SHALONE SAGA

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フォースの章3−9




 それから暫くの後、

 ライルは街道の脇に座り込んだ。

「もう足が棒になっちゃった・・・」

 見渡す限りの平原しか視界に入ってこない。小さなため息が出る。

 暫くすると、遠くから一台の馬車がやってきた。ライルの前を通り過ぎ、少し進んだところで止まる。

「どうしたんだい?お嬢さん。こんなところに座り込んで」

 馬車の上から中年の男が声を掛ける。

「歩きつかれたの。もうずっと歩きっぱなしで」

「歩きって・・・」

 男は街道の先を見た。町からはもう大分離れている。

「方向が一緒なら乗っていくかい?」

「ありがたいけど、お金ないよ」

「構わんて。ただの荷馬車だ」

 ライルは嬉しそうによじ登った。

「ありがとう。今日はここで野宿かなって覚悟決めていたの」

「一体どこに行くつもりなんだい? こんな若いお嬢さんが一人で」

「アルザックっていう村」

 ヒューっと男は口を鳴らした。

「またえらい遠くまで行くんだな。さっきは金が無いっていっていたのに」

「そうなのよね。持金使い果たしちゃって・・」

 照れくさそうに頬を掻く。

「ふーん。大変だなあ。そうだ、俺の知り合いの宿屋で手伝いを探している。

 急ぐ旅じゃなければ暫くそこで働かないか?金が無きゃ旅もままならない。紹介してやるよ」

「えー本当? ぜひお願いしたいわ」

「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。まかせなって」

 いい人に会ったな。ライルは嬉しくなった。

 程なく小さな町に到着する。馬車はそのまま大きな建物に入っていった。

「おーい、ハックいるかい?」

 中庭の置くから中年の男が出てきた。

「おお、久しぶりじゃないか。何かいい仕事でもあったのかい? おや、何だい? その娘は」

「来る途中で会ってな、何でも旅をしているらしいんだが、金が無くてこまっているんだと。

 よかったらここで雇ってやれないか?」

 店の主人はじろりっとライルを見る。顔から足元まで視線を移動し、再びライルの顔を覗き込んだ。

「名前は?」

「あ・・ライルです」

 少々引きつりながらにっこりと笑う。

「いくつ何だい?」

「十五歳です」

 男は暫く考えていたが、不意ににっこりと笑った。随分と愛嬌のある笑顔だ。

「いいだろう、暫く働いてゆくといい」

 ライルは満面の笑みを作った。

「ありがとうございます」

 店の主人は通りかかった店員に声をかけ、彼女に食事をさせるよう指示をした。

 ライルはその男に続いて奥に消えていった。

「へえ、なかなかよさそうな娘じゃないか」

 先ほどとは違う表情で、ライルの消えた先を見ている。

「だろ? いい拾いもんしたと思ったぜ」

 店主は懐から金を出し、男に渡した。

「また頼むよ」

 にっこりと笑って男は宿屋を後にした。

「まあ、人助けだな。これも」

 言いながら何処かに消えていった。

 なかなか大きな宿屋のようだ、何人もの従業員を雇っている。ライルは酒場の掃除を指示されモップをかけていた。

「すごい店だね。私のいた村なんて宿屋すらなかったもの」

 感心しきりに一緒に掃除をしている少年に声を掛ける。

「ここだけじゃないよ。裏にもまだ建物があるから」

「へえええ」

 ライルは目を丸くした。

 その様子を少年はちらりと見る。

「何で、ここに来たんだ? 家の人に連れてこられたの?」

「違うよ。旅しているの。でもお金なくなっちゃって、暫く働かせてもらうことになったの」

「暫くって・・・」

 少年が何か言おうとしたときに、ライルはカウンターから呼ばれて行ってしまった。

「あの子・・・何も知らないのかな」

「そろそろ酒場を開くから、入り口を開けてくれないか?」

「はーい」

 パタパタと言われたとおりに仕事をこなしていた。

 店は直ぐに客で一杯になる。休むまもなく狭くない店内を歩き回る。

 先の少年も給仕をしていたが、話をしている暇は無かった。

 時折ちらちらをライルを見ている客がいる。

「初めて見る子だね」

 酔っ払いが声を掛ける。

「はい、今日からお世話になっています。よろしくお願いします」

 にっこりとライルは笑った。

「へえ、いいねえ初々しくて、で、いつから上の方に?」

「はい?」

 聞き返そうとしたライルの腕を、少年が引っ張った。

「すみません、この子は違うんです」

 愛想笑いをしながらライルを店裏に連れて行く。

「いいかい? ここの客はみな酔っ払いなんだから、相手にしないほうがいいよ」

「え?・・・ええ」

 何を言われているのか良く分からないまま、ライルは頷いた。

 ふと、店の外から彼女を確認した影があった。影はそのまま裏手の建物に向かっていった。

「ライル・・ちょっと」

 店の主人が現れ、ライルを呼び出した。

「はい?」

「このワインとつまみを隣の建屋二階の右端に持っていってくれないか?」

「はい。わかりました」

 ライルはトレーを持ち、店から出て行った。

「あれ? ねえ板長、あの子の姿がないけど」

 ライルがいないことに気がつき、少年が厨房に声を掛けた。

「ああ、今日入った娘だろ? さっき裏に呼ばれていったよ。何でも大金積んだ客が呼んだらしい」

「え? だってあの子知らないんだよ。ここが売春宿もやっているって・・・」

「まあ、親父のいつもの手だよ」

 板長は気にもせずに料理を作っている。少年は心配げに窓の外を見た。

「ま、明日になったら慰めてやるんだな」



 ライルは扉をノックした。が、返事が無い。ノブを回すと扉が開く。鍵はかかっていないらしい。

「失礼します」

 辺りを見回しながら中に入る。室内はいたってシンプルだった。大きなベッドと、ソファー、テーブルがあるだけだ。

 そのソファーの上で足を組んでこちらを睨み付けている男がいる。


「・・・げ・・・フォース」


 フォースは顎をしゃくって入って来いと指示をする。ライルは扉を閉めてトレーをテーブルに置いた。

 そのまま、テーブル脇に直立する。

「何やってんだ? お前はこんなところで」

「何・・・って。旅費が足りなくなってアルバイトを・・・」

「バイトって、ここがどういう店か知ってるのか?」

「どうって、宿屋でしょ?」

 きょとんとするライルにフォースの頬が引きつる。

「・・・・」

 フォースは立ち上がると、ライルの腕を掴んだ。

「ちょっと、何よ」

「帰れ! この世間知らずが、お前には旅なんて無理だ!」

「放してよ! あんな所に帰りたくない!」

 ライルは無理やり腕を振りほどき、フォースをにらみつける。

「あんな連中の顔なんて見たくも無い。私は誰の手も借りずに生きるって決めたんだから。

 フォースにだって口出しする権利は無いはずよ!」

「ほお、随分偉そうな口を叩くじゃないか」

 皮肉たっぷりにフォースは笑った。

 不意にライルの腕を掴むと、乱暴にベッド上に投げ出す。身動きできぬようにその上から馬乗りになる。

「ちょ・・・フォース?」

「お前がどんな世界に足を突っ込もうとしているのか、ここがどういう所か教えてやろうか?」

 少々乱暴に服を脱がせようとする。

「ちょっと! 何すんのよ!」

 ライルは抵抗するものの、フォースにがっちりと腕を押さえつけられ、身動きが取れない。

 胸元から覗く痣が、フォースを非難しているように見える。眉間にしわが寄る。

「こんなの嫌だよ! 止めてよ!」

 ライルが大粒の涙を流して声を上げた