SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−9







 もし、何処かで異変があれば、その報告が来ているはずだ。

 アルディアスは急ぎ城に戻ると、そのまま本宮に向かう。

「親父は?」

「今日は公務がありませんので本宮からは出ていないかと」

 アルディアスの様子に驚いた警備兵が戸惑いながら答える。

「何処からか、知らせは届いていないか」

「今日は何も」

「そうか」

 少し早足で部屋に向かう。



 キンッ・・



 一瞬だけ耳鳴りを起し、足を止めた。

「何だ?」

 周囲を見回すが、何も変化はない。静かなだけだ。

 静かな・・・?

 そういえば、本宮に入ってから人の姿を見なかった。

 元々一家の生活空間のため人気のあまりない所ではあるが、それにしても警備の姿も見えない。

 誰の姿も見えないまま扉の前まで辿り着いてしまった。ここにも人の姿は無い。

 中の気配を探りながら軽くノックをする。

 ・・・返事が無い。

 左手でグランビークの感触を確認した。

「アルディアスです。入ります」

 開いた扉の隙間からまず目に入ったのは、少し怯え気味の目をしながら振り返ったリシの姿だった。

「・・・・」

 ゆっくりと室内に目を移す。

 正面のデスクには父と、直ぐ隣に母の姿があった。

 表情は硬いが、特に異常は無いようだ。

 右手の壁を背にしているリシも大丈夫。

 そのままゆっくりと視線を落とす。

(なるほど・・・)

 人気が無かったのはこのためか。床に、何人もの兵が倒れこんでいる。

「ほう、結界の中に入ってこれる者がいるとはな。これは驚いた」

 聞き覚えのない声が左手の窓の近くからした。

 アルディアスは室内に入りその声の主が見えるところまで進む。

「誰だ? 貴様は」

 細い、切れ長の瞳が一層細くなる。

 ゆらゆらと揺らめいている顔、髪、そしてその姿。

 まるでモノクロの写真のようにうっすらと影の様な姿が窓際近くに佇んでいた。

 揺らめく姿のその向こうに外の景色が写る。人間でないのは明白だ。・・・だが、何故ここに?

