SHALONE SAGA

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フォースの章2−7




 何かの動く気配を察して、クラークは目を覚ました。

 クロスが忙しなく動いている。扉の開く小さな軋み音が耳に届いた。

(あいつ・・・何処に行くつもりだ)

 フォースが出て行くのを待ってから、クラークは後を追った。

 日が昇るまでにはまだまだ時間がある。

 フォースは闇に溶け込んでいるかのように村の中心部に向かっていた。見失わぬように必死に続く。

 早足で歩いていたフォースの足がぴたりと止まった。驚いて家の影に隠れる。気づかれた様ではない。

 フォースは軽く屈むと、軽やかに近くの家の屋根に飛び乗った。

 その高さに目を見張る。

(すご・・・)

 そのまま立ち上がると、じっと前方を見つめる。

 フォースの姿は闇にまぎれ、殆ど判別がつかない。気配まで絶っているかのようだ。

 そこから何かをしようという訳でもないらしい。ただじっと前方を見つめている。・・・一体何を?

 クラークは顔を覗かせてそちらの方を向いた。

 フォースの視線の先、そこには恐らく村の中で一番大きな屋敷があった。・・・村長の家だ。

(村長に何の用だ)

 家の窓は光も灯しておらず、皆寝付いているようだ。その屋敷の扉が開き、幾つかの影が出てくる。

 影の数は五つ・・・いや六つか。影は四方に分かれ、周囲の家に向かっていった。

(あの家はジェニーん家とこのカスターか・・・それとリフ・・コナンの家は二人。あれ? ゲイブか?)

