SHALONE SAGA

レーンの章2


 暫くぶりの家を見て、リキュールは小さくため息をついた。

(何も言わずに長い間アルウェンに留まっていたもんなあ・・・怒ってるよなあ・・・) 

 扉を叩く手が躊躇する。

「にいちゃん!」

 気配を察したレーンが勢いよく扉を開けると、そのままリキュールに突進する。

「あっそぼー!」

 久しぶりの再会に思いきりしがみつく。

 元々能天気な性格なのか、長い間家を離れていたリキュールに対し何の抵抗も見せずに今まで通りの明るい笑顔を見せる。 

 その様子を見てほんの少しだけ安心した。

「こらこら、レーンだめだよ。父さんと母さんにあいさつしなきゃ」

「あーい」

 笑いながらレーンを降ろそうとしたリキュールの顔が、そのまま凍りつく。

「・・・・・」

 家の入口で父(シガール)が腕を組み仁王立ちしていた。

「いい度胸だな。半年も連絡せずに」

「・・・・・すみません」

「お前がいない間みんなに迷惑かけたんだ。まず近所に挨拶してこい」

 それだけ言うとさっさと家の中に入ってしまった。

 ・・・多分、家に入る前にそちらを済ませろという事なのだろう。

「怒ってるよな・・・やっぱり・・・。 なあレーン、父さん凄い剣幕だった?」

「うん! バル殺しそうだった。 で、そのあとカイおっちゃんの所怒鳴り込みにいった」

呑気なレーンが明るく答える。

「・・・・・・・」

 激情家の父だけにその様子が手に取るように判る。 リキュールはゆっくりとレーンを下した。

「兄ちゃん今からみんなに謝りに行くから、暫く待っててくれる?」

「うん! ・・・あ、それとライナが会いたがっていたよ」

「・・・ライナ?」

 はて、聞き覚えのない名前だ。

「リベティさんとこのライナ」

 そういえば、アルウェンに向かう時陣痛始まっていたっけ・・・・。今更ながらタイミングが悪かった事に気が付いた。

 ・・・ってまだ赤ん坊の筈だが・・・。




「おや、久しぶりだね。リキュール」

 人懐こい笑顔の男性がリキュールを迎え入れた。

 十五年前に突然現れた謎の青年は、結局帰る事が出来ずにそのままこの世界に居座っていた。今ではすっかりこの生活にも慣れ、

 リベティとの間にステイ、ライナという名の子を儲けていた。

「ご無沙汰してますジムさん。何か・・・父がえらい迷惑かけてしまったそうで」

 恐縮気味にリキュールが頭を下げる。

「いやあ、僕はおもしろかったよ。アイーンの本当の姿なんてそうそう見れるもんじゃないからね。初めて見たよあの姿。恰好いいよねえ」

 アイーンはおろかセーラムの事すらいまだ良く判っていないジムには何かの余興程度の感覚しかないらしい。

 しかし・・・父は一体・・・・。

「どうしたの? お客さん?」

 奥から聞きなれた声がする。

 赤子を抱いたリベティがやってきた。

「あら、お帰りないリキュール、ご苦労様でした」

「こんにちは」

 腕の中の子供が軽く頭をもたげてリキュールの方に向く。

「・・・・・」

 途端にリキュールは不思議な感覚に襲われた。

 ・・・なんだろう・・・。 見覚えがある。僕は彼女を・・・知っている・・・。



 ライナは粗間違いなくアイーンであろう。 多分それが不思議な感覚を呼び起こしたのかもしれない。 リキュールはとりあえずそう理解する事で自らを納得させた。

 それにしても・・・・。 リキュールは奇妙な感じを覚える。

 自分達の世代で潜在能力が高いと思われる者が随分と多いように感じる。

 元々必要性に応じて出現するだろうと教わっていただけに、この数に不安すら覚える。

 自分たち兄弟にリベティの所のステイとライナ。 近所に住むロットとメイディスという子供が能力の高いだろうと聖王に聞いた。

 この二人に関してはその両親共に殆ど能力はない。 ・・・まあ、遺伝するものでもないから不思議ではない・・・が。

 親世代に関して言えば、まともな戦闘能力があったのはカイ位で、それに比べれば戦力の差が著しい。

 何か・・・起きるのだろうか・・・。 

 一抹の不安を感じる・・・と同時に自分はその理由を知っている筈だとも・・・思う。


 
 だが、その不安を余所に、特に何事もなく日々が過ぎていく。

