SHALONE SAGA

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フォースの章2−1




 街には奇妙な雰囲気が漂っている。

 安堵の心と緊張感。

 それが、今路上を歩いている一人の男の為だとは・・・。


 一歩足を踏み出す度に、少し長めの黒髪が揺れる。・・・いや、良く見ると深い緑色をしている。

 藍色のコートに身を包み、まるで影の様に歩いて行く。

 彼を目で追う人々の瞳には畏怖と憧れ、そして恐怖が同居していた。

 そんな事をまるで気にする風でもなく、男は一軒の建物に入っていった。

 店かと思われるが、カウンター越しに事務をしている初老の男が一人だけ。

 他には幾つかの事務机が置いてあるだけだ。老人の他に人影はない。

「御苦労だったな。これは約束の金だ」

 カウンターの上に老人が硬貨の袋を置く。かなりの大金だ。

 コートの男は無言で受け取ると、懐にねじ込んだ。

「今の所、他に情報は入っていないようだが・・・いつまでこの街に?」

 男はふっと笑った。

「心配するな。今すぐ出て行く」

 老人の顔に、あからさまな安堵の色が出る。男は踵を返して公安事務所の扉を開けた。

 昼の日差しが眩しい。

 男は小さな溜息をつくと、事務所脇につないである馬の方に歩き出した。


 パタパタパタ。

 小さな足音が向かってくる。まだ幼い少年だ。

「お兄ちゃん」

 男は足を止めて振り返った。

「父ちゃんの仇取ってくれてありがとう」

 少年はあどけない笑顔で小さな包みを差し出した。

 じっと少年を見下ろしていた男は、しゃがみこむとその包みを受け取る。

「すごく美味しいよ」

 焼けたバターのいい香りが漂う。

「・・・ありがとう」

 男は表情を崩してにこやかに笑いかける。冷淡そうな雰囲気からは信じられない表情だ。

「名前・・・教えてくれる?」

「俺はフォースだ」

 通りの向こうでは少年の母だろうか、心配げな表情でこちらを伺っている。

「もう行きなさい。お母さんが心配しているよ」

「うん」

 少年は勢い良く走り出したが、途中で立ち止まると、振り返る。

「ありがとうフォース! 忘れないよ」

 精一杯手を伸ばして元気良く手を振る。母親がその手を取り、何やらしかりだした。

 フォースは軽く笑うと、包みから菓子を一つ取り出し、口に頬張った。

 馬の手綱を解き、跨ろうとしたときに、再び、近寄ってくる者がいた。

「あの・・・賞金稼ぎの・・方ですよね」

 振り返ると、中年の男が立っている。フォースの鋭い視線に一瞬たじろく。

「そうだが・・・」

 ほっとしたように胸をなでおろした。

「間に会いましたか・・・ぜひ、お頼みしたい事があります」

「依頼か?」

「まだ、確定はしてませんが、恐らく・・・」

 何とも形容し難い複雑な表情に、フォースの目が鋭く光った。





 がらんがらん。

 扉についているベルが来客を告げる。

 店の主人は犬の頭をなでていた手を止め、顔を上げた。

 少し暖かくなった風と共に、前身黒づくめの男が入ってきた。

「・・・らっしゃい」

 無愛想に立ち上がると、カウンターの上に置いてあった宿帳を示した。

「何泊で?」

「解らんがとりあえず一週間程」

 男はさらさらと自分の名を宿帳に書いた『フォース』と。

「商用ではなさそうですな・・・どのような用件で?」

「まだ解らん」

 主人はいぶかしげにフォースを見た。

「ひょっとしてあんた賞金稼ぎか?」

「まあ、そんなところだが」

 家の主人は肩を竦めた。

「ここの村じゃ珍しくもない。医者なら三つ程行った通りの角だよ」

「・・・?」

「あの先生も腕が良いのは認めるが、あんた達みたいな人間の面倒見るとは全く困りもんだな・・・いいかい?

 この村で変な事したらあの先生にまで迷惑がかかるんだ。その辺り良く留意してくれ」

「あ・・・ああ」

(医師・・・ねえ)

 どうやらこの村にははぐれ者にさえちゃんと面倒を見る医師がいるらしい。

 賞金稼ぎのような仕事を生業にしている者はとかく嫌われやすい。

 当然医師も余程のことが無い限り治療などしてくれない。

 門前払いか、足元を見られるかだ。

 ・・・それにしても、医師とは。

 フォースにとってはただならぬ感情を呼び起こさせる職業だ。

 店の主人は鍵をカウンターの上に置いた。

「念の為前金を払ってくれ。あんた達は信用できない」

 フォースは懐から何枚かの紙幣を取り出した。

「一週間分払っておこう。長引きそうならまたその時に。それと、これは迷惑料だ」

 宿代と同額の紙幣を差し出した。途端に主人の顔が明るくなる。

「ほお、あんた達の中にも礼儀をわきまえている者がいるんだな」

 地方によっては賞金稼ぎというだけで門前払いをくわす宿屋は少なくない。

 いや、むしろその方が多い。

 フォースは軽く笑いながら鍵を受け取った。

「部屋は二階の一番奥ですよ」

 背中に主人の声を聞きながらフォースは階段を登った。

 ・・・あの笑い顔がいつまで続くのかね。そんな事を考えながら部屋の扉を開けた。

 部屋は六畳程だろうか、粗末なベットと小さなテーブルが置いてある。

 フォースはコートを脱いで椅子に引っ掛けそのまま窓まで近づいた。

 窓からは村の家々が良く見える。

 少し遠くにある広場では小さな子供達が遊んでいる。

 フォースは懐から何枚かの書類を取り出した。何人かの人の名前が記されていた。

「さーて、何処からつついたらいいもんだか・・・」

 小さく溜息をついた。