「人ごときに問われるいわれはない。それより、お前は知らぬか? アルウェントラーズの入口を」

「・・・何だ? それは」

 じっとその影がアルディアスを見つめる。心の内面を見透かしているようだ。

「そうか。お前も知らぬか。おかしいのお、確かにこの辺りから奴の気配を感じたのに・・・。

 仕方ない、他を当たるか。・・・お前達から得られるものは何もなさそうだ。消えろ」

 影が一瞬にして崩れ消えた途端、猛烈な殺気がアルディアスに向かってきた。

「兄さん!」

 軽く身を屈め、グランビークを抜き放った。

「!」

 気配が一気に広がり、先ほどの窓に凝縮する。

「・・・これは・・・面白いものを持っているな。グランビークとは・・・。お前が、メディウスを殺ったのか」

 驚きの表情は一瞬で消え、直ぐににやりっと笑う。

「まさか人間ごときに仕留められるとはな。だらしの無い事だ。 だが、私はそうは行かぬ。残念ながらこれは本体ではないんでね。

 その剣、大切に持っていなさい。後で拾いに来よう。そんな危なっかしいものを野放しには出来ないのでな」

 ゆっくりと影が薄らぐ。


 再び、軽い耳鳴りが起こった。


 どうやら先の者が作っていた結界が消えたようだ。

 アルディアスは倒れこんでいる兵士に近寄る。反応は無い。既に絶命している。

「アルディアス、今のは一体何だ? 例の北の魔物か?」

極度の緊張感から開放された父が脱力しながら問いかける。

「いや、違う。だけどメディウスと同じ種族の奴だろう」

「何と、あんな者が他にもいるというのか?」

 頭を振って立ち上がると、溜息を付きながら腕を組んだ。

「沢山いる。それこそ山ほどね。だけど、何故ここに? まるで何かを探している風だったな」

「アルウェントラーズの入口を探していると言ってましたね」

「ああ、だが聞いた事がない」

「兄さんの知り合いの方々はご存知でしょうか」

「アイーン・・・ね。聞いてはいないが確かに連中なら知っているだろうな。 ・・・ああ、くそ。この前ロシュが来ていたのに」

 そうそう簡単に遊びに来るとは思えない。

 いや・・・ちょっと待て。

 影が封印を破っているなら既に彼らは動き出している筈。それが何故・・・。

 窓際に近寄り考え込む。




 不運な被害者が運び出されるのを見送ってから、両親達も部屋を後にした。

 目の前で起きた出来事に精神的に参ったようだ。

 部屋に残されたのはアルディアスとリシのみ。

 相変わらず考え込んでいたアルディアスがようやく顔をあげ、グランビークを腰から抜き床に置く。

「お前、理由を知っているんだろ。だからここに来たのか?」

 剣は何も反応しない。

 剣に話しかける不思議な状況に、リシが近寄ってくる。

 それを手で制する。

「・・・グランビーク。命令だ。アイーンを呼べ」

 ゆっくりと剣が青白く光り始める。

 一本の光が立ち上がると、そのまま天井を突き抜けて伸びていった。

「兄さん・・・これは」

 光が突き抜けている天井を見上げていたが、ものの数分も立たないうちにその筋は弱まりやがて消えていった。

 呆然とおろした視線が正面に戻った瞬間大きく見開かれる。

 二人の目の前の空間が歪み始めている。

 リシの脳裏に、朝方の影が現れた記憶が蘇り、体が膠着する。

「・・・へえ、結構素早いじゃん」

 アルディアスの落ち着いた口ぶりで我に返った。これは、兄が予想している状況なのだろう。

 空間の歪みは次第に縹色の服を身にまとった男の姿となった。

 つばの無い帽子に真直ぐな黒髪。涼やか・・・というより少々冷たささえ感じる目元。

 胸元のローブに金糸の鳥が描かれている。

 ・・・見覚えがある。一度だけその姿を見たことがあった。

 アルディアスが国を出るときに迎えに来ていた人物の一人・・・。


 くっくっく。


 不意にアルディアスが含み笑いをした。

「なーにが起きたのか、一発で判っちまう姿だなあ。・・・カイ」

「いたしかたあるまい。これが現実だ」

 そう言って笑うカイには左目が無かった。左目があったであろう場所に残る大きな傷跡。

「やたら切れ長の目をした男がやってきた。・・・あれは影だな」

 残る右目が細まる。

「ほう、こんな所にか。名はルーディア、遥か南方に埋もれていた者だ。 だか、奴が来た割には然程の被害も無いようだが・・・」

「本体は来ていない。奴の思念だけだ。尤も何人か気を当てられて持ってかれちまったが・・・。

 奴は、カイを半殺しにして姿をくらましたって所か・・・」

「まあ、そうだ。今、ロシュとシガールが必死に痕跡を追っている。

 ここに思念を飛ばしたという事は、案外近くにいるかも知れないな」

