SHALONE SAGA

先頭へ 前へ 次へ 末尾へ


フォースの章2 追記




 ・・・パチパチパチ。


 小さな火が爆ぜる。

 ライルはじっと火を眺めた。

 隣町まではまだ距離があるため、街道沿いに野営をしていた。ふと、空を見上げる。満天の夜空だ。

「無事かなあ。怪我してなきゃいいけど」

 カラン・・・

 胸元のペンダントが軽く揺れる。

(ろくに話もしてくれなかった。何か一言くらい言ってくれてもいいのに・・・それとも私の事なんかどうでもいいのかな)


 カサカサ。


 前方の木の中で何かが動いた。慌てて護身用の剣を引き寄せる。

「そんななまくらの剣じゃ強盗追剥に太刀打ち出来ないだろうに。構えもなっちゃいない」

 木の間から男の声がする。

 ライルの顔に驚きの表情が宿る。

「もし、良かったら、火にあたらせてもらえるかな?」

 ライルの顔が破顔する。

「勿論いいよ。 ・・・御飯食べてないでしょ? スープでも飲む?」

 フォースは小さく頷いた。

 マグカップにスープを注ぎ手渡そうとした途端、ライルは手を引っ込めた。

「何?」

「怪我しているじゃないの」

「・・・え? ああ、大した事無いよ」

 ライルは馬車の中から治療用具を持って来ると、無理やり衣服を剥ぐ。無残な傷跡が露になる。

「なーにが大した事無いよ。ちゃんと手当てしないと化膿するわよ」

「奴の結界を破ったときに空間に歪が出来ちまってね。いつもはこんなへまはしない」

 手際よくライルは包帯を巻いてゆく。

「で、上手くいったの?」

「ああ、あの町はもう大丈夫だろう」

「そう・・よかった」

「何であの町を出たんだ? ちゃんと町に馴染んでいたのに」

「そろそろ、もういい時期だとは思っていたの。

 私はさ、怪我や病気で尋ねてこられれば誰でも診ちゃうから、それを快く思っていない人もいたしね」

「でも・・・あのクラークって奴は」

 ライルは顔をあげるとにっこりと笑った。

「・・・俺のせい?」

 静かな緑の瞳がライルを見つめる。

「随分と、人の気持ちを察するようになったんじゃない?前に言ったでしょう? 私が好きな人は、今でもたった一人だよ。

 クールで冷たい素振りをするくせに、笑うと子供っぽくてさ・・・」

 そっとフォースの頬に手を触れる。

「・・・変わっていないね。もう十年以上も経っているのに・・・。あの時のままで・・・」

 包帯で巻かれた手が添えられる。

「こんな所でライルに会うなんて思いもよらなかった。驚いたけど・・・正直言って嬉しかった」

 少し、照れながら小さな声で言う。

「こんな俺でも君は変わらずに話し掛けるんだね」

「フォースは、フォースでしょ。どう変われっていうの」

「・・・」
 その言葉が体に染み渡る。首筋が少しこそばゆい。 

「・・・ありがとう。ライル」

 にっこりと彼女は微笑んだ。




 朝もやが、まだ辺りを包んでいる。

 フォースは馬車の近くで佇み、遠くの空を見つめていた。その表情には清清しさが漂う。

 遠くからフォースの馬が歩いてくる。

「随分ゆっくりだったな。お前も久しぶりの休暇かい?」

 ブヒヒヒ・・

 嬉しそうに嘶くと、フォースに顔を摺り寄せる。

 キイ・・

 馬車の中からライルが降りてきた。

「おはよう。コーヒー入れてあるよ。飲む?」

「うん」

 少し眠たげなライルの表情に軽く笑いながらコーヒーを差し出す。

「はああ、目が醒めるねえ」

「・・・で? これからどうするんだ?」

「ん・・家に帰ろうかと思う。もう父さんもいい年だし。後継いで楽してもらわないと」

「そう・・」

 軽い食事を済ませると、すぐに身支度を始める。

 ライルは馬車に乗り、手綱を握る。

「いつでも、立ち寄ってね。待っているから」

「ああ」

「それじゃあ、元気でね」

 フォースも自分の馬に跨る。馬車がゆっくりと動き出す。じっとその様子を見送る。

 ブルルル・・・

 フォースの馬が小さく身震いした。

「どうした? 不満なのかよ」

 ブルルルル・・

「そりゃ、そうだけど・・・。判ったよ。お前、ちゃんと付いてこいよ」

 軽く笑うとその場から忽然と姿が消える。
 
 次の瞬間現れたのは、馬車の上だった。

 突然の出来事に、ライルは目を丸くした。

「まあ、女が一人で旅するにはまだまだ危ない世の中だからね。近くまで送っていくよ」

 顔も見ずにそれだけ言うと、手綱を取り上げる。

「・・・あら、旅の医者って結構忙しいのよ。大丈夫?」

「問題ないね。ちゃんと自分の仕事くらいは出来るよ」

 くすくすと、楽しそうにライルは笑った。

 馬車のすぐ後ろを、フォースの馬も歩を合わせついてくる。

 朝日に照らされ、霧がゆっくりと晴れてきた。