ロッド・アスフィールドの章16
消え始めた光に向かい、スーラの触手が猛烈な勢いで襲い掛かる。
振り返ったロッドはグランビークを一閃させた。
あっけなく分断された触手が何本も地面に落ちのたうちまわるが、
スーラはさして気にもしていないかのように薄ら笑いをしている。
「英雄にでもなったつもりか。だが、その行動は間違いだ。お前は時流に逆らっている」
「くどい。その言葉は聞き飽きた。俺はね、あんたらやリュー達の様に思慮深くないんでね。
この先どうなろうと知った事ではない。
とりあえず俺が今やらなくてはいけないのは、貴様をここに足止めすること。それだけだ」
「愚かな。人間風情に出来るか」
新たな触手がスーラの背から生まれる。
きりが無い・・・ってことかよ・・・。
頬が軽く引きつる気がした。
文様は未だその姿を残している。その前に立つロッドは改めて剣を構えた。
「・・・馬鹿が・・・」
間を置かずに触手が襲い掛かる。
動くことが出来ない状況で触手をなぎ払う。
(ああ、鬱陶しい。リュー! 早よ閉じろ!)
心の中で悪態を付く。
一本の触手が地面すれすれに向かってくる。反射的にロッドはそれを避けてしまった。
(やば・・・)
振り返った先には文様の光が・・・。
触手の先端が扉の光に触れた。途端に何倍のも光量が溢れる。
ぐずぐずと崩れるように触手が壊れていく。
直前に扉が閉じられたのだ。
「・・・・ふう」
安堵の溜息が漏れる。
とりあえずはやるべき事をやったという訳だ。
が、すぐに猛烈な殺気に全身に緊張が走る。
振り向いた目前にスーラの怪眼が迫っていた。
払った腕をスーラの手が掴みあげる。そのまま大木の幹に打ち付けられた。
「・・・つぅ・・・」
衝撃に顔を歪める。
「この腕が鬱陶しいな・・・」
感情のないスーラの声が耳元で囁く。
ミシ・・・
右腕が嫌な音を立てる。
「くっ・・・」
左手で腰に差してあった短剣を抜きざまに引き上げる。
スーラは笑いながらそれをかわし、触手で右腕を突き上げた。
反動でグランビークが離れ、弧を描きながら地面に落ちる。
「・・・・」
腕の自由が利かない。・・・壊れたか・・・。
「小物にしてはまあまあ楽しませてくれたが、もう飽きたな」
鞭のようにしなる触手に短剣を突き刺す。が、簡単に刃が折れてしまった。
触手は幹ごとロッドの首に絡みついた。
スーラが笑いながら顔を寄せる。
「遊びは終わりだ」
じわり・・・触手が締め付けてくる。
目の端にグランビークが見える。
(まだ、俺の声が聞こえるかな?)
剣の先端が僅かに光る。
その反応にロッドの口元が動く。
「・・・・死ね」
スーラの頭上でグランビークの妖光が煌いた。
スーラの体を光が両断する。
ロッドの目前で分断されたスーラの顔がゆっくりと左右に割れていく。
その目がロッドを睨みつけた。
《小物が・・・》
「――――!」
幾つもの触手がロッドの体に突き刺さる。
笑っているスーラの顔が砂のように崩れ始める。と、その体から霞のような物が湧き出し、空に向かって昇っていった。
「きっつぅ・・・・」
支えを無くしたロッドはずるずるとその場に座り込んだ。
静寂が森を覆う。
ロッドはぼんやりと暮れかかる空を見上げた。
「・・・ざまねえなあ・・・」
空がゆっくりと傾いた。
夕方の虫が静かに歌を奏で出していた。
長い闇をどの位進んできたのか。何も見えなかった世界がやがてゆっくりと青みをつけ始めた。
朝もやのような薄蒼い空気の中を三人は進む。
いつの間にか足元には小さな芝桜のつぼみで覆われていた。明け方のような静かな空気が漂っている。
リューが歩みを止めた。じっとその先を見つめる。
「あそこにいらっしゃいます」
草原の先に小さな東屋が見える。
リューは東屋に向かって深々と頭を下げると、徐に背を向けて来た道を戻り始めた。
「どうしたの?」
「私の役目はお二人を聖王の元にお連れすることです。ですので、私はこれで」
ゆっくりと二人の脇を過ぎる。
「リュー、君はそれでいいのか?」
足を止め、シトゥラを見上げる。暫くの後ににっこりと笑った。
「勿論ですよ」
「・・・そうか」
リューは笑いながら会釈すると、軽やかに地を蹴った。
弾ける様にリューの体から光が溢れ、広げた翼を力強く羽ばたかせる。
「・・・何処に?」
「戻っていったんだ。多分ね」
「え? だって・・・」
遠くに霞む地上とつながっているはずの空間は、その輪郭がわからないほど曖昧になっている。
地上側はもう閉じているだろう。
「多分、彼女ほどの力を持っていても、あの閉じられた空間を進むのは大変な事だろうね。
・・・いや、それよりも大変なことは彼女が自分の意思で此処から出ようとしている事」
聖王が待っている筈の東屋を見つめる。
「聖王の保護無しにこの国から出て行きていく事は出来ない。
だけど、多分彼女は此処に残っても生きていく事は出来ないんだろうな・・・」
ゆっくりと、芝桜の上を歩き出す。
「私を育てたソーマは彼女と同族の者。彼に聞いた話だが・・・。
まだ、柱神がいなかった頃、世界を支える大きな樹があった。
彼らはその樹を守る分身だったらしい。樹と共に生きていれば決して尽きることの無い命。
だけど、或る時その樹が失われてしまった。魂の拠り所を無くしたソーマ達は消えていくしかなかった。
その彼らに聖王が手を差し出したらしい・・・。
ソーマ達は個として存在は出来ない、誰かと魂を共有する命。
生命の樹や聖王ならば何の心配も無いだろうが、己より短い命であればその者に引き込まれる」
ファウラはゆっくりとシトゥラを見上げ、後ろを振り返った。
「・・・・・」
東屋の中で人影が動いた。
ゆっくりと立ち上がると、シトゥラ達に向き直る。
静かな風に、浅黄色の髪が揺れている。心なしか、妙に存在感が薄い。
「何とか、間に合ってくれたようですね」
微笑みながら聖王は二人を出迎えた。
「あなたが・・・聖王?」
ゆっくりと彼は頷いた。