SHALONE SAGA

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アルディアスの章1−2







 真上近くに上がった太陽が強烈な日差しを地面に刺している。

 木の枝の上で涼みながらその男はりんごを齧った。

 黒い髪に汗が滴る。

「・・・何て暑い所だ。この私には向かないなあ・・」

 カイは小さく呟きながらも、その視線は正面を鋭く見据える。

 その先には王宮の庭が見えていた。

「こら、何者だ」

 城壁の警備をしていた兵士が汗まみれになってこちらに走ってくる。

 カイは先ほどとはうって変わったようににこやかな笑顔を作ると兵士に向かって手を振る。

「ああ、ごめんごめん。凧が引っかかって。直ぐに降りるよ。」

 軽く枝を蹴ると、地面に降り立つ。

 あまりの身軽さに兵士が驚く。

「城の近くで凧揚げかよ。全く呆れた奴だ。見たところいい年をしているようだが、遊んでいる暇があったら仕事しろ」

 にこにこと愛想の良い笑顔で答える。

「とっとと失せろ。今度見つけたら牢屋に入れんぞ」

「へーい」

 笑いながらカイは兵士を見送る。だが直ぐにその表情が曇る。

「・・・全く、厄介なものを・・・」

 りんごを齧りながらその場を後にした。



 階段を上る音に気が付き、ロシュフォールは扉を開けた。

「お帰り。どうだった」

 買い物の袋を彼女に預け、りんごの芯をゴミ箱に投げ捨てる。

「あっつーい。鬱陶しい。こんなところ大っ嫌いだ」

 いいながら冷えたワインを一気に飲み干す。

「その位我慢なさい。まだあんたはいいわよ。そのまま外歩けるんだから。私なんてこの熱い最中髪隠さないと外出も出来やしない。

 この自慢の金髪を隠すなんてなんて苦痛なの? しーんじられない」

 いいながら大事そうに自分の髪をなでる。

「まあ、仕方ないな。お前みたいな金髪は此処にはいないんだから」

「それはそうと、何か判ったの?」

 鏡を見ながらロシュフォールは尋ねた。相当なナルシストらしい。

「まあね。この近辺に子供がいなくなった家庭は無かったよ。

 ・・・ただね、王宮の屋根に修復の跡があった。そこから吹き飛ばされたんだろうな」

「王宮・・・?」

 にやりっとカイは笑った。

「このルパスという国の王は確かカストールという名だったかな。その王様には息子が二人いるといわれている。

 長男の皇太子は生まれつき病弱との話で未だ人前には出ていないが、下の子は公の場にも顔を出すらしい。

 今日も王妃と楽しく遊んでいるのを見た」

 二人は部屋の隅にあったカーテンを開ける。

 昨日の少年がベッドで静かな寝息を立てていた。

「この国は随分と閉鎖的だ。単一の民族ゆえの事と思うが、黒い瞳と髪、濃い色素である者には、ロシュの様な人間は奇異に映る。

 まあ北方に行けばそこそこ色素の薄い人間もいるが、まずこの国ではありえない。

 狂信的な輩の悪魔祓いの餌食になっちまう。この子も例外ではないだろう。

 そんな国の真ん中でこんな容姿で生まれるなんてなあ・・・一体どんな因果なのか知らないが」

「セーラムで生まれれば全然問題ないのにねえ」

 ロシュフォールが笑いながら頬をつつく。

 軽く眉を動かし、少年はゆっくりと目を開いた。にこやかな笑顔でカイが覗き込む。

「目が覚めたか? アルディアス皇子」

「・・・・」

「・・・この子が・・・皇子様・・って?」

ロシュフォールが大げさに驚く。

「彼は人前に出ていない。この容姿を見れば理由は判る。それに、今の話はその流れだったと思うが・・・」 

 少年はゆっくりとカイを見上げ、その後ろにいたロシュフォールを見つめる。

 その視線が釘付けになる

「あら、そんなに見とれるほど美しいかしら」

 少し嬉しげに微笑む。


「・・・魔女?」

 言うなりロシュフォールの拳が飛んだ。

「このガキンチョが! 一体誰が助けたと思ってんの!」

 呆れながらカイが取り押さえる。

「お前の髪のせいだろ。子供相手に何怒っているんだ」

「むーーーー」

 腕を組んでそっぽを向いてしまう。

「・・・ご・・・ごめんなさい」

 腫れた頬を押さえながら、少年が涙目で小さく謝った。

 どうやら素直な少年らしい。ロシュフォールは少しばつが悪そうな表情で隣の部屋に行ってしまった。

