SHALONE SAGA

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アルヘイムの森2−6




 フィシスは小さく印をきると、二人の目の前に小さな映像を映し出した。

 一つはヴィステラが知っているリザードだ。

 そしてもう一つは金髪碧眼の青年・・・初めてみる顔・・これがラファエル・・・。

 フィシスはラファエルに軽く手をかざす。

「ご存知とは思いますが、私達は結構特殊な力を持っています。それはジュホーンを始めとする邪神たちを倒すためのものです」

「倒す・・・?そもそも邪神・・・とは何だ」

「大昔の神の残骸です。それらが封印を破り表に出てくることを良しとしなかった私達の祖先はその力を後世に残しました。

 それが私達アイーンです。私達はその邪神を叩く為に、己自信を奴らと同化させないと力を発揮できません。

 ・・・つまり、今私がジュホーンの前に立ちはだかっても何も出来ませんよ。残念ながら」

「ああ・・・そう」

 フィシスたちの力を利用できないものかと考えていたウィリアムは軽く肩を竦めた。

 邪推は通用しないらしい。

「そして、この地のジュホーンに対峙するためやってきたのはこのラファエルです。

 彼は・・まあ私と同じように力のあるアイーンでしたが、残念ながら事故によりその使命を果たせませんでした。

 ・・・そしてラファエルと共にここに来たのがこのリザードです。
 
 彼女は正確に言うとこの様な使命を帯びるべきアイーンではありませんでした。

 力が弱すぎたのです。

 しかし、ラファエルの側にいたいとい意思が強かった為、私達の主であるシャルーンは彼女に力を与え、バーウェントの剣を渡しました。

 ・・・バーウェントは俗に言う聖剣ではありません。私達の祖先のアイーンが作ったものです。

 私達には扱えますが、人は選びます。」

 合点がいったようにウィリアムが頷いた。

「・・・だから、私には抜けないと?」

「ええ、無理に何かをしようとすればあなた方の無事は保障できません。扱いには注意してください」

「・・・ほーお」

「まあ、剣を調べる必要はありません。何も答えはありませんから。むしろ殿下の知りたかった事は今私が話している事でしょう?」

 まあ・・・確かにそうかも知れない・・・。

 しかし・・・。

「我々が、そのジュホーンとやらに抗する手立てがあるのか?

 今の所やられっぱなしだ。あまり他人を当てにするのは好きではないが、正直な所その彼女は我々に協力的ではないぞ」

「確かに・・・今のリザードは本来の目的を忘れています。 まあ、未熟ゆえ仕方ないという部分もありますが・・・」

「・・・それじゃ困るんだが・・・」

「大丈夫。ジュホーンを見過ごす筈はありません」

「随分確信的なものの言いようだが、現にジュホーンの操る地龍には無反応だぞ」

 軽くフィシスは肩を竦めた。

「それは同胞として申し訳なく思っています。 ですが、私たちには同化した邪神をどうしても倒さねばならない事情があるんです」

「事情?・・・」

「ええ。邪神を倒さねば私達も死ぬことが出来ないのです」

 軽く兄弟が首を捻る。

「いや・・・しかしラファエルは・・・」

「確かに、彼は倒されています。ですが、それは死ではありません。勿論生きている訳でもありませんが・・・。

 正確に言うと、邪神を倒さないと私達は人間に戻れないのです。

 ラファエルの魂は本来行くべき場所に向かえず、この世界に拘束されたまま。

 その身体はその存在すら許されずに消えてしまいました。 人としての死は彼にまだ訪れてはいないのです」
 
 一瞬だけフィシスがその視線をヴィステラに向ける。だが直ぐにウィリアムに向き直る。


「だから、リザードは必ずジュホーンの前に現れます」

「・・・・状況は判ったが・・・そのリザードとやらの力の程は?先ほどは弱いと言っていたが、大丈夫なのか?

