか。

 テーブルについていた男達がにやにや笑いながらこちらを見ている。

「・・・で、ここまで連れて来てどうすんの?」

 言葉が終わらないうちに、男が突進してきた。身を捻ってそれをかわす。

「何だ。ゴングも無しかよ」

 素手でのタイマン勝負。

 分厚い筋肉を持っている相手には少々不利か。

 (本当は剣術の方が得意なんだけどなあ・・・。)

 軽く息を吐き、ゆっくりと拳を正面に据える。

 男は一気に間を詰め、連打を放ってくるが、アルディアスを捉えることは出来ない。

 大振りするだけでは体力を消耗すると判断したのか、時折掴みかかる動作が混じる。

「・・・」

 それでもアルディアスの足は止められない。

「このガキ・・・ちょこまかと・・・」

 肩で息をしながら睨みつける。



「おもしれえ。あのハイマンが遊ばれてるよ。すごいなあいつ」

 暇つぶしに見ていた男達が感嘆の声を上げる。

「何をしているんだ」

 テーブルの背後から中年の男が声をかけた。ガタイのいい中年の男だ。

「あ、隊長」

 慌てて姿勢を正す。

「何でもありません。ハイマンが訓練しているだけです。はい」

「訓練とは・・・あの相手は誰だ。見かけぬ顔だが」

「さあ・・・」

 腕を組み、じっとその様子を見つめた。



「こ・・・このやろ」

 体力が尽きてきたのか膝に腕を置き、大きく息をする。

「もういいかな? 俺そろそろ店に戻りたいんだけど」

 ハイマンに近寄り、少し前かがみになって話しかけた。

 一瞬の隙が生じる。というより完全に油断している。

 掴みかかろうとする手が伸びる。

 身をそらして余裕で避けたつもりだが、僅かに指が服のボタンにひっかかった。



ビリビリビリ。



 アルディアスは呆然と破けたシャツを見下ろす。

「・・・・・・・」

 振り返ったその目つきが豹変し、猛烈な殺気が周囲を覆った。

「き・・・きさまあ。ロシュが作ってくれたシャツになんて事を・・・」

 アルディアスの表情が一変したことに驚いたハイマンが、反射的に腕を上げてガードの体勢をとった。

 直後に力の乗った拳がガードにあたる。顔面に直撃していたら大変な事になっていただろう。



 ミシ・・・。



 耳を疑った。

 何だこの音は・・・。

 腕に容赦ない激痛が走る。

 間を置かずに空いた腹部にボディブローが決まった。

「・・・ぐ・・・」

 足の力が抜ける。

 アルディアスはそのまま構わずに回し蹴りの動作に入る。



「それまで!」



 突然の声に我に返る。が、足はそのままの惰性で男の側頭部に向かっていった。

「・・・」

 ゆっくりと男は横に傾き、そのまま地面に伏せた。

「あちゃあ・・・。ハイマンがやられたよ」

「完全に延びたな。おい、水を持って来い」

 一人が慌てて走ってゆく。



 ゆっくりと近づいてくる男達にアルディアスは少々不機嫌な表情を向けた。

「あんたか? 今横槍をいれたのは」

 恐らく一番偉いであろう男が笑いながら頷いた。

「もう勝負は付いていただろう。あいつの腕も持っていかれたみたいだし」

 たっぷりの水が頭の上から掛けられる。

 驚いて見開いた目が呆然とアルディアスを見上げる。

 構わずにその胸倉を掴んだ。

「おい、俺の一張羅どうしてくれるんだ。弁償しろ、貴様の服よこせ」

「は・・・はい」

 訳がわからないまま、ハイマンは大人しく返事をした。

「まあまあ」

 慌てて立ち上がろうとしたハイマンを隊長の男が制する。

 本人は気が付いていないが体重を掛けられない腕であるのは一目瞭然だ。

「ハイマンは動くな。どのみちお前の服ではサイズが合わない。誰か私のロッカーからシャツを持ってきてくれないか」

 一人が軽く敬礼すると走り出した。

「それと、ハイマンを医務室へ連れて行け」

 唯でさえ太い腕が倍ほどに腫れあがっている。

 両脇を支えられて立ち上がると、建物の方に向かっていった。

「さて」

 改めてアルディアスに向き直る。

「俺は謝らないからな。喧嘩を吹っかけてきたのは向こうだ」

「まあそんなことはどうでもいい。あれでも私の部下だからな。軍人たるものが民間人にやられるとは。全く情けない」

「部下ね。じゃああんたには監督責任があるな。

 奴は街に来て泥酔すると相手構わず暴れるらしいぞ、街の者は皆困っている。ちゃんと監督してくれ」

 いかつい顔つきに似合わぬ笑顔で男は頷いた。

「そうか、それは済まないな。調査の後にしかるべき対処をしよう。

 ところで、私はここの小隊をまとめているノイルだ。良かったら君の名前を教えてくれないか?」

「俺はバトゥ。銀亭っていう店で働いている」

「・・・なるほど」

 にやにやとノイルは笑った。部下の怪我よりもこちらの男の方に興味があるようだ。

 丁度服を抱えた部下が戻ってくる。

 アルディアスはそれを受け取ると徐に上着を脱いだ。

 ノイルの眉が動く。

 額の傷には気が付いていた。

 だが服の下に隠れていた更なる大きな傷跡は、軍人である自分でさえ驚くものだった。

「失礼だが、君は戦の経験でもあるのか? どこかで兵役に?」

「まさか、そんな年じゃない。悪いがこの服はもらっていくぞ。じゃあ、俺仕事があるから」

「・・・ああ」

 脱いだ服を丸めて抱えると、そのまま帰ってしまった。

「隊長、何ですかあの傷は」

 姿が見えなくなってから、ようやく一人が口を開いた。

 ノイルは腕を組み、考え込んだ。

 確かに、二十歳そこそこの年齢に見える。兵役での怪我ではないようだ。

 しかも、あれは刀傷には見えない・・・。

「さあな」

 興味もなさそうに素っ気無く答えると、自分の部屋に戻っていった。

「バトゥ・・・って言っていたな」

 これは、おもしろいかもしれない・・・。