SHALONE SAGA

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フォースの章2−4




 いきなり腹の上に荷物を落とされて、フォースは目を覚ました。

 人が近づいていたのも気づかずに熟睡していたらしい。

「賞金稼ぎがそんなんでどうするの? 寝首をかかれるわよ」

 ライルが明るい顔で覗き込む。フォースはもそっと起き出した。

「どうせ何処の店もあなたに食事出してくれないと思っていたけど、まさか宿屋まで追い出されていたとはね。まだ寒いでしょうに、こんな所で野宿して」

 荷物は食料だった。フォースは膝の上に広げる。

「別に珍しい事じゃないさ。人を殺したかも知れない奴を泊める宿屋の方が珍しい」

「・・・」

 ライルは少々不機嫌にお茶を出した。

「・・・で、どうするんだい? これから。村から出てゆくのか?」

 フォースは茶を飲みながら振り返った。正直、クラークがそこにいる事にも気づいていなかった。

「勿論、まだ残るさ。この位の事、慣れている」

「一体何の為に? 貴様がここに残る事に何のメリットがあるんだ?」

「・・・」

「肝心な事は企業秘密らしいわよ。ねえフォース、家に来ない?

 患者用のベットあるし、ここで野宿するよりいいと思うけど」

 この言葉には、フォースよりクラークが絶句した。

「何言ってんだ! ライル」

「だって、野営用の道具もろくにないじゃないの」

「いや、だめだそれは。き・・・危険すぎる。・・・そ、そうだ。だったら俺の家に来い。

 家なら俺とお袋の二人きりだ。そうしろ! その方がいい!」

 大分慌てたようにクラークはまくし立てた。

 きょとんとした表情で、フォースとライルはクラークを見た。フォースは心の内を察したらしい。

「随分、愁傷な事を言うな」

 冷ややかな笑みを浮かべ、フォースは言った。

「・・・ふん」

 少し顔を赤らめながらクラークはそっぽを向いた。



 ライルを家まで送った後、クラークとフォースは馬を並べて帰路についた。

「始めに言っておく」

 クラークがフォースを睨みつけながら話し始めた。

「別に、お前に同情しての事じゃないからな。ライルがあんまりお前の肩を持つから仕方なく泊めてやるんだ」

 フォースは無言でクラークの方を見た。

「彼女にあまり甘えすぎるなよ。この村で唯一のお前の味方なんだ。下手な事もするな。ただじゃおかないからな」

「・・・賞金稼ぎに喧嘩を売っているのかよ」

「ああそうさ、お前が何かしでかしたら、負けると解っている喧嘩でも俺は売るぜ」

「・・・」

 フォースは小ばかにするように一瞥すると、すぐに前方を向いた。



「ここが俺ん家だ」

 クラークは村はずれにある小さな家にフォースを案内した。広い庭には沢山の野菜が作ってある。

 隅々にまで手入れが行き届いている様から、その畑を作った人物の几帳面さが伝わってくるようだ。

 ふと、その奥にある小さな建物が目に付いた。

「あっちは?」

「ああ、あれは馬小屋だよ」

「俺はあそこでいい」

「何だよ、人が折角客人扱いしてやろうというのに、まあいいや。その方が正直俺もありがたい」

 クラークは軽く肩を竦めて馬小屋に向かって歩き出した。

 馬小屋には物置代わりの中二階があり、雨露を凌ぐには十分な広さがある。

 軽く荷物を寄せ、横になれる程度のスペースを作る。

「何か必要なものがあれば言ってくれ。持ってくるから」

「いや、べつにいい」

 ふと、馬小屋の奥にいる馬に気がついた。フォースはゆっくりと近づいて行く。

「そいつは足を悪くしちまってな、現役はとうに退いているんだ」

 フォースが傍に来ると、馬は嬉しそうに嘶き、顔を摺り寄せてきた。

 フォースの表情が少し穏やかになる。

「何だい、お客さん連れてきたと思ったら、こんな所で」

 納屋の扉を開けて、クラークの母であろう人物が入ってきた。

「あ、おふくろ。突然で悪いが暫くこいつをここに泊めてやってくれ。名前はフォースだ」

 フォースは馬をまとわり付かせたままお辞儀をした。

「あれあれ、何処かで見たハンサムさんと思ったら、昨日の賞金稼ぎかい。どうしたんだ?

