SHALONE SAGA

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レーンの章1


「びぃえええええぇぇぇ!」


 大きな泣きが辺り一帯に響き渡る。

「なに! どうした?」

 エプロン姿のロシュフォールが飛び出し、地面に突っ伏している子供を立ち上がらせた。

「ほら、転んだ位で泣かない! 男の子だろ?」

 泥まみれになった顔を擦りながら、少し恨めしげな緑の瞳がロシュフォールを見上げる。

 歳はまだ三歳位か・・・緑髪のよく似合う少年だ。

「あれ? リキュールはどうした? あんたの面倒頼んでいたのに」

 その姿を探して辺りを見回すが、残念ながら視界に人の姿は入らない。

「にーちゃどっかいった。一人で遊んでろって・・・」

「・・・全く、この忙しい時に・・・仕方ないなあ・・ほら、おいでレーン。特別にキッシュの味見をさせてあげるよ」

 途端に満面の笑みを作と、ロシュフォールに抱きついた。

 
 ばっりーん!

 
レーンを抱えて家に入ろうとした途端、今度はすぐ脇にある窓を破壊しながら何かが飛び出していった。

「・・・・・」

 ロシュフォールの顔が引きつっている。レーンは静かに地面に降りると、ゆっくりと後ずさった。

「くぉっらー! ガキども! 何しやがる!」

 ロシュフォールの剣幕に恐れをなしたか、小さな人影が二つ、外に出てきた。

 金髪に碧眼の少年と黒髪にブラウンの瞳を持った少年だ。まだ、7、8歳位に見える。

「ステイにロット! 大人しく手伝いするってお母さんに約束してたでしょ! 何なんだ? これは!」

「うっせーな。手が滑っただけじゃん」

 ステイと呼ばれた金髪の少年が少し斜に構えた風に口答えする。

「・・・・」

 ロシュフォールの反応を見たロットが軽くステイのわき腹を小突く。

 面倒臭そうにステイは腕を組んだ。

「この位でいちいち騒がなくても良いじゃん。 だからヒステリーって言われるんだよ、おばさん」

「・・・・」

 ロシュフォールはゆっくりと腕組をし、ふうっと息を整えた。

「確かに・・・君の親は私と同い年だけど・・・ステイ、あんたにおばさん呼ばわりされる筋合いはない。

 二人とも、この窓を完璧に直すまで食事抜き。ちゃんと元通りにしなさいよ」

「えー! 何だよそれ! 児童虐待じゃないか」

「黙らっしゃい! それだけ口が達者な奴が何を言う!」

 不満げな二人に大人げなく舌を出す。


「随分・・・賑やかですね」

 突然声を掛けられ振りかえると、先ほどまで人の気配の無かった背後にバレンティノが佇んでいた。

「あら、随分珍しい人が来たわね。 何年ぶり?」

 小さく会釈をする。

「今日はまたどうなさったのです? ロシュ殿が子供達の面倒など見て・・・」

 珍しい風景を見たという表情でロシュと子供達を眺める。その反応にロシュの眉が軽く動いた。

「皆総出で畑仕事。 仕方ないから私が保母代わり」

「しかし・・・リベティ殿の姿も・・・」

 辺りを見回すが、ロシュ以外の大人の姿が無い。

「ああ、そうか。 バルは知らないんだっけね。 リベティ今出産中だよ。 一昨日から陣痛始まって今苦しんでいる最中。

 だから他の母親達もかり出されてんのよ。 

 全く、自分の親が大変だってのに、このガキどもったらちっとも大人しくしていない」

 言いながらステイの頭を小突く。

「いってーな! 別に僕が心配したって意味ないじゃない。 それに、大変だと思うけど心配する必要なんて無いし」

「・・・・へえ」

「・・・・ほう」

 少し驚いた様にバルの目が細まる。

「ロシュ殿は気がつかれているので?」

「・・・まあ・・・ね。 あたしもアイーンのはしくれだ。この子達の潜在能力位は判る。 もう少し成長すればあたしのピークなど軽く超えるだろう。

 それも、この子達だけじゃないからね。・・・末恐ろしい、とでも言うべきかしらね」

 ロシュフォールにしては珍しくまっとうな話し方だ。 

「ところで、バルは何の用でせーラムに? 暇つぶしに立ち寄る、っちゅう性格でも無いでしょうに」

「ああ、そうですね。 リキュール殿に会い来ました」

「リキュール? さっきまで弟の面倒みていた筈だけど、サボってどっか行っちゃったよ」

 レーンがエプロンの袖を軽く引っ張った。どうやら空腹に耐えられない様だ。

 軽く笑いながら抱き上げる。

