SHALONE SAGA

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フォースの章2−8




 二人はいつものように村の広場に顔を出した。

 すぐに鳥達がまとわり出す。

「なあ、あの六人を片付ければ、それでこの村は助かるのか?」

「小者をいくらやっても意味がない。大元を叩かなくては」

「大元・・・親玉がいるっていうのか? その目星はついているのか?」

「まあね。大方の予想は。もう少しで解るところだったが、この前誰かさんに邪魔されてしまったのでね」

「・・・」

 さり気なく周囲に気を配るが、連中の姿は見えない。

「何処に行っているんだ? 連中は」

 穏やかな日が差しているが、二人の周囲だけは奇妙な緊張感が張り詰めている。


《・・・来い。》


 誰かがフォースの心の中に話し掛ける。

《・・・キサマの為に特別な罠を用意してやったぞ。その罠に飛び込まねば、次々と村人が殺されるぞ。》

 フォースは素知らぬ顔でその声を聞いている。

 バサササ・・・

 フォースの目が怪しげに光る。

 鳥達が一斉に羽ばたいた。ゆっくりと立ち上がる。

「奴らが・・・動き始めた」

 クラークの全身に緊張が走る。

「行け」

「何か・・・彼女に伝える事は?」

 クラークはフォースの背に声をかける。

「・・・世話になったと」

 それだけ言うと、フォースは走り出した。

 角を曲がるのを見届けてからクラークも走り出す。





「あらクラーク。どうしたの? 怖い顔して。フォースは?」

 クラークは何も言わずに椅子に腰掛け、看護婦が差し出したコーヒーを一気に飲み干した。

「クラーク?」

「・・・あいつの話をしてくれないか?」

「フォースの? ・・・貴方は何かを知ってしまったの?」

 クラークは笑いながら首を振った。

「何も知らないよ。あいつは何も言わなかった。ただ君に世話になったと言ってくれと・・」

 ライルの顔から笑顔が消えた。一瞬心配そうな顔をドアに向けた。しかし、すぐに向き直る。

「驚いたな」

「・・・え?」

「すぐに飛び出すかと思った。あいつが心配じゃないのか?」

「・・・行って、危ないから止めろと言うの? 危険な事はしないでくれと?そんな事言えないよ。 フォースを止める資格なんて私にはない」

「先生?」

 助手と看護婦が顔を見合わせる。

「誰も手出しはできない。邪魔になるだけだもの」

 どうしようもないと言った風にライルは肩を竦めた。

「前にも同じような事があった。

 フォース一人だけをアウトサイダーに向かわせたと知った私は、村の皆の静止を振り切って後を追った事がある」

・・・やはり、知っていたのだ。

「結果、私は足手まといになっただけだった」

「奴は、いつも一人で戦っているのか? こんな風に?何の為にさ。そんなに金が必要なのか?」

 ライルは軽く首を振った。

「彼にとって賞金稼ぎは単なる手段にすぎない。目的はアウトサイダーの殲滅。

 説明しても信じてくれないと思うけど・・・本当にそれだけの目的なの。

 戦う事が目的であり、彼自身のためでもある」

「・・・でも先生」

 助手が割ってはいる。

「あの人はどう見ても先生よりずっと若く見えますが。私とさほどの違いも無いように・・・」

「カルは、幾つだったけ?」

「もうすぐ二十一になります」

「・・・」

 ライルは優しく笑ったままそれ以上口を開こうとはしなかった。

 クラークはじっとその横顔を眺める。





「・・三つ」

 フォースはため息と共に小さな呟きを口から漏らした。 

 頭の中では例の声の主が高笑いを続けている。

 町じゅうに巧妙に隠れたアウトサイダーは一体何体いるのだろうか。恐ろしい程の気配の数がする。

 人前に現れられる容姿の者ではないようだ。まだ人と同化していない者達がいつの間にかこの町に終結していた。

 ・・・町の人々は気がついていない。

 物陰に隠れ、通りすがりの者を舌なめずりしながら機会をうかがっている。

