SHALONE SAGA

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フォースの章3−13




 ライルは小高い丘の上から、町並みを見ていた。

「これが・・・アルザック? 村って聞いていたけど、結構大きいのね」

 フォースも無言で眺めていた。自分が知っている村とは随分様相が変わっている。

(五十余年分の月日か・・・)

 フォースは手綱を引くと、ゆっくりと丘を折り始めた。

 ライルは終始きょろきょろと辺りを伺う。フォースはさっさと宿屋に入ると、荷物を降ろし始める。

「さあ、ここが君の目的地だ。後はどうしようと自由にしな」

「え・・・ここでお別れ?」

 軽くフォースは笑った。

「前にアウトサイダーを倒した村があったろう。あそこの村長と話をつけた。お前の気が済んだらそこに送っていく。

 それまでは付き合ってやるよ」

「・・・・」

 荷物を部屋に運び終えると、ライルはとりあえず宿の主人の所に向かった。

「あの・・・すみません。人を探しているのですが・・」

「はいはい何ですかい?」

 人のよさそうな主人が顔を覗かせる。

「え・・・と。名前は判らないんですけど、こういう絵に見覚えありませんか?」

 言いながら自分の痣を写した絵を見せる。

「ん・・・悪いけど知らないなあ」

「そうですか、どうもありがとう」

 ライルは紙を持ったまま外に出た。

 町を行く人々を見つけては声を掛けてみるが、誰もライルの期待に応える反応はしてくれなかった。

「何だ・・・くれば直ぐに判るかと思ったのに・・・」

 広場で休もうと歩いていると、ふと、車椅子に座っている老人の姿が目に入った。

 情報は老人の方が多く持っている筈だ。

「あの・・・おじいさん。ちょっと聞きたいのだけど」

「・・・」

 老人はライルの方を見ずにただぼうっと正面を見ている。

「耳が遠いのかな。おじいさん?」

 通りがかった婦人がライルに気が付いて近寄ってきた。

「お嬢さん。キース爺さんに何言ってもだめだよ。とうの昔にぼけちゃったからね。大先生、こんにちは」

 ぽんぽんと老人の手を叩く。

「ここはお気に入りの場所らしくてね。天気のいい日は自分でここまで来てあの木を眺めているんだよ」

 言いながら広場中央の木を指差した。

「昔は遠くの村まで名の通ったお医者さんだったんだけどね・・・。

 今はこんな状態。あの木は何か大切な思い出があるんだろうね・・」

「そうなんですか・・・あ、そうだ。すみませんこの絵に心当たりありませんか?」

「さあ・・・知らないけど」

 老人の視界にもその絵が写ったのだろうか、震える指を持ち上げて、先ほどの木を指差した。

「どうしたんだい? じいさん」

 婦人はその手を取ると、ひざ掛けの中にしまった。

・・・結局何の収穫も無かった。

 暮れかかる空の中、ライルはとぼとぼと宿に戻った。フォースはのんびりとワインを飲んでいる。

「どうだい?」

「・・・だめ、何も判らなかった」

 さりげなくワインに手を伸ばす。軽くフォースが手を叩いた。

「・・・ケチ」

 そのままバスルームに消えていった。

 あれから随分長い月日が経っているのだ。自分を覚えている者などいるはずがない。

 フォースは窓の外を見た。

「随分変わっちまったな・・・この村も」

 ポツリと小さな呟きを漏らした。



 一週間経っても、成果は変わらなかった。恐らくこの町の人間殆どと話は済ましてしまったようだ。

「何で・・・折角ここまできたのに」

 先ほど公安に行って十五年前に生まれた子供がいないか、その前後に村から離れた人間がいないか確認してみたが、

 自分につながりそうな人間は見当たらなかった。

 何故あの時アウトサイダーはアルザックの名を出したのだろう。

 あの化け物は自分がそこに住んでいるはずだと言っていたのに・・・。

 通りの隅に腰掛け、大きくため息をついた。