 弟のレーンはライナに御執心でほぼ毎日のように面倒を見ている。 

 今日も二人で森に出かけたようだ。 暖かい日差しが差し込む神殿の図書室でぼんやりと外の景色を眺めている。

 森の外で遊ぶレーンの気配はしっかりと把握していた。
 
「本当に、相変わらずの熱心ぶりですね」

 振り向くと、バルが丁度やってきた所だった。 

「いつもつきあわせちゃってごめんね、バル」

 そういえばいつの間にか、リキュールはソーマの呼び名を皆と同じに戻していた。

 ・・・というより、聖王の元から帰ってきたころから彼独特の不思議な違和感がなくなっていたのだ。

 本人か意図しているかどうかはわからないが・・・。

 そろそろ13歳になるであろうこの少年は、何ら他の子どもと違いがない。

 笑いながら振り返ったリキュールの額にかかる飾りにバレンティノの目が留まる。

「おや、とうとうそれを付けさせられてしまいましたか」

 少し大げさに驚いた風にバレンティノが笑う。彼がアイーンであるということはもう周知の事実だった。

 ・・・その能力がとても高い事にも・・・。

「そうねえ。無くても僕は大丈夫だと思うんだけど、リベティさんがどうしてもって言うから・・・」

 大丈夫というのは、完全に自分を抑制する自信があるのか。それとも・・・・

「そういえば、庭にレーン殿の姿が見えませんでしたね」

 リキュールの周りで何時も忙しなく動き回っている賑やかな弟の姿が見えない。それはそれでバルには有難い。

 兄と対照的なレーンは、その目に余るほどの落ち着きのなさゆえか、正直バレンティノ目にも余っていた。

 ・・・まあ、幼さゆえ致し方ないが、リキュールの幼少に比べあまりに違いすぎる。

 そういえば、多分彼もアイーンなのだろう。時折バレンティノにもその気配を感じる節がある。

 だが能力的にはどうなのだろう・・・。

 まあはっきり言ってしまえば彼はあまり興味の対象にはなっていない。 

「先ほどライナをつれて森の方に行きましたよ。大丈夫、何かあればすぐわかるから」

「そうですか・・・」

 余り気にも留めずにバレンティノはいつものように本の解読作業に取り掛かり始めた。
 




 森に続く丘の上でライナは花を摘んでいた。

「ライナぁ、見てー。カブトムシいたよー」

 木の近くで嬉しそうにレーンが手を振る。

「やー、むしきらーい」

 こちらも見ずに返事が返ってくる。

 言葉も覚えぬうちからレーンに執心されているものの、最近は自分の主張をするようになり、多少レーンと意見の食い違いを見せるようになった。

 予想外の反応にレーンの口が尖る。

「よーし」

 レーンは森の中に分け入っていった。

「・・・・・・」

 少し呆れ顔で振り返ったライナだが、すぐに花の方に夢中になった。

 一瞬、何かの気配がした。

「?」

 ライナが顔を上げると、目の前に巨大な竜の顔があった。

「・・・・・・?」

 さっきまで何も無かった筈なのに・・・・。

 大きな鍵爪がライナの目の前に迫っていた。




「ライナー、みてー。花で髪飾りつくったよー。 ・・・・あれ?」

 先ほどまでいたはずのライナの姿が見えない。

 
 バサササッ・・・。

 
 羽音に気が付き、見上げた先に大きな竜が見える。

 その手の中に光るものが見えた。ライナの髪が光に照らされている。

「へえええええ?」

 顔を真っ青にさせると、慌ててその場から駆け出した。

「兄ちゃん! 兄ちゃーん」



 顔を上げたリキュールは立ち上がると神殿の庭先に出た。

 転びそうになりながらレーンが走ってくる。

「どうした? レーン。何かあったのか?」

「ライナが・・・ライナがぁー。 りゅ・・・りゅうにさらわれたぁー」

「竜・・・・?」

 不思議そうにバルと顔を合わせる。

 リキュールの胸に飛び込んだレーンは涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。

 軽く笑いながらそれをふき取る。

「まあ、ここはセーラムですから、特に悪いものではないでしょう。 恐らく雛の為の餌と間違えたのでしょうか。・・・それにしても、竜なんて棲んでいましたっけ?」

「え・・・・えさぁ?」
 
