アルヘイムの森2−4
「・・・そうか、助かったのか・・・」
ウィリアムは両肘を付いたまま小さく安堵の息を吐いた。
「とはいえ予断を許さぬ状況です。何とか手術は終了しましたが・・・損傷が激しすぎます」
「・・・うん。で、子供の方は話が聞けそうか?」
「暫くは無理ですね。興奮状態が治まっておりません」
「そうか・・・。
しかし・・・龍ねえ。噂では聞いたことがあったが・・・。暫くは収まっていたのだろう?
それがまさかこんな小さな国に現れるとは・・・。 対応策といっても・・・なあ。人間相手じゃないし・・・」
再び溜息を付く。
「いや、問題は地龍なんかじゃありません」
扉を開きながらヴィステラが入ってきた。
「殿下・・・」
ウィリアムと話をしていた宰相が一歩下がる。
「・・・地龍・・・? その化物の事か?」
ヴィステラは小さく頷いた。
「本来地龍は大地の精気の集まりから生まれます。
その土地を守る為に動くことはあっても、その土地に住まう者に攻撃を加えることはありません。
彼らは操られているんです。地龍よりも遥かに大きな力を持っているジュホーンに・・・。
ですからジュホーンを叩かねば何の解決もしません」
一瞬、ウィリアムと宰相の視線が交差した。
「ジュホーンといえば・・・北の森に棲む魔物の事か? ・・・ヴィステラ、お前何を知っている?」
「・・・神が施したジュホーンの封印が解けかかっています。
既に半分は目覚めた状態で地龍を操り外の世界に害をなし始めました。
その兆候は何十年も前から現れています。
先日聞いた炎の鳥の印を持つ人は、この世で唯一ジュホーンら邪神たちに抗することができる者達です。
・・・それはファウラ様の流れを汲む人々です」
「・・・・」
宰相は困惑顔だ。
「確かに・・・以前化物を倒した人物達がいたという話は聞いたことがあります。
では、彼らがその一族と?」
様子を伺うようにヴィステラは頷く。
「ならば、今一度彼らに・・・」
「いや・・・」
ウィリアムが言葉を遮る。
「そうは都合よくいかないと思うぞ。 仮にヴィステラの言うことが事実なら、彼らが我々に協力する可能性は低いはずだ。
考えてもみろ。
我々は二度も彼らを裏切っていることになるはずだ。
まあ、ファウラの件に関してはともかくとしても、四十年前の事件は私も良く知っている。
今回現れたという女性が同一人物だとしたら、彼女が積極的に人を助けようとはしなかった事も納得できる。
・・・感情はあるはずだ。 我々に好意など持つはずが無い」
「いや・・しかしあれはわが国での出来事では・・・」
ウィリアムが皮肉げに笑う。
「関係ないよ。彼らにしてみたら・・・」
「・・・・」
「彼女・・・リザードは・・・」
呟くようにヴィステラが口を開く。
「今でも泣いているんです。 ・・・恋人の復習の事しか考えていません。
でも、それでは歯が立たない。
・・・何とか協力できる術を考えないと・・・」
「・・・今の話を本当に信じるのですか?」
ウィリアムは服装を整えながら鏡越しに宰相を見る。
「ふふ・・・。 お前はどう思った? アッシュ」
「失礼ながら、余りに非現実と思えます。今日日ファウラ様の使いなど・・・。
私にはどうも・・・」
軽く笑いながら頷いた。
「私も教育係の性格が影響しているかな。すこぶる現実的な人間になってしまったようだ」
「・・・それは失礼しました・・・」
むっとしている様子に口元が緩む。
「夕食後に伺うと、司教に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
ヴィステラは窓に腰掛け、ぼんやりと夕日を見つめている。
「いかがなさいました?」
少し不満そうな顔でシェラフを見上げる。
「僕的にはきちんと伝えたつもりだったんだけど・・・。兄さんの周りの人ってどうも苦手・・・。
まるっきり僕の話を信じていない風だった」
軽く微笑みながらホットミルクを差し出す。
「まあ、無理も無いですよ。ウィリアム様の側近は皆武人ですからね」
「僕だって・・・一応『殿下』なのに・・・」
少しイジケ気味な態度を見て、シェラフが隣に腰掛ける。
「まあ・・・確かに少々軽視されている部分があるかも知れませんね。私もそう思います。
ヴィステラ様、私がこちらにお世話になるときに陛下にこういわれたんですよ。
『王という者は国という家の家長だ。決して己の感情で動いてはいけない。
場合によっては家族たる家臣達を死地に赴かせる非情さも必要。
この国に二人の王は要らない。ウィリアムには家長たる器量が備わるように教育している。
だが、それはヴィステラには不要のもの。
彼には同じものを全く別の視点から見ることの出来る価値観を与えて欲しい』とおっしゃいました。
国民がどちらの方向に向かいたいのか、とかくこの様な場所にいると忘れてしまうこともあります。
その様なときに意見できる人物になってください。
王はお一人ですが、お二人が協力なさることで私たちの生活も安泰になるのです。
ウィリアム様の周囲が強面で固められているのも陛下の配慮はなんですよ」
「・・・・」
多分、今までそんな事を考えたことがなかった。
「・・・・そうなんだ・・・」
日の暮れた空を見上げた。
「珍しいですな。ウィリアム様自らこちらにいらっしゃるとは。 あまりお好きではないのでしょう?」
相変わらず司教の前で帽子も脱ぐ様子も無いウィリアムは軽く肩を竦めただけだった。
「おやおや、司教も勘違いか。
私は単純に神仏に頼るのが嫌いなだけです。尤も、父やヴィステラの様に熱心ではないがね」
「ヴィステラ様といえば・・・」
湯飲みに茶を注ぎ、丁寧にウィリアムに勧める。
大人しく彼も席に着いた。
「・・・如何ですか? 私共にお預けいただけませんか? あの方には国政よりもこちらの仕事の方が向いているかと」
「まあ、確かに向いているでしょうね。ですが僧にする気はありません。
政治の事に口出しすべきではありませんよ司教。弟の事はご心配無く。
私はそんな話をしに来たのではありません。
・・・例の剣を」
司教の指示により少し大きめの箱が目の前に差し出される。
徐に剣を取り上げると、隅々まで丹念に観察する。
試しに柄に手をかけ、引き抜いてみる。
・・・ピクリとも動かない。
「・・・何をなさっていますので?」
「抜けんぞ、これ」
少し不機嫌な表情で振り返る。
「恐らく・・・普通の人間には無理なのではないでしょうか・・・」
「ちえ・・・まあいい。
これは私が預かっておく。もう少し調べたい」
「どうぞご自由に。ですがくれぐれもお気をつけて」