SHALONE SAGA

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アルディアスの章1−3







「何用で? リベティ」

 カーテンを開けながら大柄の男が入ってきた。

 蝋燭の火だけ灯された薄暗い部屋の中央に、一人の女性が床に座っていた。

「早かったわね。今、ロシュフォールから連絡が入ったの」

 向かいの床に腰を下ろす。

 彼女の前には小さな光の塊が光っていた。

「・・・ふん、随分と奴らの動きが早いようだな・・・どうするんだ? 小物から一掃させるか?」

 軽くリベティは笑った。

「キリがないですよ。私たちは彼らに比べたら随分と小勢力です。カイ達にそこまで無理はさせられない」

「じゃあどうする? アルウェンの扉は今だ開かぬと聞いている。

 カイとロシュがどんなに強い力を持っていても、メディウスに効かなきゃ何の意味も無い。 

 それでもとうの昔に死んでしまった聖王とやらの言葉を未だに待ち続ける気か?

 死した神がどの様にして影と戦う方法を知らせるというのか、もう目前に奴らは来ているというのに」

 リベティは首を振る。

「判らない。ただ、時を待てと・・・私もそれしか知らない」

「このままでは、二人は無駄死にするぞ。メディウスは容赦なく二人に襲い掛かるだろう」

「・・・」

 空気が重苦しくなる。 男は軽く頭を掻いた。

「・・・何て、リベティに言っても仕方ないがな・・・」

 不意にカーテンが開き、二人がそちらに目を向けた。黒いローブに包まれた人物が立っていた。

「お久しぶりです。リベティ殿、シガール殿」

 シガールと呼ばれた大男の眉が潜む。

 ローブの男はその表情に気づきながらも、あえて無視するかのように紅色の瞳を細め、にこやかに笑った。

「あらバレンティノ、何処に行ってたんです? 随分と探していましたのに」

 笑いながら男は二人の向かいに座った。

 ローブをはずすと、長い銀髪が服の下から現れる。

「シガール殿に渡したいものがありまして、それを取りに行っておりました」

「俺に? 一体なんだ?」

 バレンティノはローブの中から包みを取り出した。

「今回のメディウス討伐にお役に立つと思いまして持ってまいりました。

 これをカイ殿に届けて頂きたい。

 くれぐれも取扱いには御注意を、あなた方アイーンにとっても非常に危険な代物ですから」

 不審げに開いた包みの隙間から鷹の紋章が覗く。

「・・・これは、グランビーク?」

 にっこりとバレンティノは笑った。

「唯一、影の力に抗する事が出来るものです。
 
 今現在メディウスに抗する事が可能なのは対峙していた柱神イリスのみ。

 ですが彼女はいません。

 あなた方は彼女の血を引いてはいるが、その力はシャルーンに偏り過ぎている。

 恐らく、カイ殿の剣ならば一太刀程度は浴びせられましょうが、決定打にはならないでしょう。

 シガール殿、あなたやロシュフォール殿の術はなおさら。何の役にも立ちません」

 シガールの眉間にしわが寄る。

「この剣があれば、勝算が増えます。・・・扱える人間に渡してください」

「一体、あの星に何人の人間が居るのか知っているか? グランビークは持ち主を自ら選ぶと聞いているぞ。悠長に探している時間もない。

 ・・・それに、この剣の実力は如何程か? 前の持ち主は小物と相打ちだぞ・・・」

「だからといって、今は他に選択肢が無い筈です」

 穏やかに笑うバレンティノをシガールは睨み付けた。



 シガールは剣を持ちながら家路についた。

「まてよ・・・」

 歩きながらふと気が付いた。

「この剣って、聖王の元に一度戻された筈では・・・あの扉の向こうにある筈なのに・・・一体どうやって?」

 思案下に後ろを振り返った。




「ごちそうさま。美味しかった」

 アルディアスは嬉しそうに手を合わせた。思えば誰かと食事などしたことが無い。

 出会ったばかりで腹を割って話すという訳にはいかないが、

 初めての会食というのは彼にとっては新鮮だった。

「そういえば、さっきの服に綺麗な刺繍がしてあったね。イリス神も紋章があったけど・・・違う様な気がする」

「ええ、フェニックスという名の鳥です。シャルーンという神の紋章ですよ。イリスの夫神になります」

「へえ、神様も結婚するんだ。ねえどういう神様なの?」

「随分昔に亡くなったので実は我々も良く知りません・・・確か、ロシュフォールのような金髪だったと聞いています」

 軽く小首を傾げる。

 聞き違いか?・・・神が・・・亡くなっている?

