フォースの章3−4
昼近くまでかかって、二人は祭壇があるという小屋に辿り着いた。
建物の敷地入り口には少々不釣合いな程の大きな門がある。軽く押してみると、微かに動いた。
「大丈夫、開くわ。一度だけ来たことがあるの」
フォースは隙間から滑り込むように中に入った。
ライルも背中に張り付きながら後に続く。
・・・小さな震えが伝わってくる。
「嫌なら外で待っていても構わないぞ」
「・・・いい・・・行く」
レンガで造られた建物には、いくつもの蔦が絡まり、あちらこちら欠けている部分がある。
入り口と思える扉には、大きな南京錠がかかっていた。
「中に入ったことは?」
ライルは小さく首を振った。
フォースは南京錠を持つと、微かに眉を寄せるく。
・・・カチン・・・。
音と共に南京錠は地面に落ちた。目を丸くしたライルがそれを見つめる。
ギイー
ゆっくりと重い扉を開く。
暗く、陰湿な室内を想像していたが、以外にも日の光が周囲を明るく照らしている。
建物には半分以上屋根が無かった。ぽっかりと真っ青な空が覗いている。
「アウトサイダーはここにはいないと言う事か・・・」
内部には棺のような大きな祭壇が一つ。
そして、その奥の壁には何かの絵が描いてある。だが、長年の風雨に晒されて、何の絵かは判別出来ない。
床の上に散らばっている枯葉を踏みしめ、フォースは祭壇に近づいた。
過去において、この場で命を絶たれた者の声がフォースの耳に届く。
彼らの話の内容だと、全ての人間がここで死を迎える訳ではないらしい。連れ去られた者もいるということだ。
その後はどうなったかなどは全く判らない。
《このアウトサイダーとは一体どういう奴なんだ?》
フォースは心の中で質問した。
突然、室内に一陣の風が吹き抜ける。
ライルは驚いて辺りを見回した。
フォースを中心に風が渦を作る。
・・・混乱している。
誰もフォースの問いに答えようとはしなかった。ここに縛られながら、尚も恐怖し続けている存在なのだ。
フォースは祭壇の上に登った。
「だ・・・大丈夫なの? そんな所に上って」
「今は何もいないよ」
ぐるりと祭壇から見える景色を眺める。
視界に入るのはこの山の頂だけだ。頂上にはまだうっすらと残雪が残る。
「・・・ふむ」
暫くその山を見つめていたが、軽くため息をつき、視線を地面に戻す。
そこにはライルの姿がなかった。
ライルは建物の外で膝を抱えて蹲っていた。小さく震えているのが判る。
「どうした?」
フォースは隣に座り込んだ。
「判らない・・・急に怖くなった。ここは嫌」
無理もない。ここで死を迎えるのだといわれ続けた場所なのだ。
フォースは軽く微笑み、震えるライルの頭を抱え込んだ。
「心配すんな、大丈夫だ」
不意の事に驚いたライルだが、そのままフォースにもたれる。知らず知らずに涙が頬をつたう。
そのまま抱き上げると、建物を後にした。
彼らが出たと同時に南京錠がかかったことにライルは気づかなかった。
小屋に戻っても彼女は相変わらず沈んだままだ。
(見せないほうが良かったかな・・・)
淡々と食事をしているライルは、ちょっとつついたら直ぐに泣き出してしまいそうだ。
夕食を済ますと、早々と小屋に入らせる。
大人しく寝袋に入るのを確認してから出ようとすると、服の裾が突っ張った。
寝袋の中からじっとフォースを見つめている。
軽くため息をつくと、寝袋の脇に座り込んだ。
「あまり他人を信用するなよ」
「・・・」
ライルは手を伸ばすと、フォースの手を握りしめた。その方が安心するのか、穏やかな表情で目を閉じる。
フォースの苦悩も判らずに、距離が近づくように思える。
「全く・・・お前このままじゃ前と同じ人生歩んじまうぞ。 ・・・それでもいいのかよ」
頬にかかる髪を払う。ライルは小さな寝息を立てている。
「ライルよ、忘れた訳じゃない。今でも気持ちは変わらない。だが、この少女を俺の人生に巻き込むつもりはない。 判ってくれ」
眠る少女の横顔を見つめる。
髪も顔の形も違う。 ・・・だが、この娘は紛れもなくライル自身なのだ。
「どうすりゃいいんだ。どうすればお前にとって一番いい人生を送らせてやれるんだ?」
彼自身も結論が出せないでいる。
「おい、サリー」
家を出ようと、扉を開けたときに不意に父から声をかけられた。
「ライルの姿が見えないが、まさか逃げ出したのではないだろうね」
「あの子はそんな子じゃないわ。ちゃんと満月の日には戻ってくるわよ」
言いながら扉を閉めた。
仮にも十四年間育ててきたのに、何故心配もしないのか・・・。
小屋に着いたものの、外には人の姿は見えなかった。
かまどには小さな火が見える。朝食の準備の途中なのか、上においてある鍋からは湯気が立っていた。
・・・だが、人の気配がない。
呆然とサリーは小屋の扉を見つめた。
「まさか・・・ね」
慎重に小屋の扉を開く。
中にはフォースの姿は無かった。中央の寝袋にはライルが気持ちよさそうに熟睡していた。
「ちょっと、いつまで寝てんのよ!」
少し乱暴にゆさぶる。
「ん・・・もう少し」
寝起きが悪いのは相変わらずだ。
