SHALONE SAGA

先頭へ 前へ 次へ 末尾へ

アルヘイムの森1−3




 砂交じりの風に、リザードは一瞬顔をしかめた。

「随分と乾燥している土地ねえ」

 砂を避ける様にフードを目深にかぶる。

「人目に付かないように郊外に降りたつもりだが・・」

 二人の前を枯れ草の塊が過ぎていく。確かに周囲には人影がまるで無い。

「・・・少し遠かったみたいね。ほら、街があんなに小さい」

 笑いながらリザードは指差した。目測を誤ったのは明らかだった。

 照れくさそうにラファエルは頬を掻く。

「・・・とりあえず街まで歩くぞ」

 元気良く一歩足を踏み出した。



 時折、ラファエルは足を止め、空を仰ぐ。

「しかし・・・アルヘイムの位置がわからないな。何だろう、まるで気配をつかめない。何か感じる?」

 リザードも腕を組み意識を集中させる。

「さっきからざわついている気配は感じるんだけど・・・。それらしい大きな気は全く・・・」

「・・・だよな・・・」

 街から響く鐘の音が聞こえてくる頃には既に日が傾いていた。

 普通ならば夕食の買出しや帰宅する人影があっても良いような時間帯だが、不思議なことに人の気配が殆ど無い。

 小さな町では無い様に思えるし、家に篭る時間帯でもないのだろうが・・・。

 見慣れぬ景色と雰囲気に視線が落ち着かないリザードだったが、ふと何かに気が付いてラファエルを振り返った。

「この道の先に人が集まっている」

「・・・うん、そうだな」

 二人は歩きながらその方向に向かった。



 角を曲がるといきなり人ごみに出くわす。まるで街中の人間がここに集まっているかのようだ。

 その群集が騒ぐわけでもなく皆一心に同じ方向を見つめている。

 その先にはひときわ大きな建物がそびえていた。

「なんだろう」

 人ごみに紛れながらその内部に入っていく。

 荘厳な空気が二人を包み込む。人々の視線の先には一体の木彫りの像が佇んでいた。

「ここは・・・教会か・・・」

 豪勢な装飾が施された訳でもなく、大きく威厳に満ちている訳でもないが、

皆に囲まれているその女性像は穏やかな笑みを湛え、全てを抱擁するかの様な存在感を漂わせている。

「・・・レイティ神・・かな? 確か、ここは彼女の・・・」

 ゆっくりと、静かな感情が沸きあがるのを二人は感じた。

《・・・達、私の子供達よ・・・》

 二人は顔を見合わせた 。

 頭の中に話しかける者がいる。

 同時に遠くの像がぼんやりと発光しているのが見える。

 周囲の人間がざわめいた。

《よくここまで来てくれた。礼を言う。 子供達よ、どうか人々の声を聞いてはくれないか》

 ざわめきが教会の外にまで広がる。

《一度はこの地を離れた私だが、この地に対する思いを捨て去る事は出来なかった。

 ここは最愛の人が眠る地だ。穏やかに時を過ごして欲しいのに・・・。

 人々の不安の思いが私を此処に呼び戻した。だが、私には最早何の力もない。

 だから・・・頼む。ここにいる者たちの声に耳を傾けてはくれないか》

「おい見ろ! 光っているぞ」

「奇跡だ」

「私達の願いがファウラ様に通じたのね」

 人々が手を合わせ女神像を見つめる。

「・・・ファウラ?」

 聞き覚えの無い名前にリザードが首を捻る。その耳元にラファエルが口を近づける。

「ファウラはレイティ神の娘だ。つまり、俺達のご先祖様ってこと。 ・・・騒ぎが大きくなる前に此処を離れたほうがいいな、行こう」

「え? でも」

「大丈夫・・・。思念体だからね。俺達の後を付いてこれる。・・・それに」

 言いながらラファエルは顎で教会の上方をしゃくった。

「随分勘のいい人間がいるらしい。ファウラの気配を察している奴がいる」

 慎重に視線を移す先に何人かの人影が見えた。

 二階部分の手すりから顔を出しながら木像の様子を伺っている人物が見えた。

 まだ幼い、少年のようだがその身なりは明らかに周囲の人間とは違っている。



「・・・」

 その少年は眉をひそめながら目の前の現象に見入っていた。

「始めて見ますな。こんな現象」

 隣の老人が感嘆の声を上げる。

「・・・そうだな」

 少年は生返事をしただけだった。

(何だろう、この感じ。何か・・・意思的な物を感じるんだけど・・・。 この光は誰かに向けられたものじゃあ・・・)

 少年はファウラの声まで耳にすることは出来ない様だが、気配はしっかりと感じ取っていた。

 皆がファウラ像に向いている中、扉に向かい歩く人影を目の端に捉えた。

「・・・彼らか?」

「どうなさいました? 殿下」

「ギイ、彼らを」

「・・・・はい?」

 のんびりした返事を聞いているうちに、その姿は扉の向こうに消えた。

「いや・・・なんでもない」

 少年は再び木像に視線を移した。

 心なしか、その光が薄らいでいるように見える。



 ラファエルの胸の前に小さな人型が二つ現れる。

 豊かな金髪と大きな緑の瞳が印象的な美しい女性の姿と、長い緑髪を背で束ねた男性の姿。

 髪と同じ色をした涼しげな瞳が印象的だ。

「これがファウラとその夫のシトゥラ。シトゥラは柱神のシャルーンとイリスの息子だ。

 ファウラも同じく柱神レイティとこの国の人間の間に生まれた人物」

「本当だ、さっきの像に良く似ているね」

 ワイングラスに口を付けながらラファエルが頷く。

「セーラムとは時間軸が違うから何とも言えないが、彼らが生きていたのはかなり昔の筈なんだけどなあ。

 それでも未だに彼女を覚えているという事は、余程この国の贖罪の念が強いのだろうか・・・」

「・・・贖罪?」

「ああ・・・。当時の国王が柱神の力を手にしようとしてファウラを略取し、その家族が皆殺しにされたそうだよ」

「・・・・」

 軽く口元に笑みを浮かべているファウラからは、そのような過去は感じられない。

「・・・なのに、ここの人たちは彼女に救いを求め、彼女はその声を聞き入れようとしている・・・」

「そうだな」

 良くわからない。

 大切なものを奪われて、それでも寛容に人の声に耳を傾けるなど・・・。

 目の前にいる遠い昔の先祖達は穏やかな笑みを湛えているだけだった。