 カイは椅子を引いてくると、少年の前に座った。

「始めまして、皇子。私はカイ。彼女はロシュフォールといいます。見て判るかと思いますが、私達はこの国の人間ではありません」

「外国の・・・人?」

 にっこりとカイは笑う。

 扉が開いてロシュフォールが戻ってきた。手に何かを持っている。

「飲みなさい」

 渡されたグラスには大きな氷が入った飲み物が入っていた。

 少年が口をつけるのを確認すると、椅子を引き寄せて座る。

「我々はアイーンという一族の者。訳あって遠い所からやってまいりました。昨日、あなたを見つけて此処に連れてきたのですが・・・」

 少年が顔を上げる。

「昨日・・・・そうだ・・・僕」

 ふと、思い出したように体のあちこちを確認する。

「・・・怪我していない・・・」

「安心なさい。優しくキャッチしてあげたから、怪我なんてしていないよ」

 満面の笑みでロシュフォールが応える。カイの頬が軽く引きつった。

「王宮の屋根から吹き飛ばされるなんて、そうそうあることじゃないですからね。皇子・・・教えていただけますか?

 あそこで何が起こっているんです?」

 不安そうに少年が見上げる。彼らが敵か味方か判別しかねている様だ。

「心配しないで。我々はあなたを傷つける者ではありません」

 にっこりとロシュフォールも頷く。
 
 一口グラスに口をつけてから、少年は口を開いた。

「・・・犬が居なくなっていたんです・・・。それで、探しているうちに屋根裏に入り込んで・・・。

 暫くして遠くから話し声が聞こえてきました。そこを探して隙間から覗くと、男の人達が話しているのが見えたんです」

「内容は聞きましたか?」

「・・・・」

 尚も少年は躊躇する。

「・・・そうですね。いきなり何もかも話すという訳にはいかないでしょう。私達の素性も良くわからないのに。

 ではまず皇子の話を聞く前に、我々から話をしましょう」

 二人は額につけていた髪留めを外した。

 その体から軽く光を放ち、次の瞬間姿が一変する。

 ロシュフォールの見事な金髪は、大きな髪飾りで結い上げられ、軽いウェーブが背の辺りで揺らいでいる。

 細かい装飾がなされた首輪と腕の飾りが、光の波動で揺らめき、小さな音を立てている。

 東雲色のドレスのような衣装は女性らしい曲線を描き、優美に彼女の体を包む。
 
 まるで、何処かの宗教画のように神々しい印象を与えている。

 一方のカイは対照的ないでたちだ。

 つばの無い帽子に小さな飾りが付いている。

 縹色の服装は最小限の装飾に留まっているものの、その篭手にはロシュフォール同様に微細な装飾がされている。

 腰には一振りの大きな剣を装備していた。

 二人に共通していたのは、胸元にかかるローブに金糸で描いた見事なフェニックスの紋章があることだった。

「・・・・」

 呆然と少年は見上げる。

「ご存じないかと思いますが、、我々はシャルーン、イリス、レイティの三柱神を祖としている者。

 ここにきた理由は古の神々より派生したものと対峙するためです。

 この地に封されているメディウスという名の影がまもなく地上に現れます。

 それを速やかに滅する事が我々の目的」

「・・・メディ・・・ウス?」

 その名に少年が反応した。

「・・・その名前・・・あの時聞いたよ」

 少年は記憶を手繰り寄せる。

「戦争を起すって・・・・それで・・・封印がどうとか・・・」

 カイの瞳が煌く。

「なるほど。メディウスの手の者は既に城の中ということですね・・・。我々より動きが早いな・・・。 ロシュフォール」

 合い判ったという風に、彼女は右手を上げる。

 その手の平から光の珠が生まれ、まるで鳥のような翼を広げる。

 一羽ばたきした瞬間、光は天井を突き抜けて飛んでいった。

 呆然と天井を見上げる。

「・・・さあて、お腹が空いたでしょう。ご飯にしましょ」

 ロシュフォールはぽんぽんと手を叩く。

「・・・さっき、イリスっていってたよね。あなた達は神様なの?本で見たイリス神に似ていた」

 不思議そうにその姿を見上げる。

「そうですね。イリスも私達の先祖になります。ですが我々は神ではありませんよ。

 元々は皇子と同じ人間です。ただ、ほんの少しだけ古の神々の血が流れているだけです」

 にっこりとカイが笑った。