ロッド・アスフィールドの章2
ふと、ロッドは自分の胸元が光っているのに気が付いた。
襟元から覗くとペンダントが光っている。あの時のメダルだ。
「ファウラ?」
(・・・助けて・・・おにいちゃん・・・)
小さな声が耳に届く。
「ファウラ、生きているのか?」
(おにいちゃん・・・)
・・・間違いない、妹は生きている。
ロッドはメダルを握り締めた。
「こんな所に。外で待っていろと言ったのに」
顔を上げると、何人かの大人が部屋の入り口に立っていた。
「可愛そうに、大丈夫かい?」
中年の女性が近寄り、仰々しくロッドを抱きしめる。彼らの目には、妹の亡骸の前でロッドが呆然としているように見えたのだろう。
「さあ、後は大人に任せて、家にいらっしゃい」
促されるまま、ロッドは立ち上がった。
・・・違う。盗賊なんかじゃない・・・。
確信だけを胸に秘めた。
風は、何事も無かったかのように吹きぬける。真新しい三つの墓標の前でロッドは風を受けていた。
あの日と同じように薄茶の髪を風がなでる。
「父さんはこうなるとわかっていたのか? だからあの時・・・」
答えなどあるはずもない。
「うん。判っている。あいつはまだ小さいからね。僕が守らないと。 ・・・だから、行くね」
何処にいるかなど判らない。
「まあ、何とかなるでしょう」
ロッドには不安は無い。軽やかに馬に跨ると、生まれ育った山を後にした。
パチッ。
小さく火が爆ぜる。
ロッドは軽く寒気を覚え、うっすらと目を開けた。
「・・・夢か・・・また随分と昔の・・・」
ふと、掛けていた筈のローブが無い事に気が付いた。
「どうりで寒いと思った」
身を起こし、空を見上げる。まだ夜明けまでには時間がかかりそうだ。軽くため息をこぼす。
もう一眠りするか・・・。
傍らのローブを引き寄せようとして、その動きが止まる。
・・・誰かが自分のローブに包まっていた。
「誰だ」
恐る恐るローブをめくる。そこにいたのは、小さな子供だった。しかも少女のようだ。
銀髪がかかる端正な顔は気持ち良さそうにローブを抱えて眠っている。
「何だよ。人のローブ勝手に使いやがって。何処のガキだ?」
少々乱暴にローブを剥ぐように持ち上げる。
ふと、その少女が目を開けた。鋭い視線でロッドを睨み付ける。一瞬、臆してしまう。
「うるさい! 小僧が。こっちは疲れているんだ。少しは休ませろ」
少女とは思えない台詞がその口から飛び出した。
「・・・・はあ?」
何なんだ。こいつは。
「寒い! もっと火を熾せ」
少女はローブを抱えながら怒鳴る。訳がわからぬまま、ロッドは薪をくべた。
暫くしてようやく少女が身を起こした。
「ふう、ようやく暖かくなった。全く、下界はこんなにも寒いのか?」
ローブを羽織りなおし、火の側に寄る。目の前に、湯気の立ったカップが差し出された。
「温まるぞ。飲むか?」
「おお、気が利くな。ありがとう」
可愛らしい顔つきの割りに、何とも似合わない口ぶりだ。ロッドは向かいに座り、カップに口をつける。
「・・・で、一体何なんだよ。 勝手に俺のローブ使って・・・ここいらは孤児がうろつく場所じゃ無いと思うが」
カップを口に運びながら、少女はちらりっとロッドを見た。
「お前のせいだ。お前がだらしないから、私がこんな所まで来なくちゃいけなくなったんだ。・・・全く」
一体何の事やら・・・。
「・・・意味判んないんだけど」
少女は深くため息をついた。
「お前は、何も判っていない。何も判らないのにがむしゃらに突っ走っている馬鹿者だ。
あれから何年経っていると思っている、何を得たというんだ。お前がだらしないからいい加減聖王も痺れを切らしてしまったんだ。
