SHALONE SAGA

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ロッド・アスフィールドの章12




 ナガルはそのまま家路に着いた。

「占術師・・・って言っていたな。ロッドさん達に何かあったんだろうか・・・」

 公邸に勤め始めて知った事がある。

 前の領主は国から命じられて、ファウラ・アスフィールドを探していたことを。

 その覚書には、速やかに城に連れてくるよう指示があった。

 どういうつもりでそれに従わず、そのままローダンに置いていたのかは知るすべも無いが、

 彼女の事を都の誰かが知っていたのは間違いない。再びその行方を追っているのか?

 それとも、既に彼女達は城に?

 あまり係わりにならない方が良さそうだ。いずれにせよ自分がどうこう出来る問題でもなさそうだ。

 顔を上げると、近づく家の前の暗がりに人影が見える。

「・・・?」

「あ、若。お帰りなさい。お待ちしておりました」

「どうしたの? 心配するほど遅い時間じゃないけど」

「客人がお見えになっております。外出していると伝えたのですが、待たせていただきたいとの事で・・・」

「客?・・・」

 滅多に無いこと。しかもその様子から見知った者ではなさそうだ。

 コートを脱ぎながら応接の扉を開く。

 部屋の中央のソファーに人の姿があった。

 濃緑の長い髪を背で束ね、背中を向けて座っている。まだ若そうな男だ。

 人の気配に気が付き、軽く顔を向けて立ち上がった。

 緑の瞳がナガルを捉える。見た感じは年の差は余り無さそうに思える。

 だが、その顔に全く見覚えがない。

「留守中に申し訳ございません。あなたがこの家の主で?」

「・・・ええ」

 探るようにナガルは答える。

「グランビークを追って此処に辿り着きました。あなたが剣士なのですか?」

「・・・」

 警鐘が鳴る。剣の所在を知っているのはロッド、リュー含め三人のみの筈。

 ナガルは慎重に口を開いた。

「おっしゃる意味が良くわかりませんが。一体何の話でしょうか。失礼ですが、あなたは?」

 ナガルの警戒に気が付いたのか、男は急に笑顔を作って少し大げさに手を広げた。

「おお、これは失礼しました。あまり人と接した事がありませんので礼儀が判りません。

 私はシトゥラと申します。

 ファウラという名の女性を探しに此処に来たのですが、どういう訳か所在がわからなくなりまして、

こちらの方から僅かにグランビークの気配がしたものですから、何か判るのかと思い伺った次第で・・・」

「シトゥラ・・・あなたが・・・」

 一度だけ聞いた名だ。去り際にロッドが口にしていた。

 ファウラと同じ世界の人間。いや、神の領域にいる存在・・・。

 この、何の変哲もないにこにこ笑っている青年が・・・。俄かに信じられない。

 リュー達にしろファウラにしろ何処と無く通常の人間と違う雰囲気を持っていたのだが、この青年は限りなく普通に見える。

「・・・? 私をご存知で? では、あなたが?」

 ナガルは首を振った。

「私はグランビークはおろか、駄剣すら扱えません。あなたの話は少しだけ伺ったことがあります。

 そう、グランビークの主であった人に」

 その言い様に何かを感じ取った。

「過去形・・・なのですね」

 そう遠くない昔を思い出し、ナガルは頷いた。

「彼の名はロッド・アスフィールド。ファウラさんの兄上にあたる方です。恐らく、今も彼女を守り、側にいるはずです」

「側に・・・ここにはいないという事ですか。ですが、グランビークは此処にありますよね。

 彼は剣を手放したということですか?」

「・・・・」

 ナガルの少し困惑した表情は、話す内容を吟味している様だ。シトゥラの眉がひそむ。

「何が、あったのですか?」 

「・・若」

 軽いノックに続き、家人が顔を覗かせた。

 扉に向かったナガルに耳打ちをする。

「判った。皆は家の中にいてください。私が対応をします」

 家人が頭を下げて奥に向かった。

「余り芳しくない客が来ました」

「芳しくない?」

「正直に言います。この国はあなたやファウラさんにとっていい環境とはいえません。

 あなたがこの地にいることは、どうやら本国でも判っていた様で、この家の周囲は既に固められているようです。

 今から家の扉を開けますが、御自分の判断次第で逃げてください。グランビークは隣の離れにあるレイティ像の足元にあります。

 それを持ち、ファウラさんの所に向かってください。申し訳ございませんが居場所は私もわかりません」

 シトゥラにはその意味が良くわからない。

「逃げる・・・何故?」