 バタバタバタ


 周囲がやけに騒がしい。女性の悲鳴を聞いてライルは顔を上げた。  

 振り向くと、目の前に馬の足が見えた。

 何が起きたのか、気がつくと、路上に倒れていた。左腕がやけに痛い。

「だ・・・大丈夫か?」

「おい、この子をすぐ医者に」

 村人の一人に抱き上げられると、町外れにある医者につれて行かれた。

「軽い打撲ですよ。一週間もすれば治ります」

 若い医師はにこやかに笑った。

「申し訳ない。痛みはどうだい?」

 馬主であろう男が心配げに覗き込む。

「大丈夫、私もぼうっとしていたから」

「どちらにお住まいで? 御家族にお詫びしないと」

「私はここの人間じゃないですよ。旅をしているんです。連れは宿屋にいますが・・・」



 キイー


 扉の開く音にライルはそちらを向いた。

「あら、あのおじいさん広場の・・」

「ああ、祖父です。お帰りなさい」

 老人はこちらを見ようともせずに奥に行こうとする。

「大先生の具合はどうなんです?」

 馬主の男が医師に声を掛ける。

「相変わらずですね、体のほうは元気なのですが・・・」

 ライルは何気なく二人の会話を聞いていた。


 カラン・・・


 扉の端に車椅子が軽く当たり、老人の手元から何かが落ちた。それは転がりながらライルの足元で止まる。

 それを拾って老人の方に歩いていった。

「おじいさん、落としましたよ」

 手渡そうとして、その視線が手の中ものに釘付けになった。

「これ・・・」

 くすんでいるものの、そこにはフェニックスの紋章がくっきりと浮かび上がっていた。自分の痣と寸分の違いもない。

「おじいさん、これ、何処で手に入れたの?」

 ライルはかがみこんで老人を見つめた。

「・・・」

 応えはない。

「ああ、それは形見ですよ。祖父の母の・・・。私からしたらひいおばあさんですが・・・。

 この家系ですから、やはり医者でね。結構評判だったらしいいですよ」

「・・・ひいおばあさん?」

 そんな昔の人間が、自分に関係あるのだろうか・・・。

 髪や目の色も全く違うこの一家に自分が関係あるようには思えない。

「その・・・ひいおばあさんの事もう少し詳しく教えていただけませんか?」

「とは言ってもね・・・。祖父が結婚する前に亡くなったらしいし・・・。祖父にとっては自慢の母親だったみたいですね。

 こんな時代に女手一つで育ててくれたって、良く言っていました。そうだ、久しぶりに墓参りにでも行きましょうか?

 もうすぐ命日なんですよ。いつもは両親がおじいさんを連れて行くんですが、生憎遠くに行っていますので。

 最近はおじいさんも調子いい様だし、たまには私が連れて行かないと」

「ぜひ、連れて行ってください」

「ええ、いいですよ。賑やかな方がおばあさんも喜びます」




 宿屋に戻ると、フォースは左手の包帯を見て驚いた様だ。

「どうしたんだ?」

「馬に・・・蹴られた」

 フォースは方頬を引きつらせると、背中を向けた。僅かに肩が震えている。ライルは膨れっ面で水を飲んだ。

「あ・・・俺明日は出掛けているから」

「仕事?」

 返事がない。振り向くと、まだ笑っていた。

「別にいいわよ。私も出てるから」

「ふーん。よく続けるよな。いい加減諦めたらどうだ?」

 ふふんっとライルは鼻で笑った。

「い・や・だ」

 それだけ言うと、つまみのチーズを口に放りながら、体を洗いに行った。

 ふと、フォースの表情が沈む。大きな溜息が口から漏れる。

 心が乱れる。キースが広場にいたことに気が付いていた。彼がずっと眺めている木も覚えている。

 忘れるはずがない。

 キースの結婚式の時に、フォースはそこからずっと見守っていたのだ。

 未だにそこにフォースが現れることを信じて待っているのか?

「俺はどうすればいいんだ・・・ライル、教えてくれよ」

 このまましらを切った所で、彼女が何時諦めるか見当がつかない。

「やっぱり、言うべきなのかな・・・」