 カイは目を閉じると、何かを考えるように軽く頭を傾げる。

 気配を探っているのか・・・。

「見つけ出してどうする?」

 アルディアスの問いにうっすらと目を開く。

「勿論。仕留める」

「出来るかよ。あんたをそんなに無残な姿にした奴だろ? 返り討ちにあって終わりじゃないのか?」

「だからといって逃げ出すわけにも行くまい。私が駄目なら次の者が継ぐだけだ」

「・・・・」

 随分と達観した言葉だ。

 アルディアスはうっすらと口元に笑みを浮かべたままカイを見上げる。

「なあ、アルウェントラーズ・・・って何だよ」

「・・・」

 軽くカイの眉が動く。

「ルーディアはそれを探しているらしい。アルウェントラーズの入口をね。そうだったよなあ」

 言いながらリシを振り向く。

 うんうんとリシは首を縦に振った。

「この辺りから気配を感じると言ったんだ。奴の目的はどうやらそれらしい。

 ということは奴の本体は間違いなく此処に来る。つまり俺たちにとっても他人事じゃないって事だ」

「・・・なるほど、奴はそれを探して世界中を彷徨っているわけか・・・。

 何故ルーディアがこの地にそれを察したのかは判らぬ。だが、彼らの目的は彼の扉の先にあるということか・・・」

「どういうことだ?」

「アルウェントラーズは一つの世界。この世の物ではない。人からしてみれば、いわば黄泉の国というところだ。

 それは今、固い封印に閉ざされ何者も寄せ付けない。

 かつて一人の柱神により作られ、支えられていた国。だが、その柱神も今はいない。

 果たしてその先に今だ国という形態があるのかすら我々は知らない」

「何で・・・それがこの国と関係あるのか?」

「アルウェンの主である柱神は、その一族の頂上に立つ者。彼は最後にシャルーンに与し命を絶たれた。

 我々の祖先をセーラムに導いたのも彼だ。

 そして、彼は私達の力を影と抗するものにする方法を知っている。時がくればそれを伝えると言い残している。

 私は、メディウスがその機会だと思っていた。だが・・・」

 アルディアスは両肩を竦める。その結末は本人が一番良く知っている。

 「実際そんなものは無かったって事か。だよな、俺達はぎりぎりの状態で何とか奴を倒したんだ。

 今次の影が現れているのに、その気配はなし・・・。しかもあんたらはそんな状況」

 ゆっくりとカイは頷いた。

「何か、不測の事が起こっているのかも知れない。

 ルーディアがここに目をつけたということは、何処かしらに聖王の痕跡があるのかもしれない」

「・・・聖王?・・・」

 アルディアスの眉が不審げに潜む。

「ああ、アルウェンの主にして、御神の第一子」

「・・・」

 そんな、不確かな情報を頼っている彼らが気に入らない。

 ふと視線を移すと、暮れかかる窓に自分の姿が映っていた。

 やるか、アルディアス・・・。というか、今はそれしか方法がないだろう。

 窓に映る自分が話しかける。


「カイ」


 アルディアスは剣を持ち立ち上がった。

「行こう。ルーディアを倒しに」

「はあ?」

 その言葉にリシが驚く。

「何を言っているんですか。何で兄さんが」

 振り向くと、にやりっと不敵に笑う。

「あったりまえだろ。このグランビークを使えるのは俺だけなんだ。俺が行かずに誰がルーディアを倒す?

 それに奴は間違いなくここに来る。他人事でもなさそうだ」

「それは・・・そうですが・・・でも」

「それにもう一つ!」

 ドン! と剣を床に立てた

「リシ、此処にはもう俺のやるべき事はない」

「・・・」

 反論しようとしたが、言葉が見つからず、リシは黙り込んでしまった。

 クスっとカイが笑う。

「その気持ちはありがたいがな。平和ボケしている貴様の腕を当てになどしていないよ、我々は・・」

 カイの言葉をさえぎるように、アルディアスは身を屈めながら剣を抜き放った。

 容赦なくカイの体を二分する剣筋だったが、鞘を引きそれを受け止める。

 カイの口元が僅かに緩む。

 すぐに剣を引き、一歩下がって身構える。

「ふん、まだまだやれると言いたいのか」

 カイが応じないと判ると、つまらなさそうに剣を収める。

「だが、駒が足りないのは事実だろうが。こいつは俺に戦えって言っているんだぜ」

「・・・・」

 カイの視線がリシに向く。

 その視線が何を考えているのかは一目瞭然だ。

「以前とは状況が違う。私はルーディアを探しに行く。何かあったら状況位は伝えよう。 万が一、こちらに現れたら、グランビークを使って私を呼びなさい」

 ゆっくりとカイの姿が薄らぐ。

「・・・判ったよ」

 外の景色は夜に紛れ何も見えなくなっていた。

 アルディアスは無言で部屋を出た。