 フォースはそれらを一体一体確認し、人々に気づかれぬ様始末する。気が抜けない。

 張り詰めた神経が少しでも途切れれば、それは誰かの死を暗示する。


 親玉は何処にいる? 何処からか指示を出している筈だ。周囲に気を配りつつ探りを入れる。


「・・・四つ」

 少年を襲おうとしていた化物を背後から切りつける。

「?」

 微かな気配を感じ取った少年が振り返った時には、僅かな砂が風に舞っているだけだった。

《お前達の弱点は圧倒的な数の問題だな。一人で戦うには限度がある》

「・・・五つ」

 声の主は自分の駒が失われるのを全く気にしていない様だ。

「ふん、貴様などには俺一人で十分だ」

《無駄口を叩く時間があるのか?》

 新たな気配を感じ、フォースはその場から姿を消した。

 次に現れた場所に、村人の姿は無かった。代わりに十体ものアウトサイダーが出迎える。

《いつまでその減らず口がたたけるのか》

 一斉に襲い掛かるアウトサイダーより素早い動きで二体を仕留める。

 次の動作に移る瞬間、強烈な思考がフォースの頭に飛び込んできた。

 ――― 誰かが襲われている!

「ちぃ」

 初めて焦りの表情が浮かぶ。もはや体裁を繕う場合ではなさそうだ。

 フォースは小さく舌打をすると、掌に現れた光を一斉に残りのアウトサイダーに放つ。

 絶叫が響く中、フォースの姿は消えた。



「あ・・・あ」

 少年はその場から動く事が出来なかった。

「まいったなあ。これは予定外の事態だ。まあいい、フィニッシュが少し早まっただけだ」

 少年の手からボールが転げ落ち、コナンの足元に転がる。その側には異形の者が三体。

 軽くコナンが手を振ると、三匹の化物が我先にと少年に襲い掛かった。

 異様に大きい牙を剥き出し少年の咽喉下を狙う。

 が、その牙は獲物を捕らえられなかった。

 ずる・・と化け物の首が地面に落ちる。同時に他の二匹も体を両断されていた。

「間に合ったかな」

 重力を感じさせない動作で地面に降り立った瞬間、地面を蹴りコナンの前に立ちはだかった。

 剣先はその首元を狙っている。じわり・・・額から一筋の汗が流れた。

「親玉は何処にいる?」

 コナンの顔が崩れだし、その下から異形の顔が現れる。しかし、その口元は不敵に笑っていた。

「さあな・・オレガイウワケナイダロウ・・・ミロ、ウシロヲ・・・」

 鋭い視線を後方に飛ばす。そこには先に切り捨てたアウトサイダーの腕が少年に深々と突き刺さっていた。

 フォースは一気にコナンで在ったものを切り捨てると、崩れ落ちる少年を受け止める。

 掌に念を集中させ、少年の傷口に一気に放出する。



 頭の中では高笑いが響いていた。

「きゃああああ! ウィル? ウィル!」

 建物の影から女性の甲高い悲鳴が聞こえた。しかしフォースに振り返る余裕はない。 

 女性の悲鳴を聞きつけ、通りのあちこちから人が集まってくる。

 風化してしまったアウトサイダーの姿は既に無い。

 そこには少年を抱え、傷口にじっと手を添えているフォースの姿だけだった。

「何やってんだ。このやろう!」

 不意に肩をつかまれ、動いた顔面に思い切り力のこもった拳が打ち据えられた。

 たまらずにその場に崩れる。フォースは動かない。

 いや動けない。急速な虚脱感に教われ、力が入らない。ようやく腕を使って体を起す。

 フォースから離された少年は大柄な男の腕の中にいた。

 意識は無いようだが、その顔に死相は無い。小さく安堵の息を漏らす。

「大した傷じゃないようだな、ともかく診療所に連れて行こう」

 母親を促し、男はその場から立ち去った。

 ・・・大丈夫、後はライルが何とかしてくれる。

 体を支える腕が小刻みに震える。ふと意識が遠のきそうになった瞬間、腹部に激痛が走った。

 「これでもう言い逃れ出来ないだろ」

 フォースの腹を蹴り上げた男は、満足そうに笑っていた。

(全く・・・人前だと思って)

 カスターという男の顔をかぶったアウトサイダーは嬉しそうに笑った。

「こいつを縛り上げろ」

 誰かの声が遠くで聞こえた。