「すみません。時間がありません。突入される前に扉を開けます。私は家人を守らなければなりませんので」

 良くわからないまま、シトゥラは頷いた。

 ただ、ナガルの緊迫した雰囲気だけは感じ取っていた。

 玄関の扉を開けると、幾つもの松明の明かりが目に飛び込む。正面には中年の女性が立っていた。

「都からの使者と伺っておりますが、こんな時間に一体何のご用件で?」

「この方は王室付の占術師 スーラ様だ。無礼無きように」

 隣の従者が口を開く。

「それは失礼致しました。到着は明後日と伺っておりましたので。領主の公邸はこの先です。此処は違います。

 私もそちらで勤務しておりますので、宜しければ案内致しますが」

 軽く占術師は笑った。

「五年前に消滅したファウラ・アスフィールドの気配と同じものをここから感じる。

確かお前は以前にも係わっていたと聞いているが、ここにいるのか? ならばすぐに呼びなさい」

 わざと思い出すように首を傾げる。

「ファウラ? まあ、私は従兄妹ですから勿論彼女を知っていますが、生憎この五年全く連絡を取っておりません。所在も判らない次第で」

「ふむ。嘘は言っていないのは判るがな。・・・では何故この家から大きな力を感じる? そこの男、お前は何者だ?」

 顎をしゃくる先にシトゥラの姿があった。にこやかに彼は笑う。

「意味がわかりませんが。一体何の話ですか?」

「彼は遠方から訪ねてきてくれた友人です。ファウラとは関係ありませんが」

 占術師は軽く手を上げた。

「まあ、何処の誰かなんて事はどうでも良い。取り合えず一緒に来ていただこうか。オーウェン、お前もだ」

 兵士が二人を取り囲む。

 一瞬、シトゥラの目に光が走ったが、ナガルの様子を見て瞳を閉じた。

 大人しく指示に従う事にしたらしい。

 ナガルは無言で占術師を見つめた。

 ・・・こいつか・・・。

 都でファウラの存在を知っていた人物。しかし、シトゥラの正体を知らぬということは、影、ではないらしい。

 家の中から心配げに覗く顔に笑顔で答えて、ナガル達は家を後にした。



 驚いたのはローダンの領主も一緒だった。

 先ほど帰ったばかりのナガルがまるで罪人のように連行されてきたからだ。

「い・・・一体何があったのですか?」

 スーラは二人を別室に連れて行くように命じて、コートを脱いだ。

「オーウェンは男を匿っていたために連行したまでだ。用が済めば自宅に戻す。尤も彼の協力次第だがな」

「お・・男って、彼は何者で? 犯罪者ですか?」

 差し出された水を一気に飲み干す。

「そんな小物ではない。何としても手に入れなければならぬ男だ。この屋敷の人間は全て退去しなさい。勿論領主、あなたもだ」

「・・・」

 一体何をしようとしているのか、領主は呆然と立ち尽くした。




「何か、厄介なことに巻き込んでしまったようですね。申し訳ない」

 格子越しに外を眺めながらシトゥラは話しかけた。

「いや、抵抗せずに大人しくしていただいて助かりました。おかげで家人は無事のようですし。

 それに、私はこういうの初めてではないので大丈夫です。気にしないでください」

「初めてでは・・ない?」

 にっこりとナガルは笑った。

「時間が無くて詳しい話が出来ませんでしたね。

 ロッドさんとファウラさん、私の父は共に兄弟でした。私達は親類なんです。

 当時、ファウラさんの素性とその力を知った国は、彼女を利用するために我々の家族を殺害し、彼女を拉致しました。

 ロッドさんはこの公邸に捉えられていたファウラさんを救うために、私と天使のリューと共に此処に乗り込んだのです」

「それで、捕らえられたと?」

 少し照れくさそうに笑った。

「まあ、そういう事です。

 ・・・一つ、お願いがあります。ファウラさんが例えどんな状態であったとしても、ロッドさんを責めないでください。彼は立派な人間だと思います」

 小さく頭を下げる。

「心配しないでください。あなたを通じてみるロッドは誠実な方のようです。今、彼がファウラを守っているのでしょう? 大丈夫です。

 それよりも、我々の状況を何とかしなくてはいけませんね」

「まあ、それはそうですが・・・。先ほども言いましたが、場合によっては逃げてくださいね」

「此処から出るくらい大した事でもありません。ですが、少し様子を見てみます。

 心配には及びません。私とファウラは同じ血統のものですが、属性が違います。

 むしろあなたが心配です。何かありましたら私から離れてください」

「・・・」

 にこやかに笑うシトゥラであるが、一抹の不安が走る。属性が違うって・・・どういう事だ。

「二人とも、出てきなさい」

 外からの男の声と共に扉が開いた。