 レーンは卒倒しそうだ。 バルは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。

「大丈夫ですよ、心配しなくても。じゃあ、救出はカイ殿にお願いしましょうか?」

「いや・・・そこまでは。 カイさんじゃ竜を殺しかねないし・・・。僕一人で問題ないでしょう」

 言いながらリキュールが飾りを外す。

「兄ちゃん、僕も行く。 だって僕のせいだもん、連れて行って」

 軽く考え込んだリキュールだが、すぐににっこりと笑った。

「よし、兄ちゃんに掴まってろ・・・。 じゃあバル、ちょっと行ってくる」

「お気をつけて」

 バレンティノが小さく頭を下げる。

 一瞬気を集中させると、空高く舞い上がる。 上空で視線を巡らすが、既に竜の姿はない。

「・・・あっち」

 高さに少々ビビりながらレーンが北の方向を指差す。

 レーンを抱えなおすと、リキュールは北に向かい一気に飛んで行った。




「・・・・?」

 いくつか森を超えたところで、不穏な気配が周囲を支配する。

 なんだろう・・・。感じたことのない感覚・・・・。

 ・・・妙に首筋がちりちりする・・・。

 ゆっくりと森の中に降り立つと、その気配に向かって慎重に歩いていく。

 やがて木々の間から竜の翼が見えた。

「ラ・・・」

 飛び出そうとしたレーンを慌てて押さえつける。

「静かにレーン・・・誰か・・・いる」

 竜は先ほど得た獲物などには全く興味を示さず、熱心に羽繕いをしていた。

 その近くの岩の上におろされているライナは意識を無くしているのか、座ったままの姿勢で目を閉じ、動く気配がない。

「・・・・・」

 だが、リキュールが見ていたのはそのどちらでもなかった。

 ライナの正面に人影があった。全身を覆うようなローブを羽織っているため判りにくいが、長身の・・・男の様に見える。

 頭部には目深に兜を被っているため、その容姿も確認出来ない。

 ただ、一つだけ判ることがある。 あの男はセーラムの住人ではない。

 初めて接する気配に緊張が走る。

「誰だ・・・・一体・・・」

 リキュールは静かに神経を集中させた。





「なに? ・・・・可愛そうだと?」

 男は竜を振り返り話しかけた。 返事の代わりに竜が小さく啼く。

「甘いな。 地に根を張ると刈るのが大変だ。 種子のまま駆除してしまえば大した労も使わんで済む。 そうだろう?」

 男が手を広げると剣がその中から現れた。

「お前は邪魔なんだよ。 もう二度と出てくるな」

 ゆっくりと、ライナの頭上に剣を構える。


 殺す・・・気か?


 リキュールは一気に気を解放した。全身が淡い光に包まれる。

「待て!」

 光の筋が二人の間に割って入る。間置かずに戟を構えたリキュールがライナの前に立ちはだかった。

「・・・・・」

 男はさして驚いた風でもなく、その姿を見つめる。 胸元にあるフェニックスの上で視線を止めると、軽く口元を歪ませた。

「・・・雑魚が・・・邪魔だ」

 小さく呟くと、いきなり剣を振り上げた。

 リキュールは軽く身をひねり、直撃を避けたが、同時に全身が総毛立つ感覚が走る。


 ・・・・なんだ・・・これ・・・。


 男は少し離れた距離からじっとリキュールの様子を伺っている。何を思っているのか、軽く口元が緩んでいる。

 リキュールは戟を構えることなく呆然とその場に立ち尽くしていた。

 何が起きているのか本人にも判らない。何かの術をかけられた訳では無い。それでも、全く身動きすることが出来なかった。

 体だけではない、彼自身の魂までもが萎縮している。

 ・・・ゆっくりと、男の剣先が動く。

 リキュールは言う事を聞かぬ体を必死に動かし構えの姿勢をとる。

 余裕の笑みを口元に浮かべながら、男が迫る。 兜の奥にある筈の視線が、リキュールの瞳と合った気がした。

「・・・・・」



 ・・・・怖い・・・。



 絶望的な恐怖が全身を駆け巡る。叶うことならこの場から逃げ出したいが、そんな行動を起こす事すらできない。

 見開かれたリキュールの瞳に剣先の光の筋が映った。



 ゆっくりと、呪縛が解ける。

 全身から力が抜けていく・・・。

 何が起きているのか、当の本人は全く理解していなかった。