 宿屋を追い出されたのか?」

「まあ、そういう訳よ」

「ふーん。でも初対面で家のクロスが懐く様ならそんなに悪い子じゃあなさそうだね。私は構わないよ」

「手数を・・・かけます」

 フォースは年配の者に対しては礼儀正しいらしい。

 クラークは少し不満な様だ。



 クラークは朝早くには家を出て、村の鍛冶屋に向かう。

 息子を送り出すと、母は食事の支度を持って納屋にやって来た。

 しかし、フォースの姿が見当たらない。


 ブルルルル・・・。


 庭の方で馬の鳴き声がする。そちらに歩いて行くと、欅の木の下にフォースが座っていた。

 そのすぐ側でクロスが草を食んでいる。

「感心感心、早起きだねえ。まるでそうやっていると何処かの修行僧みたいだ。とても賞金稼ぎとは思えないねえ」

 言いながら朝食を足元に置く。

「それにしても、自分では良う歩かなかった子が、こんな所まで来るなんて。随分あんたが気に入ったみたいだね」

「・・・・」

 フォースは顔を上げて老婆を見た。

 彼女はにこにことフォースを眺めている。

「・・・この馬はまだ動きたがっている」

「そうかい」

 笑いながら母は母屋に戻っていった。



「おはようおばさん」

 家に戻った時、丁度ライルが訪れた。

「あら先生。どうしたんだい? こんなに朝早く」

「昨日クラークが連れてきた人いたでしょ? 様子見と食事をと思って」

「あら、少し遅かったわねえ。食事なら今さっき届けたよ。でも、何で先生が?」

「私が保証人だからね。彼の」

「ふーん。そうなんだ。まあ食事くらい気にしなくていいよ。一人分位ついでに用意できる」

「ありがとう。御免なさいね、迷惑かけちゃって」

 ライルの言葉に一瞬何かを感じたが、すぐに笑顔を作った。

「どうだい? お茶でも飲んでゆくかい?」

「ええ、喜んで」


 ブルルル・・・

 馬がフォースに顔を寄せる。

「そう急ぐな。俺は治癒能力がないんだから。そう慌てたら直るものも直らないよ」

 フォースは笑いながらポンポンと叩く。なだめられても馬は不機嫌だ。

「さて・・・と」

 フォースは立ち上がると、自分の馬に跨って何処かに出掛けた。

「あら、お出かけのようだね」

 窓の外を見ながら母が言った。ライルは慌てて立ち上がり、扉を開いた。

「ちょっとフォース、何処に行くのよ」

 フォースはちらりとライルを見ただけで、無言のまま門をくぐっていった。

「全く・・・本当に無愛想なんだから」

 文句を言いながら扉を閉める。

「何かの仕事でこの村に? 治療目的以外に賞金稼ぎが関係するようなものは何も無いはずなのに・・。

 それなのに追い出されようとしてもこの村にいるってのは不思議だねえ」

「何も言ってくれないのよ。フォースは全部終わってからでないと口にしない性格だから」

 ライルの言葉に母は首を捻った。

「性格って、先生あの子の知り合い?」 

 ライルは気まずそうに口を押さえた。

「・・・知っているんだね」

 ばつが悪そうに、床を向く。

「別に悪い事じゃないんだろ。私はどう見てもあの子が賞金稼ぎなんて柄ではないように思えるんだ。

 決して悪い子ではないと思うよ。まあ、クロスにはそれがすぐ解ったらしいけど」

 窓越しに、先程まで嬉しそうにフォースの側にいた馬が、とぼとぼと納屋に戻って行くのが見える。

「あのこはいい子だよ。少なくとも平気な顔で人殺しをするような人間じゃない。年を取ればその位判るよ」

「・・・十年前、私の生まれた村にやってきたんです。

 アウトサイダーにさらわれた村長の娘を助け、瀕死の村長の命を助けてくれた。

 彼はずっと恐怖に怯えていた私の村を救ってくれたんです」

 十年前というと、今のフォースから伺うと、ほんの少年の筈だが・・・。

 母は首を捻ったが、苦しそうなライルの言い方にそれ以上の追求は止めた。

「別に彼はお金の為に賞金稼ぎをしている訳ではないんです。彼にとってそれが一番だった。

 それが、周囲の目に自然に映る方法だったんです。

 でも・・・当時の私は賞金稼ぎがどういうものか良く解らなくて、安易にその道を勧めてしまった」

「ライル・・・」

 老母はやさしそうに笑みを浮かべながら、空になったティーカップにお茶を注いだ。