「良かったら一緒に食べていく?」

「いえ、私は大丈夫です」

 バルはにっこり笑い、神殿の方向に向かって歩いていった。

 そういえば・・・。

 バルが何かを口にしたところを見た事がない。

「昔からいるから気にもしてなかったけど・・・バルって・・・一体何者なんだ?」

 今更ながらに疑問を呈するロシュフォールだった。

「おばさん、腹減った。メシ」

「・・・・・・・・・」

 険しい顔つきで振り返ると、得意満面なステイが仁王立ちしている。

 その頭上にある窓はいつの間にか完全に元通りになっている。

「完璧だろ?」

 チッ。

 心の中で舌打ちする。

「全く・・・可愛げがない」





 神殿の裏手には広い庭が広がっている。大きな木の根元で少年が本に埋もれていた。

 11、2歳位に見えるが持っている本がやたら大きい。

 レーンの兄だけあってよく似た外見ではあるが、表情は年相応無く落ち着いて見える。

「こちらにいましたか・・・。随分勉強熱心な事で」

 顔を上げるとバルがにこやかに笑いながら近づいてくる。

「早かったね。そんなに大きな念を飛ばしたつもりはなかったけど」

「その様子だとご自分の器量が良く判っているようですね。カイ殿達に気づかれない様にできたのは大したものです。

 ・・・で、私に何の御用で?」

 リキュールは本を閉じると小さくため息をついた。 

「うーん。一通り目は通したんだけど、どうしても判らないことがあってね」

「一通りって・・・ここの蔵書に目を通したのですか?」

 驚いているバルだが、リキュールはその事には関心がないらしい。

「だから・・・本当の事を聞きたかったんだ。本物のシャルーンの事をソーマに」

「・・・・・・・・」

 バルの眉が潜む。

 何故、その名を? アイーンには伏せてある筈。アルウェンによく訪れるカイすら知らぬ事。

「リキュール殿・・・あなたは一体・・・・」

 リキュールはにっこりと笑う。まだあどけなさの残る愛嬌たっぷりの笑顔だ。

「その質問は答えられない。僕は自分が何者かは知らないから。

 けれど、ソーマの事は知っている。生命の樹のいきさつもろもろもね・・・」

「・・・・・・」

 一体どういう事? 目の前にいるのは普通の少年に見える。・・・いや、彼がアイーンの能力を持っているのは明白、

しかもかなりの潜在能力があるだろう。

 しかし、だからといってこの世界の始まりを知っている理由にはならない。

 ありえるとしたら・・・・。

 バルはゆっくりと頷いた。

「わかりました。そのあたりの説明は私より詳しくできる方がいます。アルウェンにお連れしましょう」

 軽くリキュールの目が細まった。





 アルウェンの地に降り立つも、リキュールの視線はバルから離れなかった。

「そんなに珍しいですか? この姿が」

 大きな翼に長い銀髪をまとわりつかせる天使の姿に圧倒されているようだ。

「あの・・・・私の事知っているんですよね」

 念のために確認する。まさか、こんな子供にカマをかけられた訳ではあるまい。

「知っているのと実際に体験するのは違う。僕は知っているけど何も経験していない」

「・・・・・・」

 相変わらず訳がわからない。

 いつもの東屋に向かうと、珍しく正装している聖王の姿があった。

「よく来たな」

 すべてが判っているかのように聖王が笑う。

 リキュールは初めて見る聖王に軽く頭を下げた。ソーマ程驚く外見ではない。いたって普通の人に見える。

「・・・・で、俺に何を聞きたいんだ?」

 唐突に聖王が質問をする。

「対処方法を考えたい。万全を期す為に・・・・。

 その時に考えたのでは上手く対処することができない。だから、僕はすべてを理解しておく必要がある」

 聖王は満足げに頷いた。

「よろしい。君は自分の役割を知っている。

 ・・・ソーマ」

 意味が解らず立ち尽くしていたバルが慌てて顔を上げる。

「彼を暫く預かるから、その旨をご両親に伝えておいてくれ」

「・・・・・・・は?」

 少し意地悪い目をした聖王がバルを振り返る。

「聞こえなかったか? 彼を此処に置いておくと言ったんだ」

「いや・・・待ってください、リキュール殿の父親って・・・・・」

「シガールだが・・・それが何か?」

 少しニヤついた目つきでソーマをにらみつける。

「・・・・・本当に変わりましたよね・・・・」

 ソーマは小さくため息をついた。