 ゲイブの家は公安事務所になっている。

 玄関の常夜灯がゲイブであろう人物の姿を照らし出した。

「・・・・!」

 一瞬、自分の目に映っているものがクラークには信じられなかった。

 ノブに手を伸ばした手には水かきが付いていた。

 衣服は着ているものの露出している肌は常夜灯の光でぬめぬめと反射している。

 服の上に乗っている頭部はおおよそゲイブとは遠くかけ離れていた。

 頭髪が一本もなく代わりに背びれのようなものが付いている。

 鼻は潰れ、嘴のように平べったく大きな口がせり出している。

 その姿を、クスコーの村に向かったロジャーが見たのなら、出会った化物と同じだと解ったであろう。

 カサリ。

 小さな震えが、壁の蔦を鳴らしてしまった。

 ゲイブである筈の生き物が振り向くのより先に、フォースが反応した。

 化物達がクラークのいた場所を振り返った時にはもうその姿は無かった。



 何が起きたのか、クラークには全く理解できなかった。

 次の瞬間に視界いっぱいに広がっていたのは自分の家の納屋だった。呆然とクラークは跪いた。

「な・・・何だ? 何でここに?」

 フォースは冷ややかな目でクラークを見下ろしている。

「それよりもフォース、今のは何だったんだ? ゲイブの家に入ろうとしていたぞ・・・それに・・・連中は村長の家から・・・」

 フォースは自分の荷物の中から書類の束を取り出し、クラークに渡した。

「これは・・・身元照会要請書? カスターにリフ・・・コナン夫妻にゲイブ・・・だって? 一体どういう・・」

 日付はどれもバラバラだ。

「ゲイブの日付は確か・・・会合で都に行っていた時だな」

「都で発見された変死体のものだ。再三に渡って引き取りの依頼は出ているらしい。

 まあ、珍しい事では無いがな。これらの遺体は既に都で処分されている」

「はあ? じゃあ、今まで俺たちが会っていたゲイブは?・・・一体何なんだ?」

「・・・今さっき確認したばかりだろう」

 確かに・・・だが、納得しにくい。

「し・・・しかし・・・一体何の為に?」

「そこまでは俺も知らない。だが、連中はこの村を乗っ取ろうとしているのは明らかだ。

 一人ずつ、地道に餌食にしてな」

 クラークははっとして顔を上げた。

「ロジャーが、この前実家に・・・」

「彼は大丈夫だ。既に手は打った」

「そう・・・か。なあ、このまま・・・この村は化物に占拠されるのか?」

「そうならない為に、俺が来たんだ」

「・・・賞金稼ぎは依頼で動くんだろ? フォースは誰かに依頼されたのか?」

「それはノーコメント」

 フォースは軽くあしらい、自分のベットにもぐりこんだ。





 日中の光の元で見るゲイブはいつもと変わらないようだ。

 昨夜の出来事が俄かに信じられなくなる。

 鳥達が当然のように二人の周囲に集まりだした。


 ・・・そういえば、ゲイブが来た時は慌てて飛んでいったよなあ。

 動物の勘って奴か?こいつらには正体が見えているのかなあ。


 ぼんやりとそんな事を考える。

 不思議そうな顔をしているクラークに、フォースはにやりと笑った。

「いいものを見せてやろう」

 言いながらもらったばかりの笛を取り出すと、軽やかに吹き始めた。

 広場にいた人々が、ふと動きを止め、音色の出所を探し出す。

 それがフォースと知って少々驚きの表情を見せるが、その音色の美しさに表情を和らげ、じっと聞き入る。

 だが、その中の数人はあからさまに不快の表情を湛えた。人に気づかれぬ様、さり気なく窓の扉を閉める。

 昨夜影が向かっていた家々だ。

 皆が聞き惚れている中、二人に近づく姿があった。クラークの表情が引き締まる。

 ・・・ゲイブだ。

「一体何のつもりだ?その不快な音を出すのは止めろ」

・・・不快? ゲイブは不快と言ったのだ。

 フォースは笛の音を止め、ゲイブを見上げた。

 僅かに口元に笑みを浮かべながら。

 ゲイブの後方で小さな拍手が響いた。まだ幼い少女が満面の笑みで手を叩いている。

「ブラボー賞金稼ぎ。上手いじゃないか」

 何処かの窓からフォースに声がかけられる。ゲイブはチッと舌打ちするとその場から去っていった。

「ただの笛の音なのに・・・」

 呆然とクラークはゲイブの後姿を見送った。





「村の祭りまで一週間切っちまった。明日からは皆で準備にかかるんだ。

 ・・・なあフォース、この村の出身者も帰省するんだが大丈夫だろうか?」

 クラークは納屋の窓に腰掛けながら、相変わらずクロスの相手をしているフォースを振り返った。

「奴等の狙いがこの村だけなのか、それともここを拠点にするつもりなのか、

いずれにせよ祭りが始まるまでには邪魔者は処分するだろうな」


 処分・・・。


 ゴクリっとクラークは生唾を飲み込んだ。

 その様子を見て、思わずフォースは笑ってしまった。勿論クラークは気がついていない。

「明日は俺の側にいないほうがいい」

「何故だ?俺がビビるとでも思っているのか?」

「勘違いするな。俺の事を敵と思っているのは連中だけじゃない。下手をしたらこの村全体が俺の敵にまわる。

そうなった場合に、とばっちりを食らう人間がいるってことだ」

「・・・ライルか?」

 ゆっくりとフォースは頷いた。

「最初に俺の肩をもったのは彼女だ。彼女は君と違ってここの人間ではない。あらぬ疑いをかけられるかも知れない」

 確かに、それはあるだろう。

「ちょっと待てよ、何でフォースがその事を知っているんだ?」

「今日俺は連中を挑発した。恐らく明日にでも行動をおこすだろう。 君は診療所にいてくれ。そして何があっても中の連中を外に出すな」

 クラークの問いはあえて無視した。

「フォース?」

「約束できるな」

 何処かしらいつもと違うフォースの様子に少々戸惑う。

(そういえば・・・)

 ライルと接していいた時のフォースを思い出す。

 僅かな違いかも知れないが、何となく自分と話すときより穏やかな様子だった。感情も幾ばくか感じられる。

 まるで昔から知った仲であったように・・。

 無意識のうちにそれを察したクラークは、フォースが宿を追い出されたときに、彼女の代わりに寝床を提供したのだ。

(だが・・・)

 どう見ても目の前の青年は二十歳そこそこ。ライルは十年近くこの村から出ていない。

 勿論、フォースがこの村に来たのは初めてだ。十才近くも年の離れているこの二人の関係とは・・・?

「お前・・・」

「約束できるな」

 畳み掛ける様にフォースが言う。

「・・・解った」

 フォースは安心したかの様に軽く笑顔を作ると、床に入った。





 朝、クラークが目を覚ますと既にフォースは寝床から消えていた。

 外から母の笑い声がする。

 出てみるとフォースと母が並んで庭先に立っていた。

「クラークごらんよ。クロスが」

 母の声につられて顔を向ける。

「・・・走っている」

 もう駄目だろうと獣医もさじを投げていたのに、静かに死を待つだけだった馬が、生き生きと走っている。

 クロスは楽しげにフォースの馬と戯れていた。

「信じられない。年まで若返ったみたいだ」

 フォースは心地いい風を感じながら穏やかに笑みを浮かべていた。