「ねえ、フォースの姿が見えないけど、何処かにいったの?」
「え?」
さすがに眠気が飛んだか、慌てて身を起こした。
朝日に照らされ、フォースの髪は緑に輝いていた。
彼の足元には何も無い。中空に浮いているのだ。
見下ろす視線の先に、昨日見た山の頂がある。
「山の霊気で気配を隠していたか・・・」
明らかにアウトサイダーと思われる気配を感じる。今ここで探し出し、戦う事も可能では・・・ある。
フォースは首を振って地面に降りた。
出方を確認したほうがいい。万が一村にも被害が発生しないように。
・・・彼女が住む所を失わないように。
フォースの姿はゆっくりとその場から消えた。
次の瞬間、水車小屋近くの木の陰に現れる。
歩いて小屋に向かうフォースを見つけると、ライルが小走りにやってくる。
「何処に行っていたの?」
何も応えずに、ポンっと彼女の頭に手を置いた。
鍋のスープを取りわけ、少女たちに配る。フォースの料理が余程気に入ったのか、嬉しそうに食している。
「ああ、そうそう」
スープのカップを置くと、サリーは持ってきた荷物をフォースの前に置いた。
「満月までまだ間があるし、食料差し入れにきたのよ」
「わあ、気がきくう。サリー」
ライルは嬉しそうに包みを開ける。中身は干し肉やチーズ。燻製の類が多い。
ふと、フォースの眉がひそんだ。
「ちょっと、聞きたいんだが」
「なあに?」
二人は声を揃えて返事をした。
「この村は山間にあるし、都からも遠い。特に目立った産業もなさそうだが、一体何をして生計を立てているんだ?」
少女達は顔を見合わせた。
「何って、田や畑を作っているのよ。こういう燻製の類は、農産物を町に持っていった時に買ってくるの。
何処にでもある山間の小さな村よ」
「でも、昔は違っていたのよ。私おばあちゃんに聞いたことあるけど、大昔はあの山に金脈があったんだって。
元々その金山で働く人たちがこの村を作ったって話しだし・・・。
だけど、大きな事故があったらしくて、金脈が閉鎖されてしまったらしいの」
言いながらサリーは山を指した。
「・・・」
先ほど、フォースが見ていた山頂だ。
閉鎖された鉱山村は自然と荒廃してゆくもの。だが、この村は思いのほか貧しくはない。
サリーが持ってきた食料は、山の農産物程度では買えないような品物まで入っていた。
「金山・・・か」
今一度見てみる必要がありそうだ。
食事が終わると、サリーは山を降りていった。
学校に行くという。
本当はライルも行かねばならないが、正直、それどころの心境ではない。
この前のように、よからぬ事を考えている者もいないわけではないし。
道端の岩の上に腰を下ろしたライルは、じっとサリーの去っていった方向を見ていた。
フォースは自分の荷物からいくつかの道具を持ち出すと、彼女を振り返った。
「少し登った所に泉を見つけた。ついてくるか?」
ライルは何も言わずに立ち上がった。
山の中腹にある泉は、小さな滝と、雪解け水が沸いており、清らかな水を満々とたたえている。
フォースは荷物の中から竿を取り出し、釣の準備を始める。
「へえ、こういうこともするんだ」
「まあ、ね。いつも人里にいるわけじゃないし、食料は自分で調達できないと、こんな仕事はできないよ」
釣り糸を垂れるフォースの隣で、ライルは草むらの上に横になった。
遥か上空をひばりが飛んでゆく。
「ねえ・・・フォース」
「ん?」
「フォースってさ何処に住んでいるの? 家族は?」
「家はない。もう長い間旅をしているからな。家族もいない」
「へえ、私と同じなんだ。寂しくないの?何処かに腰すえて平穏に暮らしたいとか、思ったこと無い?」
「そんな事考えていたら、仕事はできない」
「だけど、賞金稼ぎがいい仕事とは思えないよね。お金の為に仕事しているの?」
「・・・」
フォースは穂先から目をそらし、ライルを振り返った。
・・・物静かな緑の瞳。
「人には、それぞれ事情ってものがある」
そのまま視線を戻してしまった。
答えが無いことに少々不満げな顔をしたライルだったが、不意に立ち上がると、近くの茂みに入って行った。
視線だけをそちらに向けたものの、直ぐに穂先に視線を戻す。
彼女が消えたほうから水飛沫があがった。
顔を上げると、ライルが泳いでいる。
「つっめたーい。でも、きっもちいい」
フォースは小さくため息をついた。呆れたことに全裸で泳いでいる。
「あんまり近寄るなよ。魚が驚く」
「はーい」
言いながらバシャバシャ泳いでいる。
「全く・・・ガキが」
暫く辺りを泳いでいたが、さすがに疲れたか水面に仰向けになりゆったりと漂い始めた。
「ねえ・・・フォース。私・・・死ぬのかな・・・」
真っ青な空を見上げて、ポツリとライルが言った。
「そうならないために、俺を雇ったんだろ。依頼人を守るのも俺の仕事だからな」
パシャ。
水面から頭だけを出して、じっとこちらを見つめている。
その表情は少し怒っているかのようだ。フォースはわざと気づかぬふりをした。
少女の、自分に対する感情など、考えたくも無い。
「あ、そ」
ライルはそのまま水面にもぐってしまった。