「神様って・・・死ぬの・・・?」

 答える代りにカイはにっこりと笑った。

 片付けを始めようとしていたロシュフォールがふと、顔を上げる。

「あら、誰かがこっちに来るわよ」

 言い終わらないうちに、頭の中が妙な浮遊感に包まれる。

 辺りを見回すと、部屋の隅の家具が変形している。・・・いや、その前の空間が歪んでいるのだ。

 その中央から、まるでカーテンを開くように人の手が現れ、続いて一人の男が姿を現す。

 一見して彼らの仲間だとわかった。

 緑の髪を頭上で結い、解れた髪がいく筋か顔にかかる。浅緑を基調にした服にカイ達と同じ紋章が施されてた。

 カイよりも随分と体格が良い。・・・つい先ほどまでセーラムにいた筈のシガールだ。

 男は肩に手をやり、軽く揉み解す。

「・・・よお」

 二人に挨拶をし、見回した視線がアルディアスに留まる。

 その冷ややかな視線に、一瞬身が竦んだ。

「何だ、わざわざ此処までやってきたのか」

 カイに話しかけられ、視線が動く。

「まあね。ほれロシュフォール、お前のお袋さんがこれ持っていけって」

 いいながら包みを渡す。

「わあおう。シュノーバルだああ」

 ロシュフォールが嬉しそうに声を上げる。

「コーヒー入れるね。・・・これ美味しいんだよ」

 にこにこと食器を片付けながら、アルディアスにウィンクする。

「・・・で、まさか茶菓子を運びに来たわけではないんだろ?」

「あたりまえだ」

 テーブルに着いたシガールを、じっとアルディアスは見つめる。

 その視線が妙に気になる。

「・・・それよりも、何なの? このガキ」

「ああ、連絡した少年だよ。この国の皇太子だ。名前はアルディアス」

 小さくお辞儀をする。

「へえ、そんなに御偉い生まれにや見えんがな。 ・・・にしては随分と外見がこの国の人間と違うな。何処の生まれだ」

 いいながら差し出されたコーヒーに口をつける。

「血筋なんかは我々は知らないが、現国王の息子であることは違いないんじゃないか?

 我々だって、人種が混ざりすぎて統一性無くなっているし。たまたま何処かの血が強く出ただけだろ」

 彼らにとっては人の外見などは全く関心が無いようだ。

 ・・・アディアスはそんな話を聞きながら不思議な感覚を覚えていた。

 髪の色も瞳も非常に極似している。親子といってもおかしくないくらい・・・。

「ちょいまった。お前が今何を考えているのか判ったぞ」

 シガールは制するようにアルディアスの目の前で手を広げる。

「間違っても俺とお前は何の縁もないからな。丸っきりの赤の他人だ」

「・・・」

 クスクスとカイが口元を押さえて笑う。

「確かに、言われてみれば良く似ているよ。皇子、彼はシガール。私と同郷の者です。見てくれは少々怖いですが、大丈夫、害はありません。

 ・・・で、シガール。ここに来た本当の用事って何だ」

 シガールは無言で包みを持ち上げると、テーブルの上に置いた。

 長さは1m程だろうか、細長い物体だ。ロシュフォールが包みを開けようとする。

「おい、扱いに気をつけな、死にたくなかったらな」

 その手が止まる。

「バルに渡されたんだ」

 包みを受け取ると徐に封を開く。

 中身は剣だった。鞘の部分には微細な細工と共に翼を広げた鷹のレリーフが施されている。

「これ・・・って、まさかグランビーク・・・」

 ロシュフォールが小さく呟く。

 シガールは頷いた。

「だから言ったろう。下手に触ると命を落とす」

 包みごと持ち上げると、暖炉の上にそっと置く。

「確かに今の我々にしてみたら強い味方だろうが、それはこの剣が扱えたらの話だ。

 人が持てばその命を飲まれてしまう。我々だって例外じゃない、

 純粋な柱神にしか扱えないものを・・・一体どうしろと」

「さあね。だが、この剣の前の持ち主は人間だ。扱えないわけじゃない」

「・・・ロッド・アスフィールドね・・・」

 シガールが頷く。

「だけど、そのロッドはこの剣を扱いながら、雑魚相手に相打ちしたんでしょ。この剣の力を当てに出来るのかしら」

「それは、俺もバルに言った。

 まあ、ロッドはこの剣を持つことは出来たが、きちんと扱えていた訳ではなかったらしいな。

 それはともかく、場合により人にも扱える事は判っている。こいつが選べば、という条件付だが」

「それを我々に探し出せ・・・と?」

「・・・ああ」

 三人は顔を見合わせた。

「って、どうやって? この星に一体何人の人間がいると思っているんだ?

 そんなもの探している間にメディウスが出てきてしまう。探す方法だってわからないのに」

「俺に言うな。知るか、そんな事・・・」

 三人が鼻を付き合わせて話している様子を、アルディアスは菓子を頬張りながら見ていた。

 何の話だか全くわからない。



 ふと、誰かが彼を呼んだような気がした。辺りを見回す。

 部屋の中には三人の大人が話し合っているだけだ。誰もアルディアスを見ていない。

 窓の外、入り口のドア、天井、ゆっくりと視線を動かし、やがて一点で止まった。

 暖炉の上の剣が目に留まる。

 ぼんやりと青白い光を放っていた。

 その様子を話そうと思い、三人を振り返るが、誰もそれに気が付かない。

「・・・・?」

 自然と足が剣に向く。

 光はゆるゆると動き、時折はじける。


 ・・・何か意思でも持っているかのように。 


《時が・・・きたぞ・・・》

 誰かの声がした。剣が話しかけたのだろうか・・・?

 小首をかしげながら眺めていたが、ふと瞬きした瞬間、アルディアスの目に別の意思の光が宿った。

 軽く口元に笑みを浮かべながらゆっくりと手を伸ばす・・・。