だから私がサポートするためにわざわざここまで来たんだ。少しは有難く思え」
「聖王・・・だって? 誰だそりゃ。それに・・・お前俺を知っているのか」
「当たり前だ。お前が誰で、何の為に生きているのかも良くわかっている」
彼女はローブを外し、立ち上がった。微かに笑いながらロッドを見下ろす様は、気品すら感じさせる。
少し鼻に付く印象もあるが・・・。
「ロッド・アスフィールド。お前はファウラ様に選ばれておきながら、未だその使命を果たしていない。この重大な時に」
「・・・ファウラぁ? 何でその名前を」
ぼんやりと胸の辺りが光りだす。取り出すと、以前の様に光っていた。
「それにはファウラ様の力が封じられている。お前を信頼したからこそ、それをお前に託しているんだ。 お前はその期待に応える義務がある」
「義務・・・?」
「ファウラ様の出生を知っているか?」
「俺の従兄妹だろ? んー親父の弟の娘だって・・・」
「・・・それだけ?」
ロッドは素直に頷いた。少女の顔が軽く引きつる。
「・・・はは。それだけかよ。何でそれだけで当ても無い旅を何年もしているんだ」
「生きているからだよ。あいつはまだ生きている筈だ」
たった・・・それだけの確信で・・・。さすがにそれは口にはしなかったが・・・。
(何でこいつなんだ。あまりにも浅はか過ぎる人間だ・・。ああ、いかん。こんな小僧だが、ファウラ様が選んだ者。
そんな事を考えては・・・。落ち着け、落ち着け)
悶々と考えながら頭を抱える。ちらりと横目でロッドを見る。
そんな思いを知らずに、ロッドは呑気に茶をすすっている。
(だが・・・その行動力だけは評価すべきなのか・・・。それとも単なる・・・)
少女は一気にお茶を飲み干した。
「判った。まず詳細の説明からだな。その上で行動しないとな。ほら、おかわり」
「ふーん。 何だか良くわかんないな。まあいいや、で、お前一体誰なの」
「え・・・・」
自分の名前すら言っていないことに始めて気が付いた。気恥ずかしさに思わず笑ってしまう。何とも可愛らしい笑顔だ。
「私の名前はリュー。聖王付の妖精だ」
ロッドの目が大きく見開かれる。
「妖精・・・だって? へえー。初めて見たが、何か俺たちとあまり変わらない感じだな」
感心しきりにリューを眺める。
「当たり前だ。この姿は本来の姿ではない。お前達人間に合わせているだけだ。
だからこの姿が子供に見えたとしても、貴様よりは遥かに膨大な時間と経験を得ている。
つまり、お前なんかとは比べ物にならないのだ。そこを忘れるな。ちゃんと敬意を払え」
「へえー、そうなんだ。 で、その聖王って何?」
こいつには畏怖とか尊敬という感情はないのか・・・。
「・・・軽いなあ・・・少しは格の違いを判れ・・・まあいい。聖王とは、この世界でもっとも高貴なお方だ」
「何だ・・・・何処かの国の王様って所か」
「ばか者、人などではない。正統な系族の神だ。今となってはこの世界に唯一の御方・・・ おい!」
ロッドはそこまで聞いたところでいきなり横になってしまった。
「人が話をしているのに寝るつもりか? 失礼だろうが」
「お前が何なのか良く分かったよ。生憎、神様なんて信用しちゃいないんでね。信者を募るなら他を当たってくれ。俺はそこまで暇じゃない」
「貴様・・・私の話を嘘だとでも言いたいのか?」
「最近は訳のわからない連中も多いしな」
軽くあくびをする。
「・・・・・きさま」
リューは立ち上がると、胸倉を掴みあげる。
「・・・・」
ロッドは既に寝息を立てていた。
「一体何なんだよ。このガキは。こんな奴をサポートしなくてはいけないのか? 聖王よ、正直恨みますよ」
情けない表情で満天の空を見上げた。