 我々にはこの国を守る義務がある」

 少しだけ、フィシスは考え込んだ。

「正直言うと、今のリザードでは無理だと思います。それはシャルーンも承知の筈ですが・・・。

 なのに何故何もせぬのか・・・私には判りません。

 実際に私を此処によこしたのもシャルーンではなく、もう一方の柱神、聖王なのです。

 ・・・まもなくジュホーンが動き出します。
 
 奴らは馬鹿ではありません。何処を狙えば一番効果的であるかを良く知っています。
 
 この世界で言えば政治の中枢を担う人間」

「・・・つまり、我々のような立場にある者?」

「特にこちらの場合、バーウェントがありますので・・・」

 最悪な事をさらりと言う。



 ヴィステラは二人の会話を殆ど聞いていなかった。先ほどから妙に気になっていたのだ。

 ・・・・目の前に佇んでいるラファエルの映像に。

 無表情で佇むその姿に引き込まれる。
 
 一瞬、その顔がヴィステラに向かって笑いかけた。

「・・・え?」

 その声に二人が振り返る。

「どうした? ヴィステラ」

「・・・これ・・・動くの?」

 不思議そうにフィシスが首を傾げる。

「唯の映像よ、絵と同じ。動くわけないでしょ」

「・・・・」

 納得できずに視線を戻すが、ラファエルの表情は元に戻ったまま動きそうに無かった。

「今回は少々勝手が違うゆえ、私達もジュホーンの様子を伺っております。

 あなた方に手出しはさせません。

 しかし、奴が封印より出ない限り、我々も手出しが出来ないのが現状です。

 何かお話できる状況が発生したらまた伺います。

 バーウェントはくれぐれも手放さずにお近くに置いておいてくださいね」

 フィシスは立ち上がると大きく伸びをした。

「もし、可能性として、バーウェントが奴を呼び寄せるなら、我々の手元に無いほうが安全なんじゃないか?

 少なくとも、真っ先に私達が狙われる可能性は下がるはず」

 確かに・・・尤もな話だ。

「残念ながら、そうもいきません。ここにはジュホーンを呼び寄せるものがもうひとつありますので・・・」

「何だ?・・・それは」

 話をすべきか・・・一瞬考え込んだが、フィシスは軽く笑っただけだった。

「すみません。それは確信がないので・・・。 では、私はこれで」

 ゆっくりとフィシスの姿が揺らぎだす。

「もし宜しかったら今度ゆっくり食事でもどうですか? あなたともう少し話がしてみたい」

 意外なウィリアムの言葉に驚いたフィシスだが、直ぐに満面の笑みを作る。

「素敵ね。でもそれは次の機会に」

「期待してますよ」

 その姿は完全に闇に消えた。

「・・・」

 心配そうに見上げるヴィステラの頭に軽く手を置く。

「まあ・・・避けて通れぬって事だな・・・。全く・・・厄介なことだ」

 言っている内容の割には妙にその表情は楽しそうだ。





 フィシスの言っていた「間もなく」という時間の尺度は、通常の時間の尺度ではないのか・・・。

 緊張感を持って構えていた二人だが、喪が明ける日が近づいてくると、慌しさでその意識が薄らいでいった。

「ようやく一歩前進かな・・・」

 受け取った親書に目を通しながらウィリアムは小さく呟いた。

「ガルトの国王がようやくこちらにも目を向けたというのは大変喜ばしい限りですが・・・大丈夫でしょうか」

「まあ、ここ暫くは物騒な地域もないし、大方暇つぶし程度にしか考えてないだろうな。 構わないさ、私は小さなきっかけでもね」
 
 親書を机にしまうと席を立った。

「戴冠が終わってから会談に向かう。悪いが調整を頼む」

「はい、どのようなカードを提示するつもりで?」

「・・・内緒だよ」

 話をしながら自室を出た。


 人気のなくなったウィリアムの部屋で、壁際の戸棚がうっすらと発光を始めていた。

 ・・・誰も、気が付くものがいない。


 ・・・いや。


 ヴィステラは顔を上げると、しきりに周囲に目を走らせた。

「何だろう・・・。胸が・・・気持ち悪い」

「どうしました?」

 心配げにシェラフが覗き込む。

 小走りに中庭に面したバルコニーに近寄る。

 階下に目を走らせると、丁度兄が側近達と歩いている姿が目に入った。

「・・・兄さん?」



「無謀な賭けをするつもりは毛頭ない。安心しろ」

「しかし、ガルトの大御所はかなり難解な相手です。慎重を期さないと・・・」

「お前からそういう言葉を聞くとはな・・・アッシュ、お前は・・・・?」

 ウィリアムの足が止まる。

 
 通路の先に黒い物体が蹲っている。


 ゆっくりとその塊が頭をもたげる。

 金色の双眸がウィリアムを捕らえた。

(・・・・まさか・・・)

「何者?」

 侵入者と思ったのか、アッシュが前に立ちはだかる。

「下種に名乗る名はない。 どうだ小僧・・・バーウェントの使い道・・・決まったか?」

「・・・・」

 塊はゆっくりと立ち上がる。

 今までの事件から想像するに、如何なる化物なのか考えていたウィリアムだが、

目の前にいるのはそれとは大きくかけ離れていた。