SHALONE SAGA

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アルヘイムの森1−9




 少年は椅子に深く腰掛け、蝋燭に照らし出される木像をじっと眺めている。

 当然だがあの時のように輝く気配はない。

「あの時の二人に向かって、何かを話しかけていたんですよね。 彼らが、私たちを守ってくれているんですか?」

 像は何の答えも出さない。

 ふと、人気の無い教会に何者かの気配を感じ、少年が視線を動かす。

 入口近くにぼんやりと人の影が生まれる。

「・・・・」

 少年は椅子の陰に身を潜めた。



 リザードはゆっくり目を開くと、祭壇に向かって歩き出す。

 中ほどまで進むと、目の前の空間が微かに歪む。

 以前に遭遇した幽霊が目の前に現れる。だが、以前の笑顔は見られない。

 鋭い視線をリザードに投げかける。

《自分の道を見失ったか》

「だまれ。あんたに言われる筋合いはない。

 大体あんたはどうなんだ。自分の信じる道を進んだ果てに、何も得ることが出来ずに今なおこの地で彷徨しているんじゃないのか?

 神を守ったのだろ? 何故だ? それでお前は満足しているのか? 答えなさい、ロッド・アスフィールド!」

 幽霊は軽く笑った。

《・・・小娘が、お前は何も知らない》

 リザードは剣を抜くと、一気に幽霊の気配ごと断ち切った。 

 ・・・気配が消える。

「・・・」

 剣を収め、改めて祭壇に向き合う。

「答えてよ。・・・私達は捨石なのか?」

 僅かにファウラ像が光を帯びる。

 光は次第に人の姿を形成し始めた。・・・そこに現れたのはリザードも予想していない人物だった。

 背で束ねた長い緑髪が緩やかになびく、切れ長の細い緑の瞳はやもすればきつい感じにもとれるが、努めて優しくリザードを見つめる。

「まさか・・・ここにいたのがあなただとは思わなかった。 丁度いい、あなたに聞きたい。

 私は見返りを期待している訳じゃない。何かを得ようとしている訳でもない。

 ・・・だけど、だからって人に助けを求めることが間違っているの?

 ただ、傷つき倒れている者を助けてほしかった。

 私達はそれすら望んではいけないの?一体私達が何をしたっていうのよ!

 ・・・何も望んでないじゃない。

 自分の使命としてジュホーンと・・・いえ、地龍を退治したのに・・・。

 ・・・好きで戦っているわけじゃないのに・・。なのに、人としての死すら与えられないなんて。

 それでもあなたは戦えというの? 始まりのアイーンよ」

 ゆっくりと、光に包まれた人物が頷く。

「そうだよ、アイーンよ。

 だがお前がジュホーンと戦うことを強制することは出来ない・・・。

 強制は出来ないが、影をとめることが出来るのは我々だけ。そこだけは理解してほしい。

 ・・・止めねば世界が変わってしまう。

 リザード、辛いのは分かる。だが、今残されている者の事を一番に考えて欲しい」

「・・・あなた達にとってラファエルは既に過去の人間ということ?」

 微かにその人物の瞳が細まる。

「そう思ってくれても構わない。この戦いを始めたのは我々だ。それは消せない事実。

 ・・・ただ、今ジュホーンを止められるのはお前だけだ」

「・・・」

 リザードはバーウェントを祭壇に置いた。

「シトゥラ。やっぱり私はアイーンにはなりきれない。私は人間です。

 ラファエルの言葉は守る、このままあの人をこの地に拘束させない。だから戦う。

 ・・・でも、それはアイーンの戦いではない」

「・・・そうか。

 我が子よ、お前がラファエルと共にあるように願っているよ」

 無言でシトゥラを見上げる。

 踵を返すと祭壇を背に歩き出し、教会の扉に向かっていった。



「・・・」

 椅子の間から少年がその姿を目で追う。

《・・・少年》

 いきなり頭の中に話しかけられ、顔を上げる。

 完全に存在がばれていたようだ。

 祭壇に向き直ると、リザードと話をしていた人物の姿が崩れ始めていた。

「あなたは・・・誰?」

 ぼんやりと揺らぐ姿が微かに笑う。

《私はシトゥラ。ファウラの伴侶です。 この地にいるリザードとラファエルは私の遠い子供達です》

「・・・子供・・・では、やはり・・・」

 にっこりとシトゥラは笑った。

《少年、頼みがあります。娘の剣を預かって頂けませんか?》

 祭壇に置かれた剣に目をやる。

《これは、人に扱えるものではありませんが、使い方を誤ると非常に危険なものに成りうる可能性があります。

 ですので、信頼できる方に預かって頂きたい》

「・・・しかし、今の話ではあの人は放棄したのでは?

 一体何が・・・」

《大丈夫、必ず戻ってまいります。

・・・可哀想だがそれしか娘には道はありませんから。済みませんがそれまでお願いします。》

「・・・・」

 ゆっくりとその姿が消えていく。




 朝日がゆっくりと街道を照らし始めている。

 信心深い人達は今日も教会に朝一番の祈りをするために足早に歩を進めていた。

 ふと、その歩みが止まる。

 教会に背を向け歩くその人物は、周囲の目を全く気にするでもなく歩き続ける。

 全身に血痕を付け、その胸元のレリーフも赤く染まっている。

 炎の鳥はまるで怒りに燃えているかのようにも見える。

 誰も声を掛けられるものはいなかった。

 リザードはゆっくりとその場から姿を消した。




 『ファウラの使い』の噂はその